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土曜日, 5月 13, 2017

絶叫の自由のために。。。DIY防音情報

尾崎豊は歌いました。
深夜、盗んだバイクで行先もわからないまま遠くに行って星を見ると。

尾崎豊に関わらず、アドレナリンだかホルモンだか、何かしらに突き動かされた十代。
私の衝動的突発行動と言えば、土砂降りになったら田舎道を原チャリで疾走する、でした。
本当は叫びたい衝動だったような気もするのですが、さすがに街中や部屋で叫ぶことは叶わず、代わりに土砂降りバイクでスッキリしていたのかもしれません。

叫んで、あるいは、土砂降りバイクで何かが変わることは無いのだけど、内面的には何かしら意味があったような気がします。
オモチャ売り場で号泣する駄々っ子の青春版。

駄々っ子を封印して数十年。
そんなことを思い返して、今、叫んでみたらどんな感じになるのか、にはちょっと興味があります。

では叫んでみれば、、、いやいや、齢50の男が叫ぶ環境はそうそう無いと気が付きました。
今、ここで腹の底から声を振り絞って叫んだなら、明日からどんな顔をして近所を歩けばよいのか。。。
私は明日から、「何か知らないけど何かとてつもない事があったらしいオジサン」になってしまいます。


叫ぶという平和的牧歌的自由は、既に社会には無いのでしょうか。
そんな社会はパンツの発明と共に無くなったに違いありません。



ということで、段ボールで本格的な防音室を作った猛者達の動画を見つけました。
これなら、安価にできそうです。

応用して、バケツぐらいの大きさのものを作れば、防音バケツになります。
この防音バケツをかぶれば、いつでもどこでも、腹の底から声を振り絞って「バカヤロー」でも「マンモスだー」でも好きな言葉を叫ぶことができます。

と、久しぶりの雨空をにらみながら妄想は膨らむのでした。

猛者達の作った防音室の効果のほどはこちらをご覧ください。。。防音室での演奏もシャレが効いています。

作り方はこちらをご覧ください。

月曜日, 2月 06, 2017

好きなCMと好きな映画

昔から大好きなCMがあります。これです。

で、ずーっと、この元となったと思っている映画のシーンはこれです。
大好きな映画。僕の生涯ベスト3に入る映画。1979年公開のアメリカ映画。

で、思い立って、タケモトピアノのCMがいつから放映されているか調べてみたら、1997年とのこと。(wikipedia)
制作会社はCandy Film inc.という大阪の会社が手がけたCMらしい。どんな人が作ったのか、All That Jazzをどんな思いで観たのか、聞いてみたいけど誰が作ったのかまではわからなかった。

ネットでは「パロディ」とも「インスパイア」とも言われているけど、僕には似ていることでネガティブな印象はない。だって、どっちも好きなのだから。

今夜は久しぶりにAll That Jazzでも観ようかな。



土曜日, 10月 01, 2016

spotify三昧

小屋は雨樋をつけつつ、内壁をどうするか考え中。

そこで今日はspotify。好きな曲名で検索すると、世界中のミュージシャンのカバーが聞けます。
で、カーペンターズで有名なバカラックの名曲(They Long to Be)close to youを検索してみました。


何百バージョンも表示されます。
そんな風にカバー曲を並べて見たことが無かったので、とても新鮮。
いろいろ発見もありました。

・他に歌う歌が無かったのか、やたら長いやつ
 Isaac HayesのアルバムBlack Mosesに収録されたバージョンが最長。9分。
 まず、いつになったら始まるのか、、、というイントロ。
 そして、1コーラス終わった後の長い間奏の後、もうほとんど違うメロが。
 で、元メロに戻って、まったり何事もなかったかのように、コーラスとダンサブルな演奏。
 最後のサピも、とにかく繰り返す。で、繰り返して繰り返し、練りに練ったはずの最後はなんと、フェードアウト。。。

https://open.spotify.com/track/7LGepXk6sq1oXcF2WiWtb7

・最後まで聞きました。これが最初で最後。
 水木一郎バージョンもありました。なんとアカペラ。
 ご本人はとても気持ちよくお歌いになられている、なぁ。
 まるまる1コーラス終えてから、ピアノと弦楽とドラムが入って、、、
 で、終わってわかるのが、ライブだということ。まぁ、いいや。

https://open.spotify.com/track/5JTKaysR45flkHXJi2JU3S

・発見!!イイ!!
 Karimaバージョンはカッコイイ。モロッコの歌手らしい。
 だれた感じの変則ドラムも、チョロっと入るペットも、抑えたピアノ、酒なしで酔えます。

https://open.spotify.com/track/5iv10bj4GHM6gLvLQjLZcZ

 Adele Urbiztondoという人のピアノ、わざと古い録音っぽい音で、なかなか面白い。
 この人が誰なのか、ググってもよくわからないのも良い。

https://open.spotify.com/track/6rexqC6LDcdXri5VHTLO07

 家家(ジャージャー)という台湾の女性ボーカル版。これはいい。
 amazonに他のアルバムはあったが、このカバーは無い。残念。

https://open.spotify.com/track/5JwY52L3ltAq0e0u6fFG5E

・元々イイ
 saigenjiバージョン。やっぱり気持ちいいのは三拍子。これを越えるのは無い。
 なぜかまだspotifyには↓のアルバムは無かったが。。
 Fried Prideも無いし。やはり日本では、、、、




有名な曲で探すと、もう、何百バージョンも出てくるわけで。
そんな中には、カラオケバージョンもあって。
で、歌詞も表示されるし、、、、、日本進出に四年かかるのも致し方ないですなぁ。

金曜日, 9月 30, 2016

spotify、ようこそ日本へ!!

ユーザー登録したものの、すっかり忘れていました。spotify、日本でサービス開始!!
とりあえず、スマホとPC、どちらでもいい感じで使えてる。っていうか、久々の胸高鳴る新サービス。

日本上陸に時間がかかったのは、ニュースによれば「日本語化に時間がかかった」ということだけど、ま、権利関係の処理に時間がかかったのは想像に難くない。

fride prideはまだ登録されていないけどsaigenjiはしっかり登録されていたのでフォロー。


ワクワクするぜ!!

水曜日, 12月 07, 2011

タンゴは格好いい(映画「ヒトラーの贋札」)


タンゴのハーモニカが心に沁みた。
ウーゴ・ディアスを知った。

それは、"ヒトラーの贋札"を観たからだ。
例によってストーリーはこちら→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E8%B4%8B%E6%9C%AD

陽と陰、善と悪、希望と絶望、、、

映画のストーリーも、表裏一体の人間の弱さと強さが見事に描かれているんだけど、そのストーリーを何倍にも引き立てたのがタンゴ(ミュージック)だ。

黒猫のタンゴとだんご3兄弟ぐらいしか知らないのにタンゴの魅力を語りようもないのだけど、何故、タンゴはあんなふうに、どちらかといえば脳天気な明るいリズムに、あの物悲しい旋律を被せることになったのだろう。
っていうか、多分、黒猫と団子のせいでタンゴに対する偏見があったのかもしれない。

この映画で使われているようなタンゴを、子供の頃から聞いて育ったら、とても奥深い人間になるような気がする。
劇的ビフォーアフターで比べてみてもらいたいものだ。

〜〜加藤みどり(劇ビアのナレーション)の声で〜〜
40をとうに過ぎたのに相変わらず落ち着きのないオジサン。
ついに、タンゴの匠がハーモニカを聞かせてあげます。
するとどうでしょう、それまでの単細胞無自覚オジサンが、まぁ、素敵な50絡みのクールなジェントルマンに生まれ変わったではありませんかぁ。
〜〜ちなみに加藤みどりさんはサザエさんの声優〜〜


そんなふうに、タンゴには、常に物事を二面から見られるような、一時の感情だけに支配されないような、クールな大人になれるような力があるような気がする。

実際は、そんな事はないのだろうけど、でも、そんな気にさせられたのが、この映画だ。

しばらくの間、タンゴにハマりそうだ。

月曜日, 10月 31, 2011

秋はJAZZ


秋深まる今日この頃である。
ようやくAKBとはAKB48であると、名前を理解したとおもいきや、今度は、クネクネダンスを踊ったりする、いろんなAKBがいるのかと思いきや、韓流アイドルなのだという。しかも複数。
クネクネは良いことなので、誰が誰だかはわからないが、良しとして、秋はJAZZなのだ。
なんてったって枯葉とかJAZZの代名詞だし。

ノラ・ジョーンズもブレークしたのは秋じゃなかったかな。
なーんて事を、柄にも無く考えながら、小雨のふる今朝、小倉のモノレールに揺られていたわけだ。
クネクネ以外の事もたまには考えるのだ。

が、そんな時に頭の中に流れだしたのが、「Misty by 誰か」。
便利な時代なもので、youtubeで探したら直ぐにサラ・ボーンだとわかった。


若かった時は、この歌は「クドい」「とてもクドい」「やはりクドい」感じがして、JAZZっぽい雰囲気は楽しめるんだけど、じっくり聞く気にはならなかった。
ちょうど、この辺りのスタンダード、とんこつラーメンみたいな感じ。
「嫌い」っていうほどではないけど、自ら好んで楽しむわけではない感じ。

それが、ようやく僕も老年に差し掛かって円熟味を増したからか、「あの歌の「クドさ」は、ひょっとして、心地よいのではないか?」と、今朝、思ったわけだ。
これはこれで新鮮な感覚だ。ずーーーーっと、クドいと感じてたものが、ある日、良いかもしれない、と思う感覚。



曲そのものは記憶に残っている奴を頭の中で再生しているので、「クドさ」は、僕の記憶に残るクドさでしかないのだけど、それでいくと、かなりイイ。
裏返ったり表に戻ってきたりする変幻自在の声と、裏返ったり出来るはずのないストリングス、歌がクドいので、クドさを感じないけど実は相当クドいサックス。

そんなフレーズの数々が頭の中で再生され、ちょっと、ウットリしてしまったのだ。

で、帰ってきて、さっそく聞きなおしてみた。

うーん、、、とんこつラーメンと同じ。
たまに、テレビかなんかで見て衝動的に「食べたい」と思い、店に行って食べると、「美味い。これでもう、しばらく(半年位)は食べなくていいや」となる、あの感じだ。
ま、ファンがいるおかげで、訳のわからない衝動に行き場を失うことだけは無いからよしとしよう。

サラ・ボーンファンのみなさん、また来年、よろしく。

火曜日, 12月 14, 2010

小倉弁 ○○してる→○○しとう


ここ小倉では、○○してる、を、○○しとう、と言う。
ブログを書いてる→ブログを書いとう
食べてる→食べとう
買ってる→買っとう
ムフフしてる→ムフフしとう
とっくに行って取ってると言ってる→とっくに行って取っとうと言っとう
みたいな感じだ。

住み始めた当初、"てる"、を、"とう"、と言っているのかと思ったがこれは間違い。
この文法を適用してしまうと、
テルテル坊主→とうとう坊主
西郷輝彦→西郷逃避行
秋の夕日に照る山紅葉→秋の夕日に遠山揉み爺
ヤッテル、ヤッテルゥ!→やっとう、やっとう!(あ、これはアリだ)

逆に、知らないうちに標準語だと思われとう、小倉弁もある。
自民党は、元々、自民テルだったのに、今では、自民党になった。
砂糖も、元々、サテルだったのに、今では砂糖。
菊池も元々佐藤だったのに、今では菊池。
そんな感じだ。

長崎が近いこともあって、外国語にも多大な影響を与えた。
もともとは、Tell me please.と言っていたのに、今では、Talk me please.
トウシューズは、テルシューズだったし、
テレサ・テンさんは、元々は交差点だった

♪わかっとー、わかっとらんとー♪
♪ヘィヘーィ、ヘーィ♪
ショカクヤチトセさんのブルースが聞こえてきそうだ。

そんなだから、今、ここに住んでいて言葉に不自由することはない。
ちゃんと地元の言葉を使わないと、もっともっと書いとうとう。
※たまに、会議とかで地元の言葉に出会うと、「方言使っとう」とあたたかい気持ちになれます。

※※速報「NMP-1000P アマゾンでも取り扱い開始」

土曜日, 10月 16, 2010

ミツバチに朗報で養蜂家はヤッホー



以前ニュースで聞いたときに気味が悪い、と感じたミツバチの大量死。


原因不明とされていた、米国を中心に世界中に広がりかけていたミツバチの大量死の原因がほぼ特定されたというニュースがあった。


特定のウィルスと特定の真菌の両方に感染したハチが発生すると、その巣のハチは全滅する、らしい。

とまあ、ミツバチに朗報なのだけど、そもそも、ウィルスと菌、いや真菌?の違いとか、ウィルスって菌の事じゃないのか、とか、自分の無知を改めて知ったニュースなのでした。
(真菌って要するにカビのことなのね。)

相変わらず、ミツバチ界では大量死が続いているよう。
原因がわかったことだし、早く対策が立てられることを祈ります。

でも、これって、水虫の人だけが死亡するウィルス、とかもあり得るっていうことなのか?

で、ミツバチ→真菌→水虫→水口と辿って出会った素敵なJAZZセッション。
これだからネットはやめられない。

水曜日, 5月 12, 2010

no live, no life

坂本龍一のインタビュー記事で、音楽のライブ回帰を語っていた。
http://www.phileweb.com/interview/article/200908/31/25.html



レコードが登場する以前、全ての音楽は「ライブ」だった。

ライブのコピー(CDやダウンロード)も楽しめることは楽しめるが、どんなに気合を入れて聞いたところで、ライブとは別物。
ライブだけが人と人との本当の関わりなのだ。
人との関わり、という意味において、コピーがライブを超えることはない。
(コピーであるCDなどを聞いて楽しむ、コピー音楽の楽しみを否定するわけではない。)


恥ずかしい事に最近知ったのだが、ソクラテスは全く文章を書き残すことをしなかったそうだ。
Wikipediaによると、その理由は、
「話し言葉つまり「生きている言葉」は、書き留められた言葉の「死んだ会話」とは違って、意味、音、旋律、強勢、抑揚およびリズムに満ちた、吟味と対話によって1枚ずつ皮をはぐように明らかにしていくことのできる動的実体である。。。」
「書き言葉が記憶を破壊する。。。」
などとなっている。

一度読んでハマった"Presentation Zen"も全く同じ考え方だ。
読めばわかることをわざわざ目前でプレゼンすることの無意味さ、勿体なさ。
ライブだからこそ伝えられる方法。


先日のゴールデンウィークに孫娘が遊びに来ていた。
まだ二歳にも満たない彼女は、パパかママに本を読んでもらいたがる。
まだ、字はおろかストーリーさえ理解しているかどうか怪しい。
それでも、不思議なことに、片手間で読んであげたのでは駄目だし、ビデオでもダメだ。
あくまで、今、ここに確かに存在する、自分への愛情に溢れた親が、自分だけを見つめて読んでくれなければ納得しないのだ。

その瞬間を共に過ごすしている事自体が奇跡だということ。
これがライブだ。

今、ここに存在する自分だからこその何か、を忘れてはいけない。改めてそう感じた。

火曜日, 5月 11, 2010

プロジェクト式学習


たまたま、次世代の教師のあるべき姿についての対談を読んでいて、PMにもとって
も大切だなと感じる事が挙げられていました。
http://journal.mycom.co.jp/articles/2010/04/30/21st_century_skills_intel/001.html

それは。。。
・○×式ではなく、記述型の質問を行う → 生徒が批判的思考や問題解決のスキルを身に付けることに繋がる
・子どもたちと一緒に、よりプロジェクト型の学習を行う → 生徒が自発的に、きちんと方向性を決定できる
・教室の中で、協力を促すグループ分けを行う → コラボレーションの力を養う
・教員自らが意味のある形で、ICT技術を教室で使う → 子どもたちにICTスキルが身に付く

これの"生徒"や"子供達"を"プロジェクトメンバー"に、"教員"を"PM"に、"教室"を"プロジェクト"に置き換えると、
・○×式ではなく、記述型の質問を行う → プロジェクトメンバーが批判的思考や問題解決のスキルを身に付けることに繋がる
・プロジェクトメンバーと一緒に、よりプロジェクト型の学習を行う → プロジェクトメンバーが自発的に、きちんと方向性を決定できる
・プロジェクトの中で、協力を促すグループ分けを行う → コラボレーションの力を養う
・PM自らが意味のある形で、ICT技術をプロジェクトで使う → プロジェクトメンバーにICTスキルが身に付く

最後のICT技術は、まぁ、僕の業界では当然として、最初の三つは大切だ。

「記述式の質問を行う」
 最近、ちょっとしたグループ内説明などのプレゼンピッチを配布資料と別に用意するようにした。
 そして、そのピッチは、基本的に文字はない。会社のロゴも入っていない。一ページに一枚の写真があるのみだ。
 これは、「Presentation ZEN」を読んで実践したまでなのだが、効果は絶大だ。
 そして、必然的に○×方式の会話は無くなり、記述式(出席者オリジナル)の意見交換に繋がることが多い。
 要するに、「考える」ようになるのだ。
 そして、この項目でもうひとつ大事なことが書いてある。それは、「プロジェクトメンバーが批判的思考を身につける」ということ。
 教育の現場で奨励されているのに、会社では批判的思考を嫌うマネジメントが多いのはとても残念。

「プロジェクト型学習」
 どうもこれは教育業界のトレンドらしいのだけど、要するに、教科書で汎用化された知識を詰め込むのではなく、身近な課題を学習テーマとして取り組むことのようだ。
 何故、身近な課題なのかというと、実感を伴う高い「モチベーション」により、「自ら学ぶ」主体的な学びの姿勢を身につけさせるのが目的だからなのだそうだ。
 これはプロジェクトに置き換えると、プロジェクトメンバーは作業担当者ではなく、自らの問題意識をもってプロジェクトに参加するということだ。

「コラボレーション」
 言うまでもなく、PMが作成したWBSは、PMの想像力を超えることはない。
 WBSひとつとっても、メンバーとのコラボレーションにより、より精度の高い、本質的な、リスクを抑制したものになるだろう。
 カンバン方式は完成された"方式"だった点で作業になってしまったが、GEのシックスシグマのように普遍的に利用可能な改善活動においてコラボレーションなしに「マトモな」改善などあり得ない。

「ICT活用する」
 それなりにね。但し、これが教育現場での話となると、資本主義的には子どもたちが手にするのは思想ではなくモノだったりするのが気に掛かるな。
 最近のエコブームも「エコな思想」よりも「非エコな買い替え」の方が断然普及しているし。。

ということで、教育業界がプロジェクト式学習が流行るのなら、教育業界がPMを募集する日も近い!?
少なくともやりがいのあるプロジェクトになりそうだ。

土曜日, 2月 06, 2010

お気に入りの歌



近所のスーパーの肉売り場で常にエンドレスで流れている曲。
「ヨーデル食べ放題」桂雀三郎withまんぷくブラザーズ
という歌なのだそうだ。
我ながら、この歌を聞きながら、毎日焼肉を食べていないのは奇跡だと思う。それほどの歌です。
歌詞はこちら

なぜ、僕はこの歌を今まで知らなかったんだろう。
岩手でも横浜でも沖縄でも、それなりにスーパーには行ったことがある。
なのにだ。
知ってしまった今、この曲をかけないスーパーのお肉売り場でなんてお肉を買う気にならないほどだ。

ちなみにこのバンド、他にも「サルサ・デ・ベツバーラ」とか「コモエスタ一人鍋」など、攻めの姿勢を崩していないところも好感が持てる。

金曜日, 10月 30, 2009

1979「エディ・ジェファーソン」

1978年のリッチー・コールのアルバム「Keeper of the flame」にクレジットされていた「エディ・ジェファーソン;vo」。
当時の仲間内では、このアルバムのギターが注目を浴びていたが、僕がいっぺんで虜になったのはボーカル。
エディはボーカライズという歌唱法を作った人とされる。

彼の唄は、楽器のソロ演奏の様に声でソロパートを唄ったり、楽器と掛け合いしたり、早弾きならぬ真似の出来ない早唄?で縦横無尽に声が駆け巡る。

当時、JAZZ界に新星のように登場したリッチー・コールとのコンビは、リッチー・コールのハチャメチャに元気なアルトサックスと絶妙の組み合わせだった。
あの頃も、今も、JAZZにそれほど明るいわけではないが、なにしろ、カッコよく、イケてるバンドだった。

エディは、1979年の5月8日、デトロイトでのライブを終えてクラブから外に出たところで暴漢に射殺された。享年60歳。

当時は気がつかなかったが、僕が彼を知った時には、既に亡くなっていたんだ。

↓は、亡くなる二日前の演奏。合掌。

火曜日, 10月 27, 2009

CHICAGO(ミュージカル)

初めてシリーズ。

今回はミュージカル舞台観劇。先週末に初めて観劇しました。


正確には、田舎の小学校に来たミュージカルとか、親に連れられて行った小沢昭一と仲間達みたいなやつ以来なのだけど、40年近く、間が空いたのだから「初めて」でも良いだろう。

幕間を挟んで一部・二部との二部構成だったのだけど、前半は、何をどう見て、聞いて、楽しむのか、正直戸惑った。
生のJAZZバンドの演奏も、唄も、踊りも、素晴らしいのだけど、同じ舞台のままで場面転換し、同じ衣装のままいくつもの役をこなしたり、、、
ストーリーは追えるし、一つ一つの場面は素晴らしいんだけど、僕の中にうまく収まりがつかない感覚があった。

幕間を挟んで二部が始まる。
するととても不思議なことが起こった。

さっきまでの、収まりがつかない感覚が無くなり、演じている状況が全て自然に受け入れられるようになってきていた。場面が変わろうとも、同じ俳優がそのままの衣装で他の役を演じようとも、演出の憎らしいサプライズも、心から楽しめ、素晴らしいと実感できたのだ。

幕間を挟んで何が起こったのか。
表現されたもの、を、見るとき、見る側には見るための準備が必要だ。

テレビドラマや映画、小説、そしてこの観劇というのは、誰かが用意したストーリーを観客は辿っていく行為だ。
テレビドラマや映画は流し込まれる映像と音声を観客はそのまま受け入れるタイプのメディア。
小説は、文字に書かれた内容を観客が自らの心の中に映像や音声を構成していく。
そして観劇は、映像も音声も舞台から届けられるものの、制約の多い舞台である以上、例えば今回のミュージカルだと、音楽と踊りは本物の素晴らしいライブを受け入れ、一方、場面・背景や衣装なんかは観客の心の中で再構成しながら見ていく必要があるのだ。

幕間を挟んで、「慣れ」たのだろう。後半は同じ衣装で同じ舞台・背景であっても、僕には場面ごとに違った風景が見えていたし、踊りも唄も、一層輝いて見えたのだった。

舞台は、その瞬間が全て。二度と同じ舞台は見ることが出来ない。会場の空気まで全てが舞台なんだ、という。
音楽のライブと同じだ。コピーできないもの。その瞬間を共有すること。

その一度しかない瞬間を大切な人と共有できること、それほど幸せなことはない。
大仰なことじゃない。今、家にいるこの瞬間も、一秒一秒が、「ライブ」なのだ。

今さっき、風呂場から連れ出そうとした子供ヤモリが、リビングで行方不明に。。。これもライブなのだ。
普段の一瞬一瞬が愛しく思えたひと時でした。

※舞台を見た後、映画のフリップを観ると、なるほど映画もあの空気を再現したくてがんばったんだなぁ、、と新しい発見がありました。

土曜日, 10月 24, 2009

1979 「カーズ:キャンディ・オーに捧ぐ」


はっきり言って曲は覚えていません。

ではなぜ、「カーズ:キャンディ・オーに捧ぐ」なのか。

それは、ジャケットです。
当時、僕は、ジャケ買いできる身分でもなく、ひたすら、雑誌の新譜紹介のコーナーに載っているジャケットを見ていました。
まさに、「穴の開くほど見ました」。

だから、30年経った今も、このジャケットは鮮明に思い出すことが出来ます。

と、今、よくよく見てみると、車のボンネットに横たわっているんですね。
ボンネットの記憶は無かったなぁ。後から書き足したんじゃないかなぁ。
(時間とともにボンネットは忘れたと考えるべきか。。。)

いずれにせよ、セクシージャケットNo.1は「キャンディ・オーに捧ぐ」で決定です。

次点はここらへん。

※はみ出し
 あくまで僕が15歳だった頃のです。「大人」になって趣味も変わるさぁ。
※※はみ出し2
当時から一途に大好きな女優がいます。それは↓

水曜日, 10月 14, 2009

お宅でBBQ -2009-



先週末、同僚(正確には上司)のお宅でのBBQにお招き頂き、およそ、30Kmの道のりをチャリでお伺いした。

ちなみにチャリは、1年半あまりの間、2本のバッテリーを交替で使ってきたのだが、ここのところめっきり減りが早くなった。4割減という感じ。
そろそろ、バッテリーを買わなくてはならないのかなぁ。。。
アシスト付自転車は、多分、とてもエコなのだとは思うけど、バッテリーまで考えると、「自動車に比べればエコ」なだけで、まぁ、そんなとこ。

さて、BBQに奥様の手料理、同僚との馬鹿話にWii大会と、3連休を充分に楽しませて頂いたのだけど、何より素晴らしかったのは、上司ご夫婦のクラシックギターの演奏。

僕は、それなりに、ライブとかも聞きに行っていたつもりだったけど、全てスピーカーを通して聴くライブばかりだった。記憶をどこまでもどこまでも辿っていくと、ピアノ教室の発表会は生音のみだったような。。。

もちろん、小さな会場であれば、生音もスピーカーからの音と一緒に聞いているわけだけど、生音だけ聴いているわけではない。

それに加え、たまに弾いてみる自分のピアノも、エレピだ。
良くできているし、便利だとはいえ、生音ではない。

そんな話を、連休明けに、その上司にすると、「三線ぐらいは(生音で)聴いていたでしょう。」と言われた。
うん。確かに。

でも、何か違ったんだなぁ。
居酒屋かなんかで、ワイワイガヤガヤな中での三線も楽しくていいのだけど、(上司が弾くということもあって)きちんと正対して、静かに聴いたギターの音色は、いつもは届かない心の襞に染みいっていくような、確かにそんな気がしたのでした。
そして、スピーカーを通しては伝わり難い、個々の楽器の音色の違いなんかにも驚かされました。

いやぁ、素晴らしかった。

そもそも、普段聴いているCDや、MP3が、どんだけ音をカットしているのかっちゅー話だ。
ビートルズリマスター版発売で、今までのCD化は何だったのかと気がつかされた。
最近、こんな記事もあった。

そんな事を、思い返しては、あのクラシックギターの音が染みいった自分の心の襞を、目を閉じて想像しているのでした。癖になりそうです。

所詮、レコードもCDもiPodも、なにもかも、ライブ以外はコピーなのだよ。

楽器職人さんありがとう。
(もちろん、演奏も素晴らしいのでした。ありがとうございました。)

日曜日, 9月 27, 2009

沖縄TV CM「志茂建設」


※私が踊って歌っているわけではありません※

ローカルTV局のCMって、概ね地味でそんなにインパクトがないのだけれど、やはり、王道は「キーワード連呼♪」なわけで、それがこの「志茂建設」のCM。
沖縄の子供達には大ウケ間違いないこのCMが、なんと、youtubeに無かったので、UPしました。

将来、県外で沖縄県出身者を確かめる時に「志茂建設の唄を唄ってごらん」という方法が取られること間違い無しです。

そういえば、僕のふるさと岩手でもそんなCMがあります。
それは、岩館電気です。
入魂のコーラス「あっかるいあっかるいランラランララン♪」が妙に子供の心に刻まれたのでした。
最近は、当時(30年以上前?)のママさんコーラスではなくなったんですねぇ。。

1979「恋するチャック:リッキーリージョーンズ」


記憶では1979年の秋?だった気がする盛岡市教育会館(うろ覚え)で催されたフィルムコンサート。ツェッペリン目的で見に(聞きに?)行ったんだけど、ここで出会ったのがこの曲。
「恋するチャック:リッキーリージョーンズ」

インパクトあったなー。なにしろ、このビデオ、都会のど真ん中(NY?)でウィスキーの瓶を片手にアメ車(当たり前か..)を運転している風景に唄が流れていく。
「アメリカはこーなんだ」と、純朴な少年は、素直にアメリカ=ウィスキーをラッパ飲みしながら車を運転している"格好イイ"国、と心に刻んだ。
(わずか数年前まで、ウルトラマンを見て、「東京はこーなんだ」と考えていたときから進歩していない)
※当時、確かに見た飲酒運転PVを探してみたんだけど、見つけられ無かった。。。

15歳男子というのは、究極的に単純である。
そして、英語の歌詞の意味など全く意に介さずに「いい曲」を感じ取り、邦題と曲調から勝手に唄の内容までイメージしていた。

この曲は、不思議な曲で、多分、僕の心の中のプレイリスト「最近口ずさんだ曲」のトップ10に入るのではないだろうか。
まず、イントロがいい。イイ感じの溜め、と、切れ味の良いギター&ドラム。
15歳にしてこの曲を気に入るとは、我ながらあっぱれ。褒めておきたい。(他に褒められる事が無い)

この頃は、まだ、スタジオミュージシャンとかには興味がなかった。
今、よくよく確かめたら、ドラムはスティーブガットじゃん。
なんだぁ、やっぱり、というか、だから、というか、何しろ素晴らしい曲なんだなぁ。

ノラ・ジョーンズも、いい線いっているとは思うのだけど、この曲のRLJの切れには及ばない。

土曜日, 9月 26, 2009

NMP-1000 FirmUP v1.1.2 (その2)


ファームアップ完了しました。SHOUTcastでSmooth Jazzチャンネル聞きながら過ごす休日の午後。
沖縄でもようやく爽やかな秋の風。エアコン・扇風機無しで窓からの風が気持ちよい。

主な新/改善機能はこんな感じ。DLNS周辺は未使用なので不明です。

・「全てのメディア」表示機能
 ありそでなかったこの機能。
 一番面倒だったPHOTOフォルダに紛れ込むデジカメ動画も一緒に並んでくれます。
 その場合、サムネイル表示はされません。あしからず。。


・Youtube再生・ダウンロード復活
 絶好調、ってな感じ。快適です。
 今回のようにYoutube側のダウンロード対策に対しては、ファームアップだけでなく、パッチプログラムでのより簡便な対応も出来るといいかな。

・インターネットラジオ(SHOUTcast)対応
 これ、言うことなしです。最高。
 PCを立ち上げずに、SHOUTcast流しっぱなし。
 ちなみに、再生中の音楽チャンネルに対するオプション操作は「お気に入りに追加」のみ。
 再生している曲のダウンロードとかはできません。ストリーム再生なので当たり前だけど。。。
 満足すると次なる機能への欲望が。ラジオ局の検索機能は是非欲しいところ。

・HD Level5.1対応
 もしや!?と思い、Blu-rayからリッピングしたISOファイル、MKVファイルの再生を試しました。
 ISO→再生不可。一瞬黒い画面表示後ファイル選択の画面に戻ります。
 MKV→音声のみ再生。私の環境では音声はしっかりDolby5.1になってました。映像は真っ黒け。
 ということで、もしや!?は、無かったのでした。

・その他
 YoutubeのIDでログオンしてからの「お気に入り」の表示ができなかった。←様子見
 インターネットラジオ(SHOUTcast カスタム登録)機能。→試していない。
 ファームアップ関係ないけど、リモコン本体パネルによる操作。→当たり前だけど、よくできている。
  リモコンを無くしてもなんとかなる。

ということで、PS3値下げでもNMP-1000はまだイケそうな気がする、のでした。

木曜日, 9月 24, 2009

1979「ラビング・ユー・ベイビー:キッス」



1979年頃、自分のキャラを「本物志向」とか「クール」とか「大人」とか、そんな風に見られたがっていた(割と最近まで、その見栄っ張りは続いていた)15歳の僕。
当時のキッスは、僕にとって、超憧れている一方で、そんなミーハーな自分は許せないという、矛盾した存在だった。

でだ、卒業式に展示する「将来の自画像」を書くことになった。
教師には「将来、サーカス団に入ってピエロになりたい」と強引な理由を主張し、キッスメイクをした自分の自画像を書いたのだった。卒業式に出てその絵を見た母が寂しそうな顔をしたのは今でも悪いと思っている。。

そんな少年が密かにお慕い申し上げていたキッス。
そういえば、当時、初めてのガールフレンドの超可愛い(←ここ強調)彼女が、キッスファンで、もしかしたらそんな事も意識してキッスメイクな自画像を描いたのだろうか。。。

ハードロックといえば肌露出ぐらいしかビジュアル的な特徴の無かった時に、とってもわかりやすいメイクとファッションで登場した彼らは、特に日本で人気を博したのでした。
(本物志向を気取っている僕にとって、日本の女の子と一緒にキャーキャー言うわけにはいかなかったわけだ。)

ちなみに、中学で坊主頭だった反動で、その後、僕は過激な(と本人は思っていた)頭髪実験に挑むことになる。
坊主→超長髪→カーリー→アイパー→テクノ。。。
単なるアホなのであった。

月曜日, 9月 21, 2009

1979 「糸居五郎のオールナイト日本」

そういえば、1979年当時、オールナイト日本(日本放送)月曜深夜(火曜早朝)の二部3:00~の糸居五郎のオールナイト日本は欠かせない番組でした。

USチャート入りした「ホットなナンバー」を、それこそ日本ではまだ発売されていない段階で紹介していたり(もしかしたら岩手では発売されていなかっただけなのかも。。。)した。

たまに、NY録音で放送されたりもしていて、聴いている僕までも、気分はニューヨーカー、いや、アメリカンだった。YMCAを歌う西條秀樹的な気分だったかもしれない。


岩手の少年が抱いた糸居五郎のイメージ。



糸居五郎の番組で紹介された曲ではっきり覚えているのは、「悪魔はジョージアへ(チャーリー・ダニエルズ・バンド)」「マイ・シャローナ(ザ・ナック)」かな。



ふと思い、Youtubeで検索すると、ありました。毎週聴いていた声の主の姿。
初めて見ました。既に他界して25年。改めて合掌。

←プレミアついてるし。。。