月曜日, 12月 08, 2008

おでんとう

ざ・手抜き。
ご飯にのっかってるのはモズク海苔。

日曜日, 12月 07, 2008

今日街で見掛けた

気になる張り紙。
で、応募はあったのか?

土曜日, 12月 06, 2008

用事を済ませに

レンタカー借りてちょっと遠出。宜野座村っていう海岸沿いの町で休憩。

ちなみにソフトクリームはサービス。
温かい黒糖ぜんざい(白玉)とコーヒー。

金曜日, 12月 05, 2008

ランチ忘れてました。


お弁当だったのに残念。
代わりに今夜の夕飯。カルボナーラシチューです。

木曜日, 12月 04, 2008

自分が初めて買ったレコード


初めてシリーズ、今日は、「初めて買ったレコード」。
これ、初めて聞いた、とか、初めて気に入った、とかではなく、あくまで初めて自分のお小遣いで買ったというレコード。

小学生の時は、親と一緒に買ったりしていたわけで、そんな時には、あっちの流行歌(古っ)のアイドルものなど買って貰えず、せいぜい、田中星児版の「ビューティフルサンデー」だったり、誕生日かなんかでゴネて買って貰った「夕焼け小焼けby松鶴家 千とせ」だったりしたわけだ。
今思えば、その何年か後、生涯聞き続けるだろう「Eddie Jeferson」というスキャットというか、もう、すげーVocalに出会うことを考えれば、和製のスキャット?を松鶴家 千とせとの出会いは必然だったようにも思えてくる。無理やりだけど。
(動揺とかクラシックとか、そーゆーのは、親の気持ちとは裏腹に「買って貰った」意識すらない。。。)


そんなこんなで、中学生。
当時は音楽ソースはラジオで、FMも聞いたけど、AMだってバリバリ聞いていた。
親は大人しめの因幡晃とか好青年"中村雅俊"なんかを、それとなく薦めてくるのだが、そんなんでは収まらないのが中学生。
とうとう出会っちゃいました。それは、「QUEEN」。折りしも習いたての英語、スペルを覚えにくい"bicycle"が連呼される「bicycle race」のヒットと共に虜に。


もう、来る日も来る日もラジオから録音した、唯一聞き取り可能なネイティブ英語「あいおんちゅーらいまいばいせーこー」を自転車通学の坊主頭の少年は連呼しながら田んぼの道をひた走っていたのでした。


そうして、アルバムが日本で発売になる!
ここで重要なのが、「初回販売分限定特性ポスター付」。これです。
そのポスターは当時のQUEENのライブ会場のステージに登場する「自転車に乗った何人ものオールヌードの女性」!
今思えば、ピンポイントで田舎の自転車通学男子を対象にしたかのようなマーケティング。

これは買わないわけにはいきません。
しかし、当時のLPレコードは一ヶ月の小遣いでも買えない様な値段。
何をどうしたのか覚えていないけど、とにかく、多分、テストの点数を担保にしたりして、ゲット。

ポスターが目的だか、音楽が目的だか、、そんなこんなの初めて買ったレコードなのでした。
(いや、音楽が目的です。フレディは亡くなったけど、未だによく聞いています。)

↓日本では非発売だったシングル版のジャケット

今日のランチ

今日も社食。。。

水曜日, 12月 03, 2008

今日のランチ

社食だす。

火曜日, 12月 02, 2008

リーダーとマネージャー

今読んでる本で、リーダーシップの基本能力についてこう書いてある。

・診断能力:状況を把握し理解する能力
・適応能力:状況にあわせて自分やチームが力を発揮できるようにする能力
・コミュニケーション能力:相手に容易に理解できるように伝える能力


そして、もう一つ心に残った言葉、
「マネージャーは管理しリーダーは革新する。」
だ。


マネージャーに関する下りは、もう少し、過激だ。


マネージャーは「写し(コピー)」<==>リーダーは「原版(オリジナル)」
マネージャーは維持する<==>リーダーは開発する
マネージャーは体制や構造に着眼<==>リーダーは人々や人間に着目
マネージャーは他人を統率<==>リーダーは他人から信服
マネージャーの視点は短期的<==>リーダーの視点は長期的
マネージャーは「いかに」と「いつ」を問題にする<==>リーダーは「何」「何故」を問題にする
マネージャーは結果を考える<==>リーダーは未来を展望する
マネージャーは模倣する<==>リーダーは創造する
マネージャーは現状を受け入れる<==>リーダーは現状に挑戦する
マネージャーは事を正しく行う<==>リーダーは正しいことを行う


そして、リーダーは、一人でもなり得るような気がした。
だから、リーダーシップ(役職や立場には関係しない)なのか、、、と一人納得。

リーダーになりたい。そう思った。

ちなみにこの本は↓です。

ゆし豆腐チゲ

いただきます!

月曜日, 12月 01, 2008

歪み(Stress)

社会人になって味わったストレスを思い返してみた。


初めて自分の仕事に新人をアサインされた時。
まだ、20代。あの頃僕は若かった。

この時、僕は初めて仕事でストレスを感じた。

まぁ、思うようにいかないだけの、今思えば大した話ではなかったが、この時のストレスは今思い返すと面白い。
まず、「僕自身がストレスを感じていなかった」事。
多分、"自分の仕事が認められたから増員して新人が来た"ぐらいの感覚だったのだろう。
嬉しい気持ちがあるから、(結構、これが大変な新人だったんだけど)ストレスだと感じてはいなかった。

しかし、感じていないはずのストレスが身体に現れた。
円形脱毛症。。。

もう、一個見つかったら、あれよあれよと次々に発症。
ま、新人との付き合いに慣れてきたら自然に消えたけど、驚きました。


その後、基本的にストレスを感じることは余り無く、まぁ、その時々の環境に、プカリプカリ浮きながら、ハードな局面もソフトな局面も

楽しんでやってきたんだと思う。


最近、ちょっとしたストレスを感じる時があって、自分でも自分がどう反応するのか興味があって記録してみた。
精神的変化、肉体的変化、それぞれ分けて書いてみようと思う。

・第一段階(ストレス醸成期)
何がなんだかわからないけど、一日の終わりに脱力する感じ。
この段階ではストレスだという自覚が無いし、寝て起きれば忘れている。
翌日、同じストレスにさらされても特に気がつかない。
・第二段階(抵抗期)
ストレスを認識して一日の終わりに「反省」したり「対策」したりもがく様な感じ。
ストレスだという自覚はあるけど、寝酒を軽く飲んで寝れば忘れている。
翌日、同じストレスにさらされそうになると身構える。
・第三段階(受容を試みる期)
ストレスに抵抗しても無駄だと考えてストレスを受け入れようと試してみる時期。
一種の抜け殻の様な自分を、もう一人の自分が客観的に見ているような感じ。
翌日、同じストレスにさらされるても、何も感じない。
・第四段階(根本解決を試みる期)
ストレスの根源/人に対して排除、もしくは、告知する事で根本解決を試してみる時期。
抜け殻と一転して頑固者のようになる。あるいは、愚痴っぽくなる。あるいは、怒りっぽくなる。
同じストレスにさらされると、「緊張」「動悸」の状態になり、その後、「酷い脱力感」に襲われる。


ざっと、一ヶ月ぐらいでこんな風に推移するようです。
寝て忘れられるかどうか、が重要な気がします。
ただ、いずれの段階であっても、目に見えない変化が進行しているわけで、他の人に当たったりしていないか、、、までは自覚が無い

。それだけは、怖いなぁ。

ちなみに、「酷い脱力感」は肉体の反応としてとても面白い。
腕に力が入らず、なんていうか、腕が重く感じる。長距離を走った後の腕みたいな感覚。
ま、面白がってないで脱力じゃなくて脱出するのだ。

挨拶、ご飯は

欠かさずに!

土曜日, 11月 29, 2008

旧型インフルエンザ

今日、いや、もう昨日か、勤務先でインフルエンザの予防接種を受けた。


勤務先は、シフト休の人も多く、子供連れの参加も目立った。
なかなか盛況。


世間では、「新型インフルエンザ蔓延のXデー」が話題になっているみたいだけど、
旧型インフルエンザを予防しなければ新型インフルエンザは流行らないんじゃないか?と思った。※


旧型インフルエンザで、毎年、そこそこ被害は出るけど、戒厳令のような状態にはならないで済む。
そっちの方が健全なんじゃないか?


そんな事を考えながら、注射した左腕を押さえる右手に「揉んじゃいけない」と言い聞かせるのでした。


※実際は混合感染もあり得るようで、旧型の予防も大切な意味があるようです。


予防
・通勤は公共交通機関はリスクが高くなる
・会議は電話/テレビ会議のように対面しない方が良い
・執務環境もできれば個室に近い方が良い
・食堂なども時差利用などで人との接触距離に余裕を持つほうが良い
・マスク
ちなみに、気をつける距離の目安は、マスクしていない相手の場合2m以上、マスクしていれば1mぐらいだとか。

金曜日, 11月 28, 2008

軟骨者ランチ

うーん。これにします。
(お弁当はお休み)

木曜日, 11月 27, 2008

今日のランチ

いただきます!

沖縄産野菜の買い方


↑これみたいに、特産品は別だけど、普通の野菜で地元でも生産されるものは地元のスーパーでは手に入らない。
地元でもニンジンやほうれん草やナスやたくさんの野菜が収穫されているのに。。。


スーパーの照明に照らされている野菜は、どれも、内地から送られてくる色鮮やかで姿かたちも美しい野菜。
おまけに、きれいにパッケージされている。
半分観光気分の僕は、できることなら地元の野菜を、、、と思うのだが、本当にスーパーでは特産品のゴーヤぐらいしか売っていないのだ。


そんなわけで、週に二・三回、近所の八百屋さんに顔を出す。
申し訳ないが、とっても小さい八百屋さん。
駐車場の奥の、店、というより、小屋で営業している八百屋さん。
あまり儲かってはいないようなんだけど、ここでは、地元、それも本当に暮らしている街で取れる野菜が売られている。


旬の地元の野菜、その食べ方、八百屋さんがどう調理したか、そんな会話をしながら顔の見える安心を楽しむ。
先日、会社の飲み会で「四角豆」っていうのを食べた翌日、その八百屋さんでその話をすると、「ちょうど、ちょっと傷んで売れ残っているのがあるからもって行きな!」と、本当に端っこがちょっと茶色くなっただけの、素人の僕が見ても何の問題も無い四角豆を頂いた。
「賞味期限」に縛られずに、本来なら当たり前の生活。


顔が見える社会、都会では確かに難しい部分もある。
でも、以前は都会でさえも、暮らしている地域では顔が見えていたはず。
経済成長と引き換えに徐々に見えにくくなった顔は、今、一日のほとんどを過ごす会社での「顔」すら見えにくくなってきている。
多くは望んで"非"の立場でいるわけでは無い非正社員、派遣された人達との仕事。あるいは派遣される自分。


どんな巨大メーカーでも巨大スーパーでも、売っている食品に安全が担保されなくなってきている。
サービス業でも単純な「情報漏洩」が止まらない。
官僚たちは税金を自分たちの天下り先に小学生も納得できないようなロジックで垂れ流す。
顔が見えていたら出来ないこと、ありえない事が、顔が見えていなければいとも簡単にできるのかもしれない。

顔が見えない人のために大量生産されるお弁当。
顔が見えない人のために賞味期限付きで売るコンビニ。
お互い顔が見えないから、時間管理され、まだ食べられるのに廃棄されるお弁当。



その八百屋さんには、よくお客さんが座り込んで八百屋さんと世間話をしながらお茶を飲んでいたりする。
そのお客さんとも顔見知りになる。
そうやって、顔が見える社会は繋がっていく。


※はみ出し
そんな八百屋さんも頑張っているっていうホームページ
↓そういえば、コールセンターでは、顔の見えない顧客とうまく会話するために、こんな鏡をデスクにおいていたりするのでした。

水曜日, 11月 26, 2008

今日のランチ

沖縄産ハラぺーニョ入り。

火曜日, 11月 25, 2008

ひるまのままくておもしぇはなしこきだ。「てぃあんだー」

※唐突ですがお休み終了。再開します。

ランチタイム、食後のコーヒー&一服中の席に、通りがかった同僚(女性)がゴマ団子を差し入れしてくれた。
一緒にタバコを吸っていた同僚がお礼の声をかけると、差し入れてくれた同僚は、「てぃあんだーだから美味しいよ」のような事を言った。(僕には何と言ったのか聞き取れなかったのだが)

それから、「てぃあんだー」ってなに?
っていう話になり、「手の油」なんだと聞きました。
典型的な使い方は、
孫:「おばあのおにぎりは美味しいな。なんでだろ?」
おばあ:「それは、てぃあんだーだからだよ。」
みたいな使い方らしい。


素手で心を込めて作った「おにぎり」。
その素手で作った美味しさを「てぃあんだー」という言葉で表す。
直接的には「手の油」の意味なのだそうだが、「手塩にかけて」「一手間をかけた」のような意味が込められているのだそうだ。


ビニール袋に手を包み、消毒を繰り返し、瞬間冷凍や保存料やありとあらゆる科学をつぎ込んで「合理的に」作られたはずの食品。
回転寿司の茶髪バイト君には手袋してもらいたいし、住み慣れた街の小さなカウンターのお寿司屋さんには素手で握ってもらいたい。

素手で触れるという事は、「気持ち」が大切なのだ。「気持ち」が無いなら素手で触って欲しくない。
「てぃあんだー」を忘れた食品に食の安全など求められない。

なーんて事を考えたランチタイムなのでした。

てぃあんだーの意味はこちら

※ハミダシ※
沖縄の食文化、「皆で食べる」のもその一つなのだそうだ。っていうか、それは本来、人間そのものの文化。
会社の残業代は、皆で食べることを会社の都合で諦めてもらうから残業代ではなく「皆で食べる事をさせなかった手当て」にすれば、少しは良い世の中になるのかもしれない。

※ハミハミダシ※
母の故郷の秋田弁もかなり面白い。
タイトル、=昼食を食べて面白い話を聞いた、という意味です。(のはずです。)

更新せずとも

ランチは楽し。

日曜日, 11月 16, 2008

しばらくおやすみしま~す!

半年。ちょうど沖縄への引越しが終わって半年。


半年の間に、たくさんの事があった。
たくさんの人と出会った、たくさんの事柄について考えた、たくさんの経験を重ねた、たくさんの新しい思いを磨くことが出来た。


この半年を忘れないようにしよう。
今、沖縄も、ようやく夏が終わり、まぁ、沖縄っぽくなくなる。
でも、ここは、たくさんの新しい思いを磨き始めた土地。


もう、後戻りはしない。
もし、誰かに、「そうは言っても酷いヤツじゃん」って思われても仕方ない。
そう、本当に今を迎えるまで、随分と酷いヤツだった。


離婚なんて必然の結末。
10代で家を飛び出し、18の誕生日と共に結婚。
子供を三人も授かったのに破局、そして、間髪をおかず二度目の結婚。
二度目の結婚は血の繋がりこそ無いけど実際に愛情を受け止めてくれた娘がいた。
なのに、その家族ともやはり僕の一方的な無責任な行動で別れた。


そんな時、渦中の僕は、全ての責任をパートナーが原因の様に巧妙に自分のプライドを保てる程度に周囲に話し、今の、周囲が相手をしてくれる程度の人に成りすましていたのだ。


酷いプロフィール。人としてどうなの?っていう事。
だとしても仕方ない。
今の自分しか自分じゃないんだから。


僕は、一つ一つ、傷つけた、子供達、パートナー、両親、弟、学校の先生、その間に付き合った人々、、、
一つ一つ思い返しながら、相手の気持ちを辿りながら、今の自分を、残りの人生を、噛み締めながら歩いていきたい。
そう、今年の夏、長女に女の子が誕生しました。ありがとう。
その瞬間、その日のブログに一番書きたかったのに書けなくてゴメンね。
こんなオジイでゴメンなぁ。でも、現時点で世界で一番可愛い女の子なのは間違いない。




最後に、こんな素直な気持ちにさせてくれた、今日まで傷つきながら、一緒に歩んでくれた君にも心から感謝。
ありがとう。


うーん。かっこ悪いなぁ。(笑)


過去のものも含めて、ブログを公開したのも同じ時期でした。
ずっと気になっていたこと、自分の「人でなしっぷり」を書かずにいたことをようやく書けました。
しばらく更新はお休みします。
(なんだか、照れ臭いのと、仕事も佳境を迎えそうなので。)

チョット早いけど、よいクリスマス&よい新年を!

金曜日, 11月 14, 2008

今日は

会社の食堂ランチ。

KY

KYと言う言葉がいつの頃から定着した。
いつの頃からか定着したと言うことは、それより以前はそれほどKYは目立たなかったと言うこと。(超大雑把だけど断定)


KYが目立たなかった時代。それは、共通の環境で生きていた時代。一億総中流とまで言われた時代。


そもそもKY空気を読むって事は何なのだろう。
ここのところ、そんな事を考えざるを得ない事が重なったので考えてみた。

「空気」を「読む」と分解して考えてみる。

・空気
この場合の空気は、本来は「周囲の空気」「相手の空気」で、自分以外の空気を指している。
翻って、「自分の空気」は、特に意識しなくても感じている。読まなくても感じられる。
自分の空気は感じているのだとしたら、相手の空気は、相手が感じていることだ。

・読む
もう書いちゃったけど、感じるのとは違う。
相手の空気を「想像」して、相手の感じていることを「想像」することだ。
絵や音楽を鑑賞することに近いかもしれない。

そう考えてみて、空気を読む、と言うことは相手の感じていることを想像する事。
いや、「相手の感じていることを正しく想像すること」だ。(回りくどーいけど、ようやくスッキリした。自己満足。)
ここで新しいキーワードKYにおける「正しく」って何だろう。

・正しく
自分が長年経験した事や経験した立場なら想像はたやすい。
一方、自分が経験したことの無い事、例えば、宇宙飛行士が便秘で困っているときの空気、はちょっと読み難い。
便秘の経験があっても、無重力でそうなった時の想像はなかなかし難い。
(想像は難しいけど、無重力の空中で匂いはどうなる!?とか、想像は尽きないが。)
オバマ新大統領のホワイトハウスでの暮らしを始めるに当たっての不安、こうなるとほぼ想像できない。
ブッシュ大統領の飼い犬がホワイトハウスから引っ越すに当たっての不安、これはもう、おとぎ話ぐらい想像できない。
「正しく」想像するために、まず、自分の経験で比較的近い経験を元に想像力を働かせる。
「正しく」想像するために、次は、自分の知識で比較的近い知識を元に想像力を働かせる。
「正しく」想像するために、後は、その相手と話す。話す。話す。



閑話休題、先日、筑紫哲也さんが亡くなった。
72才。去年亡くなった私の父と同い年だ。
有名人の死なんて、通常は、ニュース以上の感傷は無いのだが、10代の終わりから、多感な時期に朝日ジャーナルを読んでいたこともあって、その報せはショックだった。
その訃報にもショックを受け、そのニュースに関しては思考停止していたのだけれど、後日の追悼番組?では、なんだか父のお葬式の時と同じような気分だった。
一度も会った事が無い彼に、何度も何度も会っていた様な気がするほど、彼の伝えたかった事が伝わっていたんだなぁと思った。
「現場で直接話を聞く」事を大切にしていた彼は、超一流の「空気を読む」人だったんだろう。



話し戻って、自分。
「空気を読む」為には人と正面から向き合って話すことが必要。言葉を選んだりしていてはいけない場合だってある。
でも、僕は、人と対峙する時に、表向きの温さに流される事がほとんどだった。
時には、感情を露に傷つく覚悟で正面から傷つけて、その傷つけた責任を負うみたいな事が、人の痛みを、痛みを持つ人の気持を読む上で必要なのだなと感じた今日この頃なのでした。

沖縄で多い病気

沖縄で暮らしていると「メタボ」がこの土地で特徴的な病気(ではないが)だということは知っていたが、もう一つ、尿管結石とか胆石とか「石系疾患」が多いのだそうだ。
それは、沖縄の水がカルシウムが多いから?と言われているようです。
(逆に骨粗しょう症の予防に良いという話もあります)

たまたま、同僚で唾液腺に石が出来た人がいて、そんな話から知ったのだけれど、唾液腺に石ができると、もう、「食べることが楽しくない」のだそうだ。
唾液腺は舌の付け根辺り、左右にあるそうなんだけど、痛むと、横顎と首の付け根辺りが痛いのだそうだ。
唾を飲んだり、唾が出そうになるのが苦痛で、酸っぱい物を思い出したりも出来ないと言ってました。
結果、食事を楽しむなんて事はできないのだそうです。

その痛みは、健康な僕には想像しか出来ないが、「食べることが楽しくない」のはカナリキツイ。
何とかならないもなのかと思い、ググってみました。

分かったのは、西洋医学的には「手術」するしかない(彼もお医者さんにそういわれたが手術はしたくないのだそうです)のですが、東洋医学的には「漢方薬」で治る、というより症状が無くなるケースもあるのだそうです。
この同僚も「漢方薬」をこれから試すと言っていました。
ちなみに、その西洋医学のお医者様は、マッサージも効果がある場合があると伝えたそうです。
(残念ながら彼はマッサージでは良くなっていないそうです)


彼が「食べることが楽しくなる」といいな、と、食べることが生きがいの僕は思うのでした。

木曜日, 11月 13, 2008

天ぷら弁当

なんだかなぁ。

水曜日, 11月 12, 2008

沖縄の満月

写メでもこんなに明るいんです。

今日は

朝作ったお弁当。

火曜日, 11月 11, 2008

(ナベアツ風に)散文三話

①【体重支持型歩行アシストロボット】

アシスト付き自転車は、自転車で移動する僕の体力をアシストしてくれる。
僕は、お陰さまで自転車に乗ることに何ら不自由の無い体だから、このアシストは充分過ぎるほど役に立っている。

一方、何らかの障害で歩くことに障害を持っている人の中には、自転車に乗る事はできない人もいる。

↑の動画にある外骨格系ロボット?「歩行アシスト」があればアシスト付き自転車はいらないのかもしれないと思った。
歩行アシストを装着したまま自転車に乗ればいいのだ。そのままアシスト付き自転車になる。
あるいは、車の運転の際にも、極わずかだとは思うけど、特に長距離運転の際など、歩行アシストを装着して運転した方が楽になるかもしれない。
体力的な問題や、身体の障害で、自分の足で山に登れなかった人が山登りを楽しめるかもしれない。

と、いい感じに未来をイメージしたのも束の間、きっと軍隊は、歩兵の徒歩移動を長距離化するとか重い武器を持って移動出来るとか、夢の無い事を考えているかもしれない。っていうか考えるだろうなぁ。
はぁ。ヒトって。


②【沖縄も涼しくなりました】

沖縄は雨が四日も続いています。
既に梅雨時でも経験しなかったような長雨です。
昼にお日様が全く顔を出さないなんて、ホントに、滅多に無いのに、この二日間なんて、100%お日様は顔を覗かせませんでした。

日照時間が少ないので、家の水道水が冷たくて、とても久しぶりに「水道が冷たい」感覚を思い出したりしています。当然ながら、シャワーもお湯を沸かさないと無理。

と、日照時間を調べてみると、なんと意外。
沖縄は年にばらつきがあるものの、日照時間は東京や千葉より少ない。北海道よりも少なかったりもする。
(2000/2005/2006三年間の平均)

各都道府県で定められた調査地点の南側に山があるとか、雨が少なくないとか、いろんな要素はあるらしいのだが、納得いかないなぁ。
僕の体感では東京の3倍ぐらい日照時間があるように感じているんだなぁ。

きっと、東京ではビルの谷間で空が見えないからそんな風に感じるのかもしれないな。


【外耳炎】

今まで海に入っても何も問題なかっんだけど、少しは仕事らしく忙しくなって長電話があったせいか、雨のせいか、10日ほど前から続く原因不明の左耳の痛みで朝病院へ。
診察結果は外耳炎。単に耳掻きかなんかで引っかいたか何かで炎症を起こしているのでは無いかとの事。
一応、ばい菌の検査もしてもらいました。(結果は後日)

ということで、耳鼻科屋さんは、朝から繁盛していて、僕のアレルギー性鼻炎もしっかりチェックされて、鼻炎の薬も薦められたけどお断りしました。
で、目薬と同じように耳にも耳薬がある事にビックリ。
説明では「三滴たらして三分横になっていてください」って言われたけど、三滴がわからなーい!見えませーん!
、、、と、訴えると、「十滴ぐらいまで大丈夫だからさー」だって。

雨続き

土曜日から毎日降ってます。肌寒い日。でも、ランチは楽しい!

月曜日, 11月 10, 2008

今日のランチ

チンゲンサイと四角豆のピリカラ炒め、豚キムチ、卵焼き。キムチ以外は沖縄産。

日曜日, 11月 09, 2008

週末DVD三本!半額!(by TSUTAYA)

  

↑ちょっと早いけど、このアルバムの二曲目Silent NightをBGMにどうぞ。Jamendoクリエイティブコモンズというライセンス形態で楽曲をダウンロードできるサイト。今年、このサイトに登録されたアルバム(当然、CD屋さんでは売っていない)は1万枚を超えました。
1万枚もあると、もはやメジャーでもおかしくないレベルの音楽もたくさんたくさんあります。
レベル云々なんてナンセンスで、ここには「(儲けられなくても)表現したい」表現者がたくさんいます。
21世紀のマイケルやEW&FやBeatlesは、こういう世界から羽ばたくハズです。

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DVDの話はここから
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・ニライカナイからの手紙
・バベル
・それでも生きる子供たちへ

この週末に観た映画。
ちょうど雨の週末、土曜の夜なんて雷雨で嵐の夜だったし、近所には映画館は無い(映画館跡地はある)ので、先日失ったホウキを買うのもあって、久しぶりにレンタカーを借りて、ちょっと遠出してTSUTAYAに行って借りた。



「ニライカナイ」は母の深い愛情を描いた映画。
「バベル」は世界中がネットワークで繋がる一方で家族のコミュニケーションは失われつつある世界を描いた映画。
「それでも・・」は、格差の底辺で虐げられながらも笑いながら生きていく子供たちを7人の映画監督がそれぞれ7つの国を舞台に描いたオムニバス映画。

いずれも良かったんだけど、「ニライカナイ」>>>「それでも」>「バベル」かな。
バベルは、評判だったトリッキーなストーリー回しが評判ほどには感じられず、あの評判は、ネットとか使っていない人が書いたのかなぁ、、、って感じ。



人は、正解の無い未来を、正解があると信じて、あーしてみたりこーしてみたりしながら生きている。
でも、実は、みんな正解を知っているのかもしれない。
みんな、何年か前は子供だったのだから。
子供だけは、この世界が生きる価値がある世界だ、と何の疑いも無く信じている。

両親にいつもそばにいて欲しかった。
両親にいつも話を聞いて欲しかった。
両親と一緒に暮らしたかった。

お金が無くても笑顔でいられた。
偉くなくてもいろんなモノに興味を持てた。
グルメじゃなくてもご飯が美味しかった。食事は楽しかった。

全ての子供は3才位まではノーベル賞受賞の可能性があるという。
3才を過ぎると、あっという間にノーベル賞どころか何%かは犯罪すら犯すようになってしまう。

インターネットも携帯電話もお金すらも無くても生きる子供たち。
一方、僕も含めて何も出来ない大人たち。
いや、出来ないだけならまだいい。生きようとする子供達の邪魔をする大人たち。

そんな事を考えて、現代って何万年前も100年前も去年もずーっと現代だと生きるヒトは思い込んでいる。
実は、今は、ホモサピエンスの歴史の中でまだまだ原始時代なのだなぁと思ってしまうのでした。
ごめんなさい。僕は脊椎動物門哺乳綱サル目真猿亜目ヒト科の生物♂です。



そう。一泊二日でレンタカーを借りた週末。外は雨。
そんな天気だと、普段なら、家に篭りながら料理したり、音楽を聴いたり、静かに過ごしているのに、車があるとTSUTAYAもそうだけど、気軽に買い物に行くし、気軽にドライブするーしたりファミレスに行ってしまい、返す頃には「やっぱり車があったほうが便利」と考えそうになって「いやいや、そう簡単に流されなくていいから。車が無い生活楽しんでんじゃん」と、一人突っ込み。

それから、車でお出かけ、面倒だからその辺で外食。
沖縄の定食屋さんは安い上に一食の量が多い。
そうやって、メタボリックまっしぐらなんだなぁと反省。

車を返してきて、ちょっとホッとしているのでした。

>>>>>>:-P

金曜日, 11月 07, 2008

今日のランチ

夕べは飲み会でお弁当はお休み。

木曜日, 11月 06, 2008

会社の

500円ランチ!

困ったチャンに感謝


アメリカ初の黒人大統領(っていうカテゴリが存在する程度のまだまだ原始人間社会。日本初の黒人首相はあるのか!?)に関係ない私的話題。


「真面目というか融通が効かない、柔軟性が無い人」

いるんですよ。こういう人。
そんな人と世間話をしていた時に、
「○○さん、動物は何が好き?」
こう質問した時に、
「動物は餌が好きです」
と、僕の日本語の使い方の間違い(僕は○○さんが好きな動物を聞いたつもりだった)に気がつかせられた人。


一事が万事こーゆー調子なので、仕事上の何気ないやり取りでの意思疎通はなかなか叶わず、周りに言わせれば苦労させられる困ったチャン。

一般的な企業活動は「株主というギャンブラー」や「儲けてナンボの経営者」や「上昇志向のサラリーマン」等の要請で困ったチャンの存在は本当に困ってしまうわけだけど、きっと、学校の先生や公務員だったらそこそこ「変わった人」で通るのかもしれない。

よく思う、、いや、たまに思うのは、こーゆー「変わった人」達のお陰で河豚を嗜む事ができ、ホヤという珍味を味わい、お酒を楽しみ、唄を歌い、踊ったりする楽しみを貰っているのだということ。
多様性に対し、なんだかんだと許容してきた人間社会の面白さは、正にそこにある。


「株主のために存在する」企業もあってもいい。
だけど、「変わった人」を受け入れられる社会であり続けて欲しい。
(と、あの素晴らしい大統領就任演説的なオチに辿り着くわけだ)


水曜日, 11月 05, 2008

地元のパン屋さん

営業時間が18時30分までなので幻のパン。美味しいんだけどねぇ。

火曜日, 11月 04, 2008

著作権が担保になるということ

なんか、あの時代80年代後半?90年代?辺り、CDの特性を意識した曲作りが話題になった("サビ"至上主義。曲のイントロがいきなりサビなど。CMとかで長短時間のオンエアでも曲のインパクトを伝えやすいと言われた。事実、当時はそんな曲ばかり流行った。
もう、いきなり「ズバッドンドコドゥルル♪こぉけぇの~むーすーうまーあぁでー♪イェイェィ♪」みたいな感じ。)、そんな、あの時点での「稀有の作曲家」が逮捕されるのだそうだ。


僕はあの手の音楽は、秋葉原店頭バイト時代に買い物ゲームBGMの様に流れている場面(ホントに一日中飽きずにかかってた)でしか聞かなかったので精神的被害はないけど、そもそも、今、彼を応援したくて当事の彼の曲をカラオケで唄っても既に彼にすんなり実入りがあるわけではなさそうな話に驚いた。

著作所有権?を、証券化というか担保にしていたというのだ。
ということは、今、彼に同情して、「頑張れ!てっちゃん!」と彼の歌をカラオケで歌っても、彼の夕飯のオカズにもならないのだ。

なんかなぁ。著作者をリスペクトしているから、例えコピーでしかなくても、その著作物(CDやカラオケ)に使用料金を支払っているのに、それを担保にしていた著作権者も著作権者だし、それ(使用権)を買い叩く企業もなぁ。
今回騙されちゃった人は気の毒だけど、既にそれをどっかの会社が買っていたわけだ。
その会社は、きっと、全曲の著作使用権を法律が定める期間で実入りを計算して、利回りに換算してみて、何億以下なら「買い!」とか考えていたわけだ。スバラシイ。


もし本当に作曲者なりクリエイターをリスペクトしていたら使用権を独占しようとは思わないのが倫理的というか「人の道」だと思うんだけどね。かといって、放って置いたら、誰かが権利を主張し始めちゃうわけだ。以前あった2chの"のまネコ"キャラのように。
※これまたAVEXって。。。
間違いなく、彼の著作物所有権や使用権を担保に金を貸した人たちは、彼をリスペクトしていない。
もしくはリスペクトしていない人がほとんどであろう。
   ∧_∧
   (  *゚w゚) ノマノマイェイ!!
   (    )
   | | |
   (_)_)

以前、ケンタッキーフライドチキン日本支社が、年に一回、鶏への感謝を表すために神社にお参りする、っていうニュースを見た事があるけど、そういう「普通の感覚」が働かない世界なんだなと思った。
きっと逮捕されそうな?彼は、普通の感覚では無いトコロに行っちゃったんだろうね。
合掌。


ここでWikipediaにて学習。
・著作権の目的(著作権法の抜粋:法律条文には著作権はないんだそうだ。当たり前だのクラッカーby藤田まこと。)
- ・・・文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与すること
・著作権の定義
- 知的財産権
- 無体財産権
・財産権
- 公共の福祉はこれに優先できる(皆の生活を脅かしたりする様な事態の場合は没収も可能)
・所有権
- 著作物の所有権は移転できるが著作権は著作者に残る。
(所有権を移転したからといって著作者の許可無しに改変はできない。=著作人格権)
・著作者人格権
- 公表権:公表するしないを決める権利
- 氏名表示権 :著作物への著作者氏名表記に関する権利
- 同一性保持権 :改変、変更、切除などを認めない権利

ほら、やっぱり、「文化の発展に寄与」するのが著作権の目的だと書いてある。
文化の発展に寄与しないなら「著作権は発生しない」ぐらいの解釈だってできそうだよ。

その著作権を担保に、当人の能力以上のお金を前払いで渡して、破綻したら回収する、限界点を超えようとして詐欺行為に手を染め

る、、、、そんな感じ。


そもそも、著作権であれなんであれ、気に入った音楽があったとする。表現してくれた音楽家に感謝とリスペクトの意を抱く。
一方、ミュージシャンがライブで「ありがとう!」というのは、価値を分かち合える一人一人が集まり、楽しんだことへの一人一人への感謝では無いのか?
(お金まで払って来てくれて、僕の唄を聞いてくれて、共感してくれて、ありがとう!)
僕らは、たまたま耳にした、その「音楽を作った人、唄っている人」を中心にリスペクトしているのだ。

増してや、著作権人格権?だかを保持する作曲者や作詞家が亡くなった後にも著作権で何らかのお金が遺族などに入り続け、その場面で、故人を偲ぶ風でもないレコード会社が利益を得続けるのは、「文化の発展に寄与」しているとは思えないな。

そんなことより、リスペクトする人たちが、例え亡くなっても、毎年命日にはお墓参りが絶えないとか、そういう事の方が心に響くなぁ。
さっきも書いたけど、リスペクトが心に響く例.
ケンタッキーフライドチキンが毎年「ブロイラー感謝祭」をやっている。これは心に響く。
僕が食べた分まで感謝しておいて欲しい。ホントに。


官僚や国会議員が当たり前の様に「法に触れていない」から倫理的には疑問があるお金を堂々と手にする時代。
多分、被告になり有罪となった某歴史的首相が最後まで反省の弁を語らなかった、いや、「やっちゃっいました」的態度を示さなかったこの国の迷走は、もうしばらくは止まらない。
(↑大きく出てみた。(汗))

。。。と、文章の迷走も止まらないので今日はここまで。

※追伸
よくよーく考えてみたら、僕は、パッケージ化そのものに感動して購入したLPレコード(not CD)が過去にありました。
それは松田聖子の「Windy Shadow」'84で、当時ハマっていた海外大物スタジオミュージシャン達がレコーディングに参加していて、彼女の唄はそっちのけで、バックバンドの演奏を聴いていたのでした。
ソニー大レーベルの組織力をまざまざと見せ付けられた一枚。

11月最初の

お弁当。
今日も元気だランチが旨い。(ハズ)

土曜日, 11月 01, 2008

不幸

日常に不幸な出来事は潜んでいる。
昨日の朝、まさにそんな不幸な出来事があった。

以前、休日の朝、気持ちのよさそうな朝、外の空気を思い切り吸いたくなるそんな朝。
カーテンを開け、掃き出しのサッシをガラガラッと開ける。
と、バタバタっと目の前を何かが落ちていく。。。。そう、3匹、いや4匹のヤモリの家族。サッシの網戸に張り付いていたのだろう。
そのうちの1匹か2匹は家の中に入ってきて、もう、大騒ぎだった。
そんな、繰り返してはいけない不幸が以前にあったのだ。

そして、昨日の朝。
もう秋らしくなり、休日の朝、というより昼近くに目を覚ましても、外は気持ちのよさそうな日。
繰り返さないと誓った不幸を思い出しつつ、もう、無造作にサッシを開けるなんて事はしない。
まず、玄関から1.5mほどの柄の長いホーキを持ってくる。(万が一、ヤモ君に出会っても優しく掃き出せる。)
そうして、ドンドンドンっと、サッシのガラスを叩く。事前にヤモ君家族たちをどこか遠くの僕の知らないところに非難させるのだ。
うん。今日はヤモ君一家は、このサッシにはいないようだ。
そっとサッシを開ける。うん。やはりヤモ君はいない。よかった。
無事にサッシが全開され、爽やかな秋の風が部屋に入る。気持ちよい。
ふと、足元をみると、サッシの外の、庭というかコンクリート敷きに、既に干からびた多分ネズミ?の死骸がある。
うーー。一旦は見て見ない振りをしたものの、どうも、その死骸に小さい蟻が集まるようで、サッシの周囲から蟻が家の中に向かってくるではないか。

ここから蟻との戦いが始まる。
そもそも、家のサッシ周辺数箇所には「蟻の巣コロリ」が仕掛けてあるのだが、あの粒状の薬よりもその蟻達は小さい。
仕方なく、元凶のネズミの死骸を、庭の向こうの藪に放り投げることを決意する。土に返すのだ。

こんな時のための1.5mの長い柄のホウキだ。
サッシの先1m程に毛付きジャーキーと化した小動物だったモノを、人類3大発明品のホウキで藪に飛ばすのだ。
サッシから身を乗り出してホウキの先の平たく刈揃えられたホウキそのものを小動物の下に差し込む。

イメージはこうだ。
差し込んだホウキを斜め上前方45℃に、ちょうど砂場に落ちたゴルフボールを打ち出すような感じで振り上げれば、その小動物の死骸は、前方にある庭の塀を飛び越えて、その先のうっそうとしたジャングル地帯へ飛んでいくであろうと。

緊張の中、ホウキは10cmほど小動物を前に押し出した辺りで下に差し込まれた。
よし、これで、ホウキを振り上げれば、小動物は確実に土に帰る。心の中で冥福を祈る。
さぁ、いくぞ。えいっ!



その直後、コンマ3秒ほど後に僕の視界に映ったのは、縦方向に回転しながら新体操のバトンの様にジャングル地帯にきれいな奇跡を描いて飛んで消えていくホウキ。
そして、更に10cmほど前方に地面を移動しただけの小動物の死骸。

あぁ。ホウキ買わなくっちゃ。。。
(そのジャングル地帯は、どう考えても、ヤバそうなので覗くことすらできません。今だって、ジャングルから伸びた枝には手のひらほどのクモが一畳ほどの大きさのクモの巣を張っているぐらいなのですから。)

↑ちゃんと後でジャングルに葬りました。合掌。。

ダイヤルアップ接続


今、僕の住まいで、どうやってネットに繋がっているかというと、KDDIのモバイル通信カードでのダイヤルアップ接続。そう、要はモデム接続。
ホームページを見るときは、クリックして、しばらく読み込み中のクルクル表示を見つめて、ジッと待っていると画像がズンっ、ズンズンっ、ズンズンズンっ、って感じで表示されます。
youtubeなんて長らく家では見てませんなぁ。っていうか、最近のホームページ、画像多過ぎ。容量考えていなさ過ぎ。もっと、Gifにするとか、色数減らすとか、ボタンまで画像にすること無いじゃん。
ダイヤルアップユーザーのことも考えてほしいなぁ。


引越し前は"KDDIひかり"で、ひかりTVまで引き込んでナショジオやらオンデマンドなビデオ配信まで利用可能だった。
(いま思えば、そんなにチャンネルを増やしても、見る時間は限られていて見てられなかった。当時は何を考えていたんだか。)


しか~し、ここに、KDDIひかりは引越しできなかった。サービスエリア外なのだ。
地デジすらNHKしか満足に映らないこの場所。(ちなみに民放は、なんかブロック崩しみたいな画面が暫く映り、その後、真っ青な画面になる。。。)
インターネット常時接続なんて未来の話は関係ないのだ。

ということで、モバイル通信カードbyKDDIで、かろうじてダイヤルアップしています。
このカード、普通に携帯電話と同じ電波を使うのだが、そもそも自宅がAU通話困難。
全く通話出来ないわけでは無いのだが、電波が弱い(携帯音声通話も同じ状態)、時々切れる、、、ようなわけで、引っ越して暫くしてからようやく家の中で弱めながらも安定している場所を発見。
1Fの奥の部屋の窓際で床から70cmほど離れたとこ。。。。
この場所(高さも場所も10cm動くと電波が切れたりする。。。)だけが、長時間安定してアンテナ2本立ち続けるところ。バリ2な場所。

そのアンテナ2本立ち続ける3Dピンポイントな場所に、バケツなどを積み上げ、その上に「固定電話」のように携帯は鎮座。
もちろん、PCも、そこでしか使えない。
いくらなんでも酷い。ということで、AU-SHOPに相談したところ、ようやく「KDDI 電波障害バスターズ」が、ヘルメットにツナギというユニフォームでウルトラ警備隊のような車に乗って我が家にやってきました。(妄想が入ってました。普通の格好でした。)

家の中で調査すること30分余り。予想以上に綿密に調査しました。
調査にはスパイ大作戦的な見慣れたようでよく見るとちょと違うような感じの機械を使います。
一番のスパイ大作戦は、某米国から中国に身売りされたPCにしか見えない真っ黒なPC。でも、きっと、とてもスペシャルなPCに違いありません。
そのPCに古そうな携帯電話を繋いで、パタパタとキーボードを操作すると、家の近所の地図が表示され、地図上で近くにあるアンテナをクリックすると数字やらグラフやらで電波状態が表示されます。
そのアンテナのアイコンをマウスでグリグリっと動かすと、アンテナがあっち向いたりこっち向いたりするに違いありません。(だから妄想です)

今度は、やはり取り出した、「いまどきそんな分厚い折りたたみ携帯あるの!?」的な携帯電話でどこかに電話します。そうすると、まるでラジオの様に音声や音楽が流れっぱなしのどこかに繋がります。スパイ大作戦の本部にはFMラジオのサテライトスタジオがあるようです。楽しそうなDJの声と音楽が聞こえてきます。
もしかすると、あれは携帯電話型のラジオなのかもしれません。もしくは、携帯電話の電波で実はラジオも放送しているのかもしれません。
あぁ、あのラジオの電話番号を聞けばよかった。。。


そのラジオかもれない携帯の向きを変えたり、持ったまま部屋をウロウロしたりして通話状態を調べます。
たまに、ラジオの音声が途切れたり、通話自体が切れてラジオに電話を掛けなおしたりしています。
時折、バスターズ(モンゴロイド:♂:使用言語 日本語)は、うなづいてみたり、首を傾げてみたり、目を閉じて考え事をしてみたり、そしてメモメモしてみたり。

結論は、我が家は、坂道をちょっと下ったところにあるために、坂の上にある直近のアンテナの電波は超不安定、次に近いアンテナは坂を下って登ってちょっと下ったところにあってやはり間の山が邪魔。
結果的に我が家の電波は、我が家から見える海(湾)の向こう岸の、すんごい遠くの隣の町のアンテナから海を越えて超弱い電波を拾っているということ。
たまーに、近所のアンテナの強い電波も拾うんだけど、これはアンテナから見ると、ここは窪地の様になっているために超不安定なんだとか。
「電波って上下左右に揺れながら広がっていくんです。近くの電波は下方向に揺れたときに拾っているようです」
なんだって。
この話を聞きながら、電波をマンガちっくに表現するときの波線は、正しい表現なんだなぁと感心しました。


ということで、携帯電話用のごついアンテナをお借りすることになりました。(冒頭の写真)
確かに、これを付けると、家の何処にいても電波が途切れることはありません。通話は切れない。
But,しかし、PCのカードには接続できないため相変わらずPCは不安定なネット接続環境のままなのでした。

ちなみに、ここの地域はNTTに加入しなければADSLは繋げられず、なんとなくNTT嫌いの僕としてはADSLという選択肢はない為に、この時代に「ダイヤルアップ接続」にてネットを使っているのでした。
お陰さまで、怪しいファイルをダウンロードをすることも無く、健康的なネット生活なのでした。
(泣)

金曜日, 10月 31, 2008

沖縄の秋

10日ほど前から「あれ?暑くない」っと感じる瞬間があったかと思ったら、あっという間に、「過ごしやすい」が「涼しい」になり、この2・3日は夜寝るときにはタオルケットが必要になりました。
(引っ越してから先日まで何も掛けずに寝ていました)

この何日かは、エアコンも使わず、夜、家に帰ると、恐る恐る窓を開け網戸から入るヤモ君ではなく涼しい風と過ごし、寝るにはちょっと涼しすぎるので窓を閉める、、、そんな気候。
相変わらず日中は南国風なんだけど、風は爽やかで、ムッとくるような熱気は無くなりました。
そして、秋っぽい虫の音と一緒に、まだまだ蝉は鳴いている。。。

八百屋さん(スーパーではない)のラインナップも、地元の果物は柿ぐらいになり、代わりに島で取れるカボチャや紅芋やサツマイモが並んでいます。
気にはなっているものの、見慣れない沖縄産の緑の野菜達にはなかなか手が出ません。
= それだけ会社の食堂などでも使われていない野菜達
今後は、緑の野菜達にもチャレンジしなければ。

そうそう。今日のお弁当でご飯の海を泳いでいるのはメダカです。
んなわけない。スクガラスという名産品です。
確か,6月頃にワンサと沖縄の湾に集結し、そこをごっそり漁師達にさらわれるとか。
名物では島豆腐にちょこんとのっけて食べるスクガラス豆腐。
その塩漬け瓶詰めをゲット(残念ながらフィリピン産のスクガラスらしい。。。)したので、泳がせてみました。
アンチョビみたいな感じです。

今週末は三連休。せっかくだから、微妙な沖縄の秋を探してみようか。

フライデー

週末バンザイ!

愁い無き爽やかな

秋。蝉が鳴いてます。

木曜日, 10月 30, 2008

お腹が空いた!

出社の目的はランチ!

水曜日, 10月 29, 2008

トラフグの日

今日10月29日はトラフグの日なんだそうです。
でも、お弁当はサンマ(一匹88円!)、ゲソ、カボチャ、梨です。
トラフグってどんな味だ〜?

悩むということ

人が悩んでいるときに何と言ってあげられるだろう。
「人は悩んで悩んで、そして成長するんだ。がんばれ。」
だったり、その悩みに相談に乗ってあげたり、お金で解決する話だったら支援してあげたり、話を聞いてあげるだけでも悩みが溶解する場合だってある。

人は、大概、人それぞれ違いはあるものの、悩みを抱えているものだ。
悩みの大きさや悩みの深さ、場合によっては根深い悩みを抱えていながら日々暮らしている。
そして、その事が悩むような事かどうか、は、人それぞれで違う。
キムジョンイルになりたいと思わないのは、端から見ても彼の悩みは根深そうだ、自分には耐えられなさそうだと感じるからに他ならない。


根深い悩み、あるいは解決できない(後悔に近い)悩みは、普段忘れているようでいても確実にそこに居座り続ける。日常の悩みレベルを通り越して「業の深さ」に辿り着くような、もはや消えようのない悩みもある。
普段忘れているようでも、なんとなく居心地は悪く、何か考えた瞬間、何かのタイミングで、こうやってブログを書いたりしているときにも、時折、その塊はチクチクと存在をアピールする。
そして、今は忙しさや楽しさに紛れ込ませて蓋をしていたりすることも、ままある。


大家族や地域社会が個人の悩みを共有し、やや乱暴に、その悩みを無理やり解決させていた時代があった。
自分で蓋をしようとしても、周りが放っておかずに、余計なお世話をして蓋を外してあげていた時代。
20年以上前、田舎を出て都会で暮らす事を選んだのは、その煩さから逃れたい気持ちも大いにあった。
田舎=つまらない、都会=楽しいの構図がまことしやかに信じられていた時代。(少なくともアホな僕はそうだった)

代わって今は、カウンセラーやネットのコミュニティがその悩みを共有したり解決してあげようとしてくれる。
対話会みたいな形式だったり、掲示板での相談だったり、セラピーだったり。
電車のつり革やバナー広告や繰り返されるダイエット本、個人の悩みをビジネスモデルに取り込もうとさえしている。
なんだかなぁ。ビジネスの中では悩みを抱える人は「需要」と捉えられそうで感覚的に嫌な感じだなぁ。


厚生労働省統計調査結果「自殺死亡統計の概況」っていうのを見つけた。
日本の男性は60歳をピークに若年層から徐々に右肩上がりで自殺率が上がっていくようだ。
そして、ここで開示されている(若干古い)情報によると、悩み多き人の年代/職業のタイプは「50代無職男性」「50代農林水産業男性」「50代サービス業男性」ということが見えてくる。

サービス業に従事し、あと数年すれば50代の入り口が見えてくる僕としては、悩みの種に蓋をしてやり過ごす事は取り返しのつかないことになるという気がした。
悩みを解決するのは自分自身でしかないが、解決、もしくは悩みとうまく付き合えるようにするのは悩みが大きくなる前に仕掛けを用意しておいたほうがいいと感じるようになった。
それは、自分の中にある悩みの蓋を外し、そこに悩みが存在することを確認すること。
確認したら、その悩みを誰かに見てもらうこと。できれば、信頼するパートナーや親、あるいは(成人した)子供とか。もちろん、専門家だっていい。

そういえば、秋葉原の通り魔は、悩みの末の苦悩をネットにぶちまけていた。そこでも無視された結果、「誰かに止めて欲しかった」まま、凶行に及んだ。
生活の中で、普通に打ち明けられる相手がいなかったのかなと思う。

悩みをうちあけるのはカッコ悪い。(と、割と最近まで僕は感じていた。)
でも、会社の会議で結論の出ない話は嫌われがちだけど、悩みを抱えている日々の生活はビジネスではない。
生きることはビジネスではないんだ。

もっと気軽に悩みを認め、誰かに打ち明けて、たとえ解決しなくても、うまく悩みと付き合えるような「後期中年?」になろう、と思った。

中年を半ばも過ぎると悩み無いに越したことはないが、まぁ、そうも言っていられない。
幸か不幸か、日々、悩みぬきながら暮らすようなキャラでもない。
同じ悩みなら、悩ましい肢体に悩むのが嬉しい後期中年なんだなぁ。(やっぱアホだ。。)

まずは近しい隣人の悩みを聞いてあげる。
その隣人に悩みを打ち明ける。
そうやって隣人同士の輪が広がれば、(ちょっとかったるいかもしれないけど)家族・親戚関係や地域のコミュニティは息を吹き返すのかもしれない。


参考:相談する「誰か」の一覧(都道府県別)
参考:(なにかと評判の悪い厚生労働省の)自殺死亡統計の概況
参考:wikipediaデュルケーム「自殺論」

追伸
都道府県別の自殺率(男性)で、ここ沖縄が秋田・宮崎に次いで全国で三番目という事に驚いた。
これが要因の一つで長寿沖縄は過去の話となっている。
ちなみに出身地の岩手は、秋田>宮崎>沖縄>島根>岩手と、全国で五番目だった。

火曜日, 10月 28, 2008

今日のランチ

うまいっ!ハズ。

箸忘れて食堂にて借用。

月曜日, 10月 27, 2008

ライフハック


↑EXCELハック!


最近チラホラと、ライフハックという言葉を見かけるようになった。
(そういえば、1年ぐらい前だろうか、そんなタイトルのムック本を買ったこともあったなぁ。)

ライフハックとは、僕の理解では、生活そのものに関するハッキングで、ネガティブに捉えられがちなハッキングの言葉の意味を本来の正しい意味で使っていて僕は好きだ。
「生活の中での裏技と生活自身の楽しみ方」って感じかな。

そもそも、ハッキングは、赤ちゃんがお母さんのオッパイを飲めないときに自分の親指をしゃぶってひと時の安心を得るみたいな知恵。もう少し大人になると、ファーストフードで氷り抜きのドリンクを注文するとか、そんなちょっとした、でも(本人にしてみれば)爽快な裏技。

これが、対象や方法が変化して、(主に)政府や大企業などが安直に民から何らかの利益を吸い上げようとする仕組みや制度に対し、抜け穴や裏技を使って抵抗する知的な遊びに変わった辺りから、ネガティブなイメージも付いてまわるようになったんだと思います。
そう考えると、コンピューターハッカーに限らず、ハッカーの言葉の使い方として税ハッカーとか水道ハッカー、鉄道ハッカーや買い物ハッカーも使えると思います。
買い物ハッカーなんて、スーパーの特売時間を把握してお得な買い物をするあたりが初級って感じかなぁ。

さて、そのハッキングという言葉を使った「ライフハック」がジワジワと流行り始めているように感じます。
で、通常は、「ハック」という言葉の意味が通じる層に向けて「ライフハック」を使うので、どうしても、効率的な仕事の仕方的な話だったり、デジタルツールを使った家計管理だったり、そんな感じ。
オタクの知恵袋みたいな感じ。

でも、「ライフハック」を「生活の楽しい裏技」と考えると、もう少し、話は広がります。オタクの知恵袋ではなく、みんなの知恵袋。
例えば、大根が余るときは大根おろしにして冷凍すればいい、とか、人気の無い英会話学校でグループレッスンを申し込むと致し方なく個人レッスンになる(ジェイソン先生ゴメン!)とか、そんな生活の中のちょっとしたTips。
電車に乗るときは、○○駅乗り換えは先頭車両なら△△線に乗り換えやすいとか、そんなこと。

こういうのって、生活をちょっとだけ楽しい気分にさせてくれるよね。
ライフハックが流行るのは生活があまり楽しくないからなのかもしれない。いや、明らかに50年前よりも進歩した生活スタイルのはずなのに、それほど楽しくなっていないことなのかもしれない。

そんな事を考えながら、今朝、寝坊してタイマーで朝に炊き上がった3合の保温しっぱなしのご飯をどうハッキングするのか、変な菌にハッキングされていないことを祈りながら、そんな事を考えているのでした。

※※EXCELでプロモーションビデオが!これも結構ハッカー的なニュース!※※
※※※wikipediaによるとライフハックはあくまで「仕事術」の意味で使われるらしい※※※

ライフハックが仕事術という意味だとすれば、なんだかな~。一気にライフハックの意味が「つまらない」ものになる。
そりゃあ仕事は大切だよ。大切ですよ。大切でしょうとも。大切なんでしょう。大切に違いない。。。
でも、やっぱり生活を楽しくする知恵の方が、よっぽど幸せに繋がるような気がするなぁ。
あ、僕は仕事が出来る男だから、既に「仕事術が完成している」(←ほどほどに仕事する)からそう感じるのかもしれない。
(笑)

火曜日, 10月 21, 2008

飢餓

この間の「貧困」を考えてから、そんな一生懸命では無いのだが、気が向いたときにその手の情報を見ていた。
知らなかった、、無知だった事いくつか。

・飢餓人口は8億数千万人にも及ぶということ。7人に一人が飢餓に苦しんでいる。
・夢と共に語られがちのバイオ燃料、車1台を満タンにするトウモロコシの量はアフリカの人が一年に食べるトウモロコシの量と同じ。
*wikipediaより
・wikipediaに「2007-2008年の世界食料価格危機」の項目があるということ
仮想水という考え方。
牛肉100g辺りを生産するために2tの水が使われる


知っていて損は無い。"無知の知"ということで。
そして、もし、すこしでも興味がわいたらWFPのサイトを見てみることをお勧めします。


♪だけども問題は今日の雨、傘が無い♪

ま、そういう感は、正直ある。
この曲をラジオの懐メロで知った(←リアルタイムでは無い。ここ強調。)中学1年生の僕は、「自分本位で生きるっきゃないよなぁ。こんな事を公の場で歌うのって凄いなぁ。」と本気で思ってたのでした。。。
逆説的比喩は、おバカな青少年に誤った知識を与えてしまう例。。。

中学生の時に一中学生には何も出来ないと率直に感じた。
そして、中年になっても、やはり、何かが出来るとは思えない。
だからと言って知らずに済ませられる事では無い。
陽水の唄で社会問題を知ったのと同じように、知ることが変化の可能性を絶やさない為の行動なのかもね。

WFPの活動を仮想体験するゲーム。(これも「無知の知」と思えばアリなんだろうなぁ)

とりとめないけど、そんな今日この頃なのでした。
※沖縄のカボチャは旨い!ホクホクなんです。
(↑と言いつつ、カボチャの煮付けが作れることをアピール。あぁ、幸せ過ぎに注意。)

月曜日, 10月 20, 2008

サザエさん



毎週日曜日、夕飯を作りつつ、あるいは、早めの夕飯を食べながら、なんとなくサザエさんを観ている。
いや、見ているというか、視界に入っている、という感覚に近いかもしれない。
本命は、その後のカラクリTVなのだが、正になんとなくサザエさんをつけっ放しにしているのだ。
(連ドラも観ない僕にとって、唯一、確実に見ている番組なのかも!?)

昨日もそうだ。
昨日は、太平洋に鎮座する熱帯低気圧のお陰で、珍しく近所のポイントにしっかりした波が入っていた。

2ラウンドほど海に入ったせいもあり、ほどよい疲労感で、簡単に夕飯を済ませようとお弁当ともども準備しながら、視界の端でサザエさんを見ていた。

ブラウン管、もとい、液晶の中で相変わらずサザエさん一家は何十年も変わらない、幸せそうな生活を続けていた。地デジにも対応するのだろう。(既にしているのか。。)
この番組が始まった当時は、この絵が、世間一般の幸福であったはず。
それから年月を経て、核家族化が進行したり、バブルに踊ったり、バブルが弾けたり、援交や引きこもりなどが社会問題になったり、終身雇用が崩壊し格差社会と呼ばれる、今のこの時代にもサザエさん。

本当は、今の時代、今の社会に合った典型的な幸福の姿、があってしかるべきなのだが、、、サザエさんになってしまっている。
その30分前に放送しているのはまる子ちゃんで、やはり、昭和40年代辺りの話。


最初は、幸せの絵が描けなくなっているのかと考えたが、待てよ、自分の事はさておき、今、今日現在も、普遍的な幸福の形としてサザエさんは生き続けているし、親と同居していたりいなかったり、両親が揃っていたりいなかったり、兄弟がいたりいなかったり、様々な外見的な形の違いこそあれ、本質は変わらないのかもしれない。


じゃあ、サザエさんの幸福の本質はなんなのだろう。
・家族が健康であること
・多少の失敗や人間的な弱さはあるが、最終的には登場人物全員が倫理的であること
・親族のコミュニティが活きていること
・地域のコミュニティが活きていること
・あくまで日々の暮らしを楽しんでいること。(せいぜいピクニックぐらいが家族のイベントであること)

なんだ、普通のことじゃないか。。。。と、思える今の僕は幸せなのだろう。
この番組が視聴率を維持できるうちは、まだ、世の中、捨てたもんでは無いのかもしれない。

木曜日, 10月 16, 2008

健康が気になる中高年

←サッシを通り抜けられないほど立派に成長したヤモリ。











会社の健康診断の検診結果が届いた。
で、最近はこんなのもシステム化されていて検診結果もWEBで閲覧するのだが、ログインで一苦労。
IDにパスワード、で、こんなシステム結果閲覧ぐらいでしか参照しないので、パスワード期限切れ、パスワードも文字数や数値混在などガチガチ。変更するも何度も拒否られて、検診結果を見るためにイライラしてこれでは健康を害してしまいます。
医療情報は超個人情報ということで本人にもできれば見せたくないのだろうか。


ようやくアクセスを許可され閲覧。
いずれも"A"なのだが、
最高血圧120以下→130
中性脂肪150未満→173
この三点は"A3"で、「要生活改善」なのだそうだ。


うーん、当日の朝食もしっかり食べただけに、その影響も多少気にはなるが、こういうことは対処しても損は無い中高年。
ということで、血圧は誤差の範囲として(既にいい加減。。)、中性脂肪に着目。


そもそも中性脂肪は、、、、とググってみた。
・脂肪はエネルギー
  ・直ぐ使われるエネルギー脂肪酸
  ・備蓄型エネルギー中性脂肪
・高中性脂肪状態の弊害
  ・過剰分が血液に蓄積される
    ・いろんな意味でドロドロになる
・高中性脂肪状態を放置すると
  ・脳卒中系でやばい
・原因
  ・消費量に比べ脂肪を多量に摂っている
・対策
  ・摂取量を減らす
  ・消費量を増やす
ということらしい。


うむ。確かに、運動は適当(適度にではなく、適当に。。)にしていても、最近はたまの一人自宅焼肉とかも気に入っていたりして、脂肪摂取は大いに違いない。
大体、肉は美味しいし、特にロース系はたまらん。
何故、肉の脂身は食べると頭がスーッとするのか。これはまた別の機会に調べてみよう。
そんなこんなで、脂肪分の摂取量を減らして脂肪の消費量(家計ではなく体内の)を増やす事を考えてみた。
(前フリ長っ!)

うーん、うーん、うーーーーん、、、、
運動量増は根気が続きそうに無いので諦めます。
ということで、脂肪摂取量を減らす方法で攻めたいと思います。(何を攻める~。何処を攻める~。)

(とはいえ、昨日は「業務スーパー」なる所で大量の冷凍肉をゲットしているしなぁ。)


この話の続きはまたいつか。

水曜日, 10月 15, 2008

貧困


今日は予定通り「貧困」について考えてみた。

「貧困」にもいろいろな意味があって、考えが発散しがちだったんだけど、テーマとしての「貧困」は、あくまで「生きるための最低限の欲求すら充足しない状態」なのだろう。食べられなかったり医療が受けられなかったり。

でも、ふと考えたぐらいでは、「貧困って言われても普段は考えないなぁ」(だからテーマになるわけだけど。)と思う。
そもそも、身の回りではみかけない。稀にニュースで観たり、ホームレス風の人を見かけたときに感じる程度。

うーん、そうか?確信があるのか?
ニュースで観たじゃないか、現金が無いためにネット難民にすらなれず日雇いの仕事にありつけなければ生きていけないと嘆く住所不定の若者。友人の住まいに身を寄せブログすら書いている、けど、「食べるのもやっと、病気は致命的」と言い切る若者。
若者はまだニュース価値があるからメディアに露出する機会も多い。
ニュースにもならない、ニュースになるとすれば若者に襲われた時ぐらいの、いつの間にか日本社会に定着してしまったホームレス。
「おにぎりが食べたい」と、生活保護申請が受け付けられずに餓死した人。。。


実は、興味を持てばいくらでも身の回りに貧困は存在するのかもしれない。
さっき通り過ぎたフラフラと歩くホームレスは、もしかしたら一週間も何も口にしていないかもしれない。
ホームレスが大声を上げて貧困を訴えても、「変な人が騒いでいる」と通り過ぎるだけだろう。
飢餓の国のニュースは、「変な人が騒いでいる」と全く同じ捉えられ方をしていないだろうか。
貧困も行き着けば「声にならない=ニュースにもならない」のだ。


でも、貧困の隣人は、隣人が貧困であることに気づくことが出来るはずだ。
その貧困の隣人も、そこそこ貧困であろう。
貧困の隣人の隣人は、貧困の隣人がそこそこ貧困であることを気づいているはずだ。
貧困の隣人の隣人は、一見貧困には見えないかもしれない。
貧困の隣人の隣人の隣に住むのは僕(あなた)かもしれない。

僕(あなた)ができるのは、隣人に興味(愛情)を持つことぐらいだろう。
でも、それが、一見貧困には見えない隣人の心を動かし、そこそこ貧困である隣人の隣人の心を動かし、貧困を少しずつ和らげる行動を起こすことが出来るかもしれない。

今暮らしている環境を受け入れ、周囲に興味=隣人愛を持つことが鍵なのか!?

ということで、なんだかブログ的に書くのはここまで。
後は一人で考えてみよう。

Blog Action Day 2008 Poverty from Blog Action Day on Vimeo.

火曜日, 10月 14, 2008

秘境の写真


まず、スタート地点。普通のレンタカーです。


そして、こんな道を延々歩いて下って行きます。


下ってきた道の出口。そう思ってみなければ出口とは思えない。。。


そして、そこにはキッチリ全てのウネリで割れる最高の波。


一応、こんな感じのキャンプ。あの坂道を下りて来る、そして明日には登って行く車があるんですねぇ。


気持ちいい日の出と波。いつでもここには最高の波がある。(と思わずにはいられなかった)

そういえば、

ちょっと前になるけど、このブログにPSP®「プレイステーション・ポータブル」でアクセスした人!
あまりに珍しい!

ただそれだけ~。

秘境への旅(写真は明日)

さて、もう二週間前になるが、チャリではなく車を借りて遠出したサーフキャンプの話。


沖縄、本島でも北のほうは余り開発が進んでおらず、かつ、北の東側は、なーーーんにも無い。
とは聞いていたが、実際に行ってみると本当に(本島だけに)無い。
いや、何にも無いとは失礼な話で、人工物が少ない。密林とその中を貫く舗装された道路。ただそれだけ。
結果、その辺りはヤンバルクイナの生息地であったりするわけで、目撃情報は北の東側に多い。
そんな北の東側の話。日本の秘境百選にすら漏れた秘境中の秘境。(と、個人的には思っている。)


その日、私は休暇を取っていたにもかかわらず朝の定例のテレコンだけは出社して出席(←ここテストに出します。私は遊んでいるばっかりでもないのです。)、昼食を食べてから既に仲間が向かっている現地に向かいます。


今回はサーフキャンプということで、近所の自動車学校で"化石燃料内燃動力源搭載賃貸四輪車"を借ります。
キャンプだからというより、チャリでボードは持っていけないし、その目的地にチャリで行っていたら日が暮れるし、バッテリーは持たないし、そもそも一日でいけそうもないし、、、やはり文明賜物"化石燃料内燃動力源搭載賃貸四輪車"でしょう。
そこには、たった2台の"化石燃料内燃..."改めレンタカーがあって、知る人ぞ知る、、、という感じで、貸してくれるのです。ちなみに、"化石燃料内燃動力源搭載賃貸二輪車"=レンタバイク(クドいっ!)やレンタチャリもあるのですが、周囲を山に囲まれた谷間にある自動車学校でレンタチャリを借りても、何処に行くにも辛そうだと思うのは余計なお世話でしょうか。。。


たった2台のレンタカーのうち、1台を借り出します。当然のごとく知る人ぞ知る貸し出し車なので予約無しでも借りられます。
昼を回っていたので、明日の営業時間中(7:00~19:00)に返せば一日分の代金で良いとの事。
超アバウトな上に安い。その代わり、車中には誰のものともわからない私物。
キャンピングシートだったり、MD(聞いてみても趣味が合わない。。。)だったり、そんな事は気にせず借り出します。
ちなみに、助手席にフットブレーキが装備された教習車を貸し出しているわけではありません。普通の"わ"ナンバーの車です。あしからず。


こんな日のために通販でゲットしておいたソフトキャリー(サーフボードを屋根に括り付ける為のロープ)を装着し、サーフボードをそのまま縛り付けて、ハナから海パンで出かけます。
おおよその方角しか分かっていないのですが、たまーに、先発隊から連絡があり、どうも、キャンプ地の近くの「共同売店」が待ち合わせ場所との事。
そんな店はナビには載っているわけも無く、とにかく、その村に向かうしかありません。


高速から市街地を抜け山を越えること2時間のドライブ。
密林の中を貫いた舗装された山道を抜け、久方ぶりの建物。
山に囲まれた川沿いに10軒ほど軒を連ねた集落。目的地はこの辺りです。
うーん、海の香りはしません。ただ、川の先にはきっと海があるのだろう、、、という程度の感じで、漁村ではなく山村です。


心配した、その共同売店なるものは、いとも簡単に見つかりました。
そりゃそうです、その辺りの幹線道路(間違いようが無い一本道。チョットでも脇道にそれたらケモノミチ的な道しかない)沿いに人家は全く無く、ようやく家があったと思ったら「共同売店」なのですから。


さて、待ち合わせ場所に到達したものの、先発隊に電話をかけても「電波の届かないところに・・・」、、うーん、繋がりません。
致し方なくその売店で、頼まれた蚊取り線香をゲットし頼まれてない小豆バーアイスを食べ、連絡を待ちます。
待つこと10分ほどで電話がかかってきました。音声は途切れ途切れです。どうも電波がギリギリのところからかけているらしい。。


電話での指示はその売店から車で10分ほど山道を登ったところから、「多分、普通の車では入ってこられませんよ」というケモノミチを、やはり10分ほど歩いて下ったところが今回のキャンプ地。
うーむ。借りたのは普通の車だよなぁ。っていうか、先発隊は普通じゃない車で来ているんだぁ。
そういえば、彼らはジープだって言ってたなぁ。


さてさて、一抹の不安を感じながら「まぁ、大丈夫だろう」と向かいます。
川を渡り、その先の山道の急坂を登ります。下ったり登ったり、はするものの、結局、これから海に入ろうというのに、最後は急坂をグングン登っていきます。
暫く進むとようやく海に歩いて下りていく道の目印とされていた「土砂持ち出しを禁ず」的な、唐突なお役所の看板に出会います。


「おぉ、ここだここだ」
その先は一応、普通の車で何処まで行けるか見てみよう。。。と、車を降りて10mほど歩いてみて、
「普通の車って言うか、道が無いじゃん」
という状況に愕然とし、車を看板の脇にきっちり寄せて停車します。
レンタカーを山の中に置き去りにする。。。。とりあえずレンタカー屋さんには黙っておこう。


その道、道というより、その山の斜面を斜めに「木だけは切り落としておきました」という長い長い坂になった岩場。
到底普通の車、いや、普通の4WDも車高がよほど無ければ入り込めません。
入り込んだところで、両側からわずかな空間に倒れこんできている茂みは幅2mほどしか空間を残していません。
そして、谷側は急斜面。。。


頼まれたヤカンやら着替えやらで、サーフボードまで持っていくのは断念し、とりあえず二往復を覚悟します。
「この先がキャンプ地じゃなかったらどうする?」
との疑問が頭の隅に浮かびます。
考えたところで確かめようはありません。もう、行ってみて間違いだったら、
「ゴメン。わかんなかった。」
で帰るしかありません。っていうか、そのイモリ的な生物がチョロチョロ這い回る茂みを、サンダルで進むうちに、間違っていなくても帰る気になっていたのだと思います。
そもそも、進んでも進んでも、海らしい雰囲気も伝わってきません。。。


岩にサンダル履きの足を滑らせながら、10mほど進んで左に折れ、50mほど進んでヘアピンカーブを右に、チョロチョロ行き先を横切るイモリ的な生物は見て見ぬ振りをしながら、100mほど進んでまた左に。
もう、汗だくです。木々の木漏れ日すらあまり届かないジャングル。
一人川口探検隊(←昭和です。今ならあるある探検隊!?)の気分で、心細くなりながらも、進んでいくと、ようやく谷側にチラッと海が見下ろせます。まだまだ結構な高さです。


そんな道を汗だくになりながら降りていくと、降りていくと、本当にいきなりその瞬間はやってきます。
ずっと下りだった茂みの曲がり角をちょっと登り気味で曲がると、そこでいきなり青空と海が視界に飛び込んできます。
トンネルは終わりを向かえ振り返るとトンネルすら見分けがつかないただの藪の中から自分が現れた事に驚きます。


そして、そのせり出した山の尾根に囲まれた海は、100mほど沖で、見たことも無いような綺麗な完璧な三角の形でキッチリ波が割れています。割れた白波は、ゆっくりと幅100mほどに広がっていきます。しかも、笑っちゃうほどウネリの度にしっかり割れています。
しばらく、山道での疲労も忘れてボーっとして、その近くでテントをこしらえている先発隊に合流したのでした。


あ、しかし、その直後に、もう一度歩いて山を登ってボードを取りに行ったのは言うまでもありません。さらに、レンタカーに携帯を忘れて、もう一度、、、と、サーフポイントの前にイモリポイントをしっかり記憶に刻んでしまったのでした。


サーフィン!?そりゃぁ、押して知るべしです。
最高の波だったとしか書けません、教えられません!?
The day @Aha. とだけ書いておきましょう。

写真、気が向いたら整理して明日にでもupしてみますね。

土曜日, 10月 11, 2008

(口コミです)Blog Action Day 08


10月15日はBlog action dayなのだそうだ。
世界中で一つのテーマでBlogを書く日。今年のテーマは「貧困(Poverty)」。
一つのテーマを世界中で考えてみるのも面白いけど、参加ブログのアフィリエイトなど広告収入から幾ばくかの寄付を募ってチャリティするんだそうだ。


ヒトは、むしろ、お金を持てば持つほどお金をもっと増やしたい/失いたくないという貧困な心の生き物になるみたい。テーマ「貧困」は、(狙ってたわけでは無いだろうが)この世界同時株安の時期にタイムリーなテーマ。


世界同時株安で100兆円!?を超えるお金を金融システム保護の為に使うなら、飢餓の人々に回してあげればいいのに、、、それができない人類って。。。
実が伴わない金融経済活動で大穴が開いて、そんな実が伴わない世界で大儲けしてきた人たちに、これからも同じように生きられる場所を確保するために、バブルの恩恵も何も無かった人たちの税金が投入されるんだよなぁ。
税金の投入が決まった破綻した会社の幹部が、破綻後に、優雅なバカンスを取ってたとかニュースになってたし。。
などと、坂道に汗をかきたくなくてアシスト付き自転車に乗り、お腹が空けば好きなものを食べ、退屈すれば買い物をする、、、そんな生活を続けながら何を言っても説得力ないよなぁ。
←結局自分も大儲け軍団の片棒を担いでいたわけだ。。


神様、いっそ、強制的にガラガラポンも致し方ないのかもしれません。
(あぁ、なんと消極的なんだろう。せめて、崇高な人達の邪魔をしないようにしよう。。)

水曜日, 10月 08, 2008

名護の夜

さて、翌日、朝からスッキリ快晴。
台湾から戻ってくる台風が気になるものの、この分だと暑い一日になりそう。

朝からチャリで名護市内を散策。
古い市場、市場の裏に広がるスナック街、市場は那覇にある公設市場と作りは同じような感じなのだが、土曜ということもあってかひっそりと営業している。
テーブルにもやしを広げ、髭を取るおばあたち。

魚市場にも行ってみた。
既に市場は後片付けがされていて、(いや、土曜日だからか?)静まり返っていた。
ここは昔、イルカ漁(実際には小型の鯨)が盛んだったそうだ。
しかし、今はあまりりイルカ漁は盛んでは無いらしい。
ただ一箇所で控えめな「イルカ肉あります」の看板を見かけたぐらいだ。


昼は宿お勧めの定食屋さん。
いい雰囲気で、ここはやっぱり島の料理、、、と思っていたのだが、宿のお勧めは「カツ丼」と「ぜんざい」。
そう言われちゃ仕方がない。まずは「カツ丼」を注文する。
それがこれ。。。。



甘~い、しいたけタップリの野菜炒めに卵が絡んでいて、そこにカツが。
うーーーーん、少なくとも「カツ丼」では無い。
そもそも、丼が中華どんぶりだし。。。。
中華どんぶりだけあって、量は大量。食べ終わる頃には「ぜんざい」の余地はなくなっていました。
ごちそうさま。次回はスタンダード(ちゃんぷるうとか)を頂きまーす。


そうこうして、ようやく野外ライブ「ブルーラグーンフェスタ」の開始時間に。
もう、朝からウロウロして汗だく。ライブ会場ではビールが進みます。
残念ながら撮影禁止なので雰囲気はここで。。
トモ君開始と同時に雷雨でびしょぬれになったけど最高のライブでした。
(何回か行った横浜のライブで覚えのあるファンが数人いたのには驚いた)
(あ、これが銅像コントのオチかぁ。いまいち。。。)


そして、宿へ。
今夜は、宿の仲間?達がゴルフコンペをやって、その打ち上げバーベキューが宿の食事だとか。
帰ってみると、いますいます。もうみんな出来上がってます。
昼間から飲んでいたにもかかわらず、ここでも飲みます。びしょ濡れのTシャツだけ着替えて飲みます。そうなんです、予定外の雨でもう着替えが無いのです。。。
宿の飲み会の風景はこちら。


僕が部屋を明け渡すことになったのは、台風でオープンカレッジ見学が一週間ずれた高校三年生の男の子がいたから。
うーん、なかなか可愛い子なので部屋を譲ろう。
こういう時はやっぱり「感じよいこと」は大切だねぇ。
他は誰がなんだかよくわからないまま、酒盛りは続いたのでした。


酒盛りの最中に分かってきたこと。
・食事や部屋割りを切り盛りしていた若女将は宿のオーナーのお嫁さん。
・この女将にお兄さんが三人いて、三人とも飲みに来ていること。
・どうやらこの飲み会は二次会がスナックであるらしいこと。
・これから行くスナックは「VIP」という店らしいこと。


スナックに行って分かったこと
・やっぱりスナックではカラオケを歌うんだということ。
・やっぱりスナックではママ+チーママ+新人のピラミッドがあるということ。
・やっぱりスナックではおじさんはセクハラ全開になるということ。
(念のため、、私では無い。)
・そんな時にママが一番ノリノリになるということ。
(ママは身を挺してチーママや新人を守っているのかもしれない。)
・泡盛の水割りに缶コーヒーを垂らすと、とても美味しいということ。
・スナックのソファの吸湿能力が高いこと。(雷雨でパンツまでびしょ濡れだったが乾いた)
・宿のオーナーが近所の店に自分のドラムセットを置いてあるということ。
・三次会があるということ。


三次会に行って分かったこと
・分かったというより、相当広い店だけど、突然行っても貸しきり状態で、好き放題できる店に驚いた。
・やっぱり生音(ドラム)はいいということ。
・酔っ払いドラム演奏は激しい曲だとの1コーラス目でダウンするということ。
・シメは沖縄そばだということ。

そんな感じでシメの沖縄そばを頂き、本当に楽しい夜でした。
そして、急遽ハナ肇さんと同室になったものの、二人とも酔っ払って気を使う余地が無かった。。いや、気を使ってもらったかもしれないがわからなかった。。


翌朝、途中雨に降られながら、さすがにチャリがちょっと壊れながら、とはいえ無事故で帰れたことに感謝。
また行こう。南海民宿と皆さんに感謝。

火曜日, 10月 07, 2008

銅像コントをどうぞ♪


さて、どこまで話したっけ。
そうそう、宿の予約して、宿に向かったところ。
14:00頃に出発して17:00頃に宿に着きました。

宿は、なかなかの雰囲気。
←こんな感じ。
とても感じの良い、宿の女将と呼ぶにはまだ若い女将?に自転車置き場や夕飯の時間など説明を受け、部屋に案内される。
部屋に案内された時にサラっと、「明日はこの部屋は他のお客さんに使ってもらいたいので、明日の夜は今日夕飯を一緒に食べる男性と相部屋にしてもらえると助かるさぁ」と。
何がなんだか分からないまま、でも、面白そうだと同意するしかないのであった。なにより、目的の野外ライブの会場は目と鼻の先、そして、宿泊料金は超リーズナボーなのだから。


で、通された部屋は昭和な雰囲気の漂う、ナントカ荘的な畳の部屋。
夕飯を待つ間、ゴロゴロしながら宿の漫画本を読む。
(テレビは100円テレビ。懐かしいー。)
さて、漫画本も飽きてきた頃、夕飯のお呼びがかかる。


夕飯はとっても美味しかった。
ぐるくんのホイル焼きは意外にもイタリアンテイスト、他にもお豆腐あり、チャンプルーあり、のビールが進む夕食でした。


一杯飲んでいると、明日相部屋となるオジサン(僕もオジサンだが、もう少しオジサン?、、多分。。向こうも同じ思いかも。。。)がやってきた。
「初めまして」と挨拶するも、目が点。
黒いのだ。何が黒いって、全部黒いのだ。
黒い物体が短パンとTシャツをまとって動いてくるのだ。


食堂は座敷で、その座敷に腰掛ける僕の正面に座った彼。
僕は、まるでハナ肇の銅像、その前にポカンと口を開けるしかない。
「ど、ど、ど、どうしたんですか。真っ黒じゃないですか。」
初対面なのに、速球しか投げられない。僕だって有色人種じゃないか。いいのか!?
しかし、そこを避けて通るわけにはいかない。なにしろ、明日は相部屋の相手なのだ。
僕にも守る操があるのだ。


ハナ肇はとてもにこやかに笑っているようだ。さもなければ、よほど僕に歯を見せたいのか、どちらかだ。
始めは真っ黒に見えた物体もだんだん目が慣れてくると表情も読み取れる。
うーん、黒くて分からなかったが、かわいらしい目をしているようだ。
もしかすると、僕よりも若いオジサンなのかもしれない。さすがに年齢は不詳だ。
普通、年齢不詳という表現を使うときは、見た目と洋服や行動などとの、ちぐはぐさ加減を感じ取って年齢不詳と言うのだが、見た目が年齢不詳なのだ。というか、目を凝らしてみてもよく見えない。


それから、ビールを(成人していることだけは年齢不詳ながら判別できた)酌み交わしながら、ハナ肇が東京から旅行で来ている事や、一週間ぐらい滞在していること、那覇で借りたバイクで各地を回っていること、沖縄に限らず島フリークなこと、等などを聞かせていただいた。
どの話もとても楽しく、現地に行って溶け込んでいないと知り得ない貴重な経験の話だったのだが、それにも増して何より驚いたのは、彼のこの言葉だ。
「いやぁ、今年はまだそんなに焼けていないんですよ。いつもは、影に間違われるんです。」
正確には、テーブルなどで隣の人と腕を並べたようなときに影と見間違われるのだそうだ。
「いやいや、もうそれ以上焼いたらいい香りがしそうです。」っていうか、銅像コントのオチは、バケツの水をかける事に決まっている!
などと失礼千番を表に心に繰り返しながらも楽しい夕食を終えたのでした。


気持ちの良い手入れの行き届いた寝床に入り、明日のライブにワクワク、その後のハナ肇との同衾にソワソワ←なわけないっ!、しながら、さすがに一気に深い眠りに着いたのでした。平和だなぁ。
明日の夜もこんな平和な夜に違いない。この時は一旅行者(チャリだけど)の僕は、そう信じて疑わなかった。
まさかコントのオチが自分にやってくるなどとは。。。

月曜日, 10月 06, 2008

名護への旅(その1)



●9/26

9/27は、なんと沖縄でトモ君(東田トモヒロ)のライブが見られる!!
一ヶ月以上も前に買ったチケット。
ブルーラグーンフェスタっていう野外ライブで、たくさんのミュージシャンとともに出演するので、持ち時間はそれほど長くない。多分。
でも、これを逃しては見ることはできないのだから、、、と、チケットを購入していたのだった。

場所は名護市。
家から40Kmほど離れたところにある街。行った事は無い。
いや、親戚が泊まって観光していったときに、通り過ぎた街だ。
本来なら小さい地方都市のイメージだけど、今の生活では大都市。
TSUTAYAだって、ガストだってある。

この街は西側、東シナ海側にあるので、山を越えて行かなくてはならない。
疲労困憊でライブを観るのは嫌だったので、前日の金曜日に午後半休を取り、会場近くの南海民宿という宿を予約した。

この予約が大変だった。
楽しそうな食卓の写真がWEBで公開されている。珍しい。
そして、電話。とても優しい声のおばあが電話に出る。
しかし、おばあは予約の受付はしない。眼が悪いのだ。
誰かを呼びに行こうとするが、どうも、離れに住んでいる様で予約の話は曖昧に。
そこで、時間を置いて電話をするが、やはりおばあが出る。

どうも、おばあは電話に出ないように(電話は出なければ転送されるらしい)言われているらしいのだが、何故だか電話を取ってしまうらしいのだ。
「何故(電話を)取ってしまうんだろうねぇ、、、」と言われても応えに窮する僕。
そんなやり取りをしながらも、翌日の夜だったかにようやく宿の人(あくまでおばあは宿の人(オーナー)のお母さん)に電話が繋がり予約ができた。しかし、その予約も、「受け付けましたからぁ、また、二・三日前に電話したらいいさー」と、心もとない。


そんな経緯を経て、ライブを週末に控えた水曜に、やはりおばあと何十分も会話し、おばあが眼が悪いことなんかの話を聞いた上で、ようやく予約を確認。
宿の人:「あぁ、予約してあるから大丈夫さぁ」
っていうか、電話しろって言われたからしたのにぃ。。


そうやって、宿の予約でも大いに気分は盛り上がり、チケットを忘れないように何度も確認し、たかだか半日の野外ライブ(ライブは二日間に渡って開催されるがトモ君は初日のみの出演)に、二泊三日の予定で金曜の午後に旅立ったのでありました。

アシスト付き自転車でも汗だくになる山道。
そんなんでも、まぁ、なんとか宿に着いて、驚きの宿の申し出。
まだまだドラマは続くのだ。

ふぅ。話せば長くなるので今日はここまで。
写真は山を越えて遂に見えた「東シナ海」。
そして、名護の入り口にあった"めんそーれいるか"。(←勝手に名付けた)

ダイヤルアップ復活!?

お待たせしてませんでした~。

復活しました。AUカード。
メーカーは「当該現象は再現されませんでしたが、基盤は交換しました」との話でしたが、明らかに全てが新品で戻ってきました。
(アンテナを指すゴムの蓋をカッターで切り取っていたのに、ちゃんと蓋付きのカードが戻ってきた)
加えて、「電波状況が悪いと聞いていましたので、近々、電波調査にお伺わせていただきます。」
との事で、どうやら、家庭用のアンテナがセットされるかもかもです。



このネット難民だった二週間あまり、やっていた事といえば、一にも二にも仕事だったりそうじゃなかったりするわけだけど、とりあえず、いわゆるイベントはこんな感じでした。

・日付は不明
ポテサラ、カボチャ、秋の新メニュー。
・9/26(金)~27(土)
東田トモヒロも参加する名護市での野外ライブへ
「沖縄中部最大の都市名護市へチャリは行く。台風、宿の仲間と行く地元のスナック、予約しても知らないおじさんと相部屋、そして、自転車崩壊!?」
・10/5(金)~6(土)
秘境でサーフィン&キャンプ
「ヤンバルのふるさと、車も分け入れられぬ密林の奥でのサーフキャンプで見たもの!?幻の波は果たして!?」

ということで、内容はまた。

月曜日, 9月 29, 2008

ネット難民

本当のネット難民になってしまいました。

唯一の私のプライベート利用のネット接続環境、AUのパケットサービス用PCMCIAカードが先週から故障中。
今週中には直るといいのだが、、、、


ということで、久々サーフィン情報、名護サイクリングとんでも民宿情報、台風第二段情報は近々公開予定。
かみんすーん。しーくぁーさー。しーさーさー。しっこしーしー。

木曜日, 9月 18, 2008

台風

台風がやってきた。そしてどこかへと姿をくらました。
一部の町では水不足も心配されていた今夏、ようやく水不足が解消されるだけのまとまった雨だった。


台風がやってきてわかったこと。変わったこと。
・通勤はタクシーで5分。未だ路線バスの開拓が終わっていない。
・雨は横に降る。そして、それがいつまでも続く。
・突然雨がやむ。そして、また降る。
・みんな、なんとなく嬉しそう。
・朝の通学風景。中学生は傘をささない。
・朝の通学風景。中学生は傘を持っていても傘をささない。
・みんな、台風情報を交換し合う。なんとなく楽しそう。
・河口の海は真っ赤になる。沖縄は赤土でできているのだそうだ。
・台風が通り過ぎたと思ったら回り込んで戻ってくる。戻ってきたときの方が勢力が強かったりする。
・雲の隙間から雷様のパンツが見える。
・台風一過の晴れた朝、サッシの隙間にヤモリが一家で避難していることに気がつく。
・台風一過の晴れた朝、サッシを開けると網戸とサッシの間に避難していたヤモリが降ってくる。
・降ってきたヤモリ一家のうち一匹は、どさくさに紛れて家の中に入ってくる。
・台風期間は日中に日が差さないのでシャワーが冷たい。
・タクシーの運転手さんもなんだか嬉しそう。
・・・・・

そのうち台風レポートごっこをやってみよう、と心に誓ったのでした。