水曜日, 4月 23, 2008

うるまのレンタサイクル

うるま民宿生活中にお世話になった自転車屋さん。
無理を言って自転車を貸してもらっていた。

自転車を借りるのは今日で最後となるので、会社の帰りにお礼を言ってお金を払ったときに、引っ越しが来週末になるって話をしたら、
「そっか、じゃあ石川市民(旧石川市だから。うるま市民とは言わなかった)になるんだな。今度、一緒に自転車(多分、30kmウォーキングみたいなイベントの自転車版だと思われる)乗ろうや」
と言われ、僕が
「いゃぁ、僕の持ってくるのなんてママチャリだから」
って言ったら
「うちのいいヤツ貸してやるから大丈夫だ」
とか言われて嬉しかった。


以前の僕だと、「じゃあ、このオールアルミの2008年モデルください」みたいな見栄を張って、何の心の交流も無く終わったシチュエーションだったろうなぁ、、って自転車屋さんからの帰り道考えた。
その自転車屋さん、ビーグル飼ってるんだなぁ。
ビーに会うためにも、自転車オジサンと仲良くしなくっちゃ。(笑)

※今調べたら、トライアスロンとかやる僕なんかが出入りていいのかーーー風の本格派の自転車屋さんらしい。。。

火曜日, 4月 22, 2008

ありがとさ~ん

Wikipedia。最近よく検索結果の上位に出てくる。
このサービス、既に定着したというか、もはや無くてはならない。できれば家庭に常備がよい。

元々、このサービスが立ち上がり始めた頃の評判は散々だったと記憶している。
その昔ネットの掲示板が「便所の落書き」と言われたように。

出版社の辞典(百科事典など)は権威ある「センセイ」が責任もって書いているのだから、名も無い一市民が寄せ集めたモノなど使えないし、名も無い一市民が書いたものなど誤りも多いだろうから、結局は普及もしない。あるいは、普及しても信頼されない。
そんな話だったように記憶している。センセイ達はそう言っていた。


その後、どういう変遷を経たのか、チラっとWikipediaで"Wikipedia"を調べてみたら、今もなお苦しみつつ、コンテンツは増え続けているようだ。
権威主義が「あんなの使えない」と言ったのが、最近では権威主義的な人ほど、誰でも編集できる機能を使って自分で自分に関する情報を書き換える行為が続発したのだそうだ。結構著名な人や会社が、個人的に、あるいは組織的にそんな問題を起こしたのだそうだ。
また、ライバルの情報を意図的に改ざんするケースもあったようだ。選挙なんかのときに。
とうとう、創始者の一人ラリーサンガーは「ウィキペディアはもはや信頼に値しないほど、崩壊してしまった」と言わしめるほどの状況だったらしい。


と、いろんな問題を抱えてるが、まぁ、そんなのは市販の百科事典にも問題は山積なわけで、どこかの国のように統一された恣意的な情報操作が全面的に行われているのでなければ、利用する立場としてはまぁ、いいのである。
また、「まぁ、いい」のレベルには完全に達した、とも言える。


さっき、坂田利夫についてWikiで調べた。
彼の素晴らしいギャグが拾えてとても嬉しい気持ちになった。普段、とりたてて興味があったわけでもないアホの坂田を好きになった。
僕がお気に入りの紹介されていたギャグ。男性にはこのリズム感が伝わるのだ。
「みみずもカエルも皆ごめん。ジョンジョロリ~ン、ジョンジョロリ~ン、ジョンジョロリンの、ぱっぱ」


僕は便所の落書きが大好きだ。(言い過ぎました。落書きは社会的にやってはいけない行為です)

月曜日, 4月 21, 2008

過ち。


昨日、別れた家族(元妻、娘、飼い犬)と、飼い犬の年齢(14才)を考えるともう最後かもしれないという思いもあって、会った。

別れる以前から、別れた後も、何年も電話ですら「普通の会話」ができなかった。
どうしても感情的になり、最後には罵り合って電話を切るような事が、必要に迫られてコンタクトを取る度に、最後は電話をブチッと切るのだった。

昨日は違った。近況を話し、昔話も普通にできた。
もちろん、飼い犬とも長い時間一緒に過ごすことができた。

何が悪かったのか。結論は僕があまりに幼稚だったこと。
流れに任せる、、、という言い訳を使って、いつも正面を向かずに逃げてきた。

正面を向かないから、断るという「気まずさ」を避けてしまう。自分に対してもとても寛容。
自分であれ相手に対してであれ、ネガティブな反応ができずに、曖昧だったり、あるいは前向きな反応をしてしまう。根拠のない自信とはよく言ったもので、Yesが基本回答だった。

もちろん、責任を持って対応するのであれば何の問題もない。
しかし、人の気持ちが絡んでいる時に、「嫌われたくない」「いい人だと思われたい」のような陳腐なその瞬間の「俺って優しいいい奴」という自己満足に溺れてしまっていた。幼稚だった。

幼稚さは、不要に人を傷つける。そして、不要に何人も傷つける。
傷つけた全ての人達よ、ごめんなさい。最初に曖昧な反応をしたばかりに、その日のうちだったり、何年もたってからだったり、結局、責任を負えずに逃げてくる卑怯な人間でした。

いい年して恥ずかしいが、今からでも少しずつ、大人(信頼できる人)になりたい。と思った。

日曜日, 4月 20, 2008

ひとつお笑い

http://r25.jp/magazine/ranking_review/10007000/1112007101807.html
笑った。

年賀状

引越しの荷物を少しずつ整理しつつ(とはいっても捗っていないが。。)年賀状に目が留まった。
一枚一枚、後で住所録が作れるようにデジカメに収める。
年賀状の小さな束をテーブルに積み重ね、上から写真に撮る。撮り終えると一枚めくり、その下の年賀状を撮る。そんな作業。
これが、案外ブレブレで、よほど緊張感の無い体なのか、既に何かしらの震えがきているのか、必要枚数の三倍ほど撮らないと納得の一枚が撮れないのだ。

そうこうしながらも、何とか進み、ちょっとしたマイスター気分を味わい始めたころに事件は起こった。
そこまでは、デジカメの液晶に写るのは、「愛してます」とかじゃなく、ネズミと「よろぴこー」みたいなメッセージだったのが、突然、家族写真とあいさつ文、その末尾に「吉永小百合」とあるではないかー。おーーーーーっ、なぜ、なぜ僕に。いつだった知り合ったの!?
と、混乱数秒、幸せ2秒。郵便局のお知らせが混じっていたのでした。


前にも書いたけど、僕は確信犯的に年賀状を減らしていって、あたかもヘビースモーカーが禁煙に成功するかのごとく三年がかりで年賀状の慣習から抜け出た、どうだ偉いだろう!ぐらいの自己満足に浸っていた。


そんな僕にも今年も少ないながら年賀状が届いていた。ありがたい。ありがとう。
年賀状はさておき、人との付き合いはもっと大切にしなくちゃ。僕はまだぜんぜんだめ。


この場を借りてお礼申し上げますです。吉永小百合かぁ。
桃井かおりからは年賀状来ないかなぁ。

土曜日, 4月 19, 2008

ディープブルー(完)

読み終わりました。ディープブルー。

うーん、前回書いたのは、イルカ達の素敵なコミュニケーションについてかぁ。
中盤~後半はその能力が、鯨やシャチなど海の哺乳類全般に及ぶこと、、、
そうすると、鯨なんてすごーーーい能力がある。。。
この辺から話は、ややSFチックに展開し、好みだけど、最後は環境問題を克服するハッピーエンドな物語。ちょっと、今の時代だと想定範囲で、僕はちょっとシラけてしまいました。


ただ、荒唐無稽な話でもなく、そもそも、地球上の生物で人間だけが「環境に抗って」生きる生物で、愚かな歴史を刻んでいるのは明白。
この話の云わんとしている事には否定の余地がありません。愚かな人間の目を覚まさせるものがイルカなのか、それとも自分で気がつくことができるのか、自分を振り返っても愚かな生き物だからなぁ。。

でも、何年も気がつかなかった過ちに気がつく事ができるのも人間。
なーんて、そんなストーリーと別に、読んだ人が思い思いに想像を膨らますことができる本でした。

荷造り


この週末も横浜に帰ってきた。荷造り。
今日は、オオモノのサーフボードをプチプチで包んだ。
と、そこでようやく引越し先の不動産屋さんから連絡があり、火曜日に契約することとなった。
5/1入居確定。沖縄県うるま市石川東恩納1536-1。

ひと段落着いたところで、本を買いに伊勢佐木町へ。
なにしろ、うるま暮らしで残念なのは、大きい本屋さんが無いこと。
本屋さんはamazonに無い「出会い」がある。一見脈絡の無い棚の中から拾い出される本。
まぁ、大きい目で見れば、南の島の小さい本屋さんに運ばれてくるという出会いがあるのかも。。(やけっぱち)


その後、以前、大切な人から聞いていた映画の広告が目に留まり時間もちょうどよかったので立ち寄る。
「つぐない」http://www.tsugunai.com/
もともと、イギリスで大変評価の高い「贖罪」を映画化したものだということ。
ストーリーはリンクを辿ってもらうとして、僕には、この映画のパンフレットの表紙が一番ショックだった。


真っ白な、まるで開いても何も書いていないような、誰かが画用紙でコピー用紙を閉じたような、真っ白なパンフレット。映画は少女の嘘が取り返しのつかない罪となって一生をかけて償うことになる話だが、見終わっても償いができたとは到底思えないのだ。その答えが、この真っ白なパンフレット。
一般的に償いの目的は白紙に戻すこと。しかし、戻らない時間の中で、誰一人白紙に戻せる人間はいないのだ。


結論。償わなければならないような事はしてはいけない。

そして、姉役のキーラ・ナイトレイ。(写真)
きれいでした。ウットリ。

金曜日, 4月 18, 2008

"歩く"に申し込んだ

会社の同僚から誘われ、5/10に30km歩くイベントに参加することにした。
かねてからサーフポイントでもあり興味のあった伊計島。この島から本島まで3つ島を経てつながった橋を渡り歩くのだそうだ。


歩くという肉体的な事よりも、昼食をはさんで5時間余り歩く間、あるいは歩いた後に、僕の頭の中に何が生まれるのか、生まれないのか、そんなところに興味があります。
http://www.city.uruma.lg.jp/3/2405.html
ここ何回か、3月までいた職場の周辺の方から個人的に電話を頂いた。
発つ鳥跡を濁さず、とはいっていないようで、仲間達の苦労が目に浮かんだ。


今は辛い時期かもしれない。
でも、一人残されてみんないなくなったわけではない。
みんなが残って、一人が出て行ったのだ。
力をあわせればうまくいく。歯車がちょっと狂っているだけなんだ。

いつでも愚痴は聞くから、頑張ってうまくいかないなら連絡してくれていい。
だから、諦めずに考えて欲しい。僕がやってきたのも諦めずに考えてただけなのだから。


はみ出し日記=================================

「生きている証」
昨日見た「Smoke」では、A=B&B=Cの場合C=Aが成り立つならば、
(秘密を打ち明けられる人)=(友達)かつ(友達)=(生きている証)であるならば、
(生きてる証)=(秘密を打ち明けられる人)が成り立つ。


自分にはそんな人がいるのか、つい最近、たまたま考えたことがあった。
最小人数ではあったが、確かにいた。もうじき30年になろうかという付き合い。
半年振りぐらいに電話して、近況を話した。


何故、彼なのか。
それは嘘を知らない時代から続いている仲だから。
虚栄も恥もなかった時代。
気がつけば、その後は、彼以外とはそんな付き合いを避けてきたように思う。


まったく見栄っ張りなもんだ。
もっと自然に、素直に進まなくては。などと、まず、彼と話してみよう。

木曜日, 4月 17, 2008

生きている証


*映画「Smoke」

90年代始めのニューヨークの下町が舞台。

愛する妻を強盗事件に巻き込まれて失った作家ポール。20年以上欠かさず毎朝8時に自分の店を通りの向こうから写真に撮るのが日課の、ポール行きつけのタバコ屋の主人オーギー。

物語りはあわや車に轢かれそうになるポールを黒人の少年トーマスが助ける事で、ポールとトーマスに友情が芽生えるところから始まる。しかし、トーマスは幼少の時に両親と別れ、伯母の家から父を探しに家出していたのでした。名前も偽るほど自分を明かさないすねた少年トーマス。

やがて下町の大人達がトーマスの心を開かせ、父との再会を果たさせる。

トーマスの幼稚な嘘と大人達の温かい嘘。

最後のシーンでオーギーがポールに秘密を打ち明ける。この時のオーギーのセリフが僕の胸に響いた。

「秘密を分かち合えない友達なんて、友達といえるか」

そしてポールが答える、

「それが生きてる証」

水曜日, 4月 16, 2008

ディープ・ブルー

今回のうるま滞在は、さすがに二週目ともなって、家を出る時に本を持って出た。

「ディープ・ブルー」
ディープ・ブルー (角川文庫) (文庫)
ケン グリムウッド (著), Ken Grimwood (原著), 布施 由紀子 (翻訳)

有名なスパコン(チェスで人間を破った)ではなく、イルカの話。

まだ読み始めたばかりだけど、とても興味深い。
多分、仮説、によってストーリーが展開していく。

その仮説とは、イルカ達は例の愛らしい声で論理的な言葉を交わしてコミュニケーションしてるわけではなく、超音波でスキャンした映像や自ら伝えたいと思ったイメージを超音波で伝えてるって仮説。
(ちょっと間違ってるかも)

ストーリーは、イルカ達が自分の考えや思いをイメージでやりとりしながらイルカ社会を営む。危険を知らせるなら、伝えたい相手が危険に晒されるイメージを伝えるし、好きな相手には一緒に旅するイメージ、陣痛に苦しむお母さんイルカにはスキャンした子供の姿(音波だからできるんだよ)を送って力づける。

イメージでコミュニケーションするのは、イルカやクジラ達。そして、幼少期に不思議なイルカとの接触経験を持つ人間。その仮説を証明しようとする女性研究者。

ストーリーの中に中南米のマグロ漁がイルカの群れを目印に行われるシーンがある。
マグロに混ざって一緒に大量に罠にかかり息絶え、捨てられるイルカ達。


イルカたちの(仮説が本当であろうと無かろうと)なんか素敵な世界。嘘が無い世界。
そして、人の行いは罪深い。

※そしてイルカ達のメイティング(SEX)の描写も素敵だったりするのでした。

日曜日, 4月 13, 2008

母の話


うすぐ70になる母は、昔から仕事の合間になにかしら地域のボランティア活動に参加している。なんかやってんなー位の関心しかなかった僕はあまりボランティアの話を聞いてこなかった。そんな母の話。

年に何度か母の住む地方を訪れる盲目のバイオリニストがいる。特別著名な方ではないので一人で演奏旅行してるのだそうだ。

その方(女性)の会場でのお世話をするボランティアは母が指名されるのだそうだ。

たまたま用事があった日に「○○さん出なければ困る」といわせた母は、何故自分を指名するのか、彼女に聞いてみた。

「○○さんだけはリンゴをプレゼントしてくれる時に、すぐ食べられる様にカットして食べる分だけタッパーに入れて持ってきてくれる。頂いた後、スタッフみんなで食べれる。リンゴはよく頂くけど、(ハンディキャップのある旅行で)持ち帰るのは大変なんです。楽器やら大切な荷物がたくさんだし。」

「演奏前の会場内レストランでの食事に、レストラン入口でお別れして呼ばなくても食後に再び迎えに来て頂くのは快適。どこの会場でも食事はボランティアの方が付きっきりになって、待たせてると気になってゆっくり食事した事が無いんです。」

食事に関しては母がレストランの人に食事が終わったら連絡をするように言付けておくんだそうだ。母曰く一人暮らしで一人で演奏旅行に来るんだから食事のお手伝いはいらないのだそうだ。

ホスピタリティ、若い時分の母のアルバムの1ページ目はナイチンゲールの写真で始まる。

金曜日, 4月 11, 2008

一週間のまとめ


那覇行きの高速バスを待ちながら(たいしてダイヤを確認してなかったので40分も待つ事に。。)この街の一週間を振り返る。

・人は概ねお人好し
・歩いたり自転車乗る人は皆無。(宿から30分目抜き通りを歩いて中学生多数以外は犬の散歩してるお爺さんと交差点に立つお巡りさんしか会わなかった。車は渋滞気味なのに。)

・この時期は涼しい日は寒い
・食事は安くて多い。美味しい。

・家は広い

・路線バスは少ない
・高速バスは更に少ない
(今、下りの高速バスが停まったけど、二人降りたら運転手さんだけの客無しバスになった)

・雨が多い。スコールみたいな感じ。(内地の人は「こっちの人は傘をささないんだよ」なんて言ってたけど、そもそも人が歩いてませんから~!)
・若者は色白が多い


・花は勝手に咲いてる
・草は気ままに育ってる
・木は伸び伸び根を張ってる
・ジャングルの鳥達が朝だけ会話する

・人は案外あくせくしてる(ように見える。軽自動車でちょこまか移動してるイメージ)

・海は静かに笑ってる


・新住民の僕は戸惑ってる(汗)

木曜日, 4月 10, 2008

住まい探し


急な異動&赴任は、いろいろな手続きを面倒にさせ、果たして越せるのか!?って感じ。
とはいえ、何しろ今の横浜の住まいは月末までに引き払う話をしちゃったから、もう待てません。


何軒も見た中から「ポイントまで歩きで行ける」「職場に歩いて(チャリ)いける」のは一軒しかない。これにしよう。
なんか広い(3LDK+倉庫+P2台...笑うしかない)けど、母も来るかもしれないし。

丘の上、どう考えても、何処へ行くにも「行きはよいよい帰りは・・」なのだが健康のためにはいいであろう。車は、、、、そのうち考えよう。
後は手続きがうまくいくことを願うばかり。来週手続きが確定するはず。頼むよ~!

火曜日, 4月 08, 2008

うるま二日目


朝、宿を出て近くを散歩。

宿のあるうるま市曙は、ちょうど岬の高台に向かう所。坂道の入り口近く、もちろん海側に向かう。

朝の鳥の声がジャングルを思わせ、南の島感が漂う。

住宅街を抜け、海岸沿いの米軍向けの住宅地に。

海は高台から見下ろす感じ。ボードを積んだ車が止まる、そのまま映画になりそうな家。(映画になりそうな家って何だ!?)


この海岸沿いの住宅も借りられそうだ。

不動産屋さんの電話をメモする。

朝食はシャケと目玉焼きと味噌汁。内地風でした。

・不動産探索状況

物件を現地確認したのが5軒ほど。候補2件。

探しているうちに、サーフポイントも確認できたので、電話だけで済ませている不動産屋さんにも条件の追加を連絡。

午後、15:00。宿に戻って情報整理。

今日は歩き疲れた。ホントならレンタカー借りるんだよなぁ。

いや、折り畳み自転車を持参すればいいかな。。。

沖縄初日



那覇空港を降り立つ。
出張でも旅行でもない初めての気分での沖縄。

高速バスを待つ間、建物を出てタバコを吸う。
懐かしい南国の香り。
バンコクの空港を降り立ったときに感じる熱帯の香りが混じる。

高速バスで揺られる間、奇妙な緊張感に包まれる。
今まで感じたことのない、独りで、知る人のいない街に向かう気持ち。
これが、北国なら演歌が似合うところなんだけど、東田トモヒロを聞きながら「♪ココはオキナワ」と口ずさむ。


新しい職場は全般に日焼けした男性とUVケアが行き届いている女性の職場。
正確には大人の事情で出向なのだが、デスクから何から自社のオフィスと同じ。
久しぶりに自社に戻った感覚。交通費精算だとか、なんやら、8年前と同じで喜び、違ってて感慨に浸り、まぁ、打ち合わせは出たけど仕事はしてないな。


夜。7:00過ぎに会社を出て、多分3Kmほど歩いて民宿「やすま」に向かう。
これから向かうと電話すると、食事付で予約したのだが今日は忙しくて食事の支度ができないという。それも仕方ない、途中の食堂で夕飯を済ませる。
そば定食。たっぷり美味しい。Orionビールを飲み宿に向かう。


宿は驚くような作り。2DKのアパートをそのまま宿にしている様子。
まぁ、虫が出なきゃいいかな。

明日は一日住まい探しです。

土曜日, 4月 05, 2008

古くて新しい仲間

「なんかちょっと宗教がかってんじゃない」
きっと坊主頭のイメージもあって言われちゃったんだけど、さすがに中年の危機をまんま受け入れ乗り越えず(汗)、好き勝手に遊び呆け、辿り着いた「侘・寂」ってとこかな。(笑)


実際、そんな趣のある風流な話ではなくて、侘しかったり、寂しかったり、を、ようやく感じて受け入れられるようになって来たのだと思う。
受け入れざるを得ないようになってきたのだと思う。


夕べの集まりは古い仲間だったけど、僕の立ち位置が変わったせいか、みんな新鮮に感じたなぁ。立ち位置がどう変わったのか、というと、
「楽しいなら幸せ」「地道になんてやってらんない」「普通はつまんない」「Go Go 自分!」
から、
「とりあえず普通に地道にやってみて考えよう」に変わった、というか変えようとしている。
やってみて、やっぱつまんないじゃんっヤメヨッて思うかもしれないけどね。



人生で一番古い仲間は母親。
久しぶりに長い時間一緒に過ごした母は、帰りに敷石に足をとられ転んでしまった。
擦りむいたぐらいで怪我らしい怪我はなくて安心したんだけど、怪我の痛みより、老いを感じて落ち込んだ姿に、ただ手を差し伸べるぐらいしか出来なかった。


明るく老いていこう!(なんだそりゃ)

木曜日, 4月 03, 2008

今日、新しい感情が芽生えた。

今夜、先日離れたばかりの職場の仲間(といっても先輩ばかり)、しかも、正確には客先の仲間からの送別会に参加しました。


あの時はどーだった、お前はよくやった、いやダメだった、宴も盛り上がり終盤には酔っ払っているのにもかかわらず随分マジな、自分たちがこれから進む道なんかも話題に上がっていた。自分個人のことではなく、これからの自分たちのチーム、組織、会社、親会社の事を本気で思っていることが痛いほど伝わった。


終盤、強い酒を止めてウーロン茶を飲みながら、みんなを眺めていると、無性に嬉しい気持ちが溢れてたまらなくなった。僕はこんなに仲間を愛する気持ちに溢れた人達に囲まれていたのだ。たまらなかった。


仕事仲間、今までずーーっと、そこは不可侵のビジネス領域だった。だと思ってた。
でも、今夜、それは間違いだと気がついた。僕の好きな戦争映画の最前線の仲間たちと何も変わらない世界(表現は不適切だけど・・)がそこには確実にあった。


ありがとう。
僕の新しい職場も、こんな職場にしていきたい。仲間と呼べる職場に。

※酔ったまま感傷的な文章になったかもしれないけど、本当にすばらしい職場でした。

火曜日, 4月 01, 2008

異動


今日から新しい職場に異動した。
新しい職場といっても、今日は都内のプロジェクトオフィス。
来週からいよいよ、希望した地方への職場へと向かう。

配属の挨拶、慣れない顔。聞きなれない用語。
まるで、社会人一年生のような地に足のつかない一日。

予想はしていたが、知り合いもいない全くの新天地である未経験の事業部。
業界も違うので、用語も聞きなれない言葉が飛び交う。

そんな昼過ぎ、ようやく探したタバコ部屋で一服していると、若者から声をかけられる。
そういえば、挨拶したときに見た顔だ。
タバコ部屋コミュニケーションはここでも活きていた。
だからタバコはやめられない。(と言い訳しておこう。やめる気ないんだけどね。)

写真は先週末に部屋の床でお亡くなりになっていた"くまん蜂"。
可愛そうに、せっかくの春に、こんなところに迷い込んで。。
どうしようか考えた挙句、窓から外の木立に投げて土に返しました。

異動(卒業)


今まで、空気のように自然に毎日通ったオフィス。
東京タワーの見える、東京タワーからも見える、すばらしいオフィス。
たくさんのまじめで優秀な人たちが、夢のために、生活のために、歴史のために、なにかしらのために活動するオフィス。


異動に当たってたくさんの仲間から温かい言葉を貰った。
いまさら、もっとできる事があったのに、、、と少しの後悔と、照れと、寂しさ。


ザ・日本企業よ、グローバルスタンダードという米国式性悪説拝金主義に負けるな。
お金より職人や職業人の誇りが称えられる社会では、性善説がスタンダード。のはず。
虚業>金融サービス>その他のサービス>モノ作り>食べ物作り>実業
でなければ、もう、社会は、地球は、もたない。

写真は卒業記念に頂いたものです。ありがとう。