水曜日, 9月 17, 2008

十五夜(9月14日)


※9/14 部屋から見える見事な月(携帯で撮影)※



ブログの更新をしない間も、日々の生活は続いていたわけで、先週末の十五夜の夜、一旦通り過ぎた台風の狭間できれいな月を見ることができました。
。。。。という風流な習慣は無く、夜にニュースを見ていて「今夜は十五夜」と聞き、そういえばこの何日かスーパーで見慣れないお餅が売られていたなぁ、、、「あ!あれは沖縄の十五夜用お餅なんだ!」とようやく気づき、そこは当然、暇なので買いに行ってきました。
(22時過ぎにスーパーにお餅を買いに行く中年男っていうのは存在する)


そのお餅は「ふちゃぎ」というもの。
多分、「おはぎ」が訛ったのだろうか。。。
←と、思いググったら、吹上餅が訛ったのだそうだ。

話を戻して、夜中、スーパーに季節モノ、しかもその最終日に買いに行くと売れ残りが半額になっている。
黒糖味とよもぎ味の二種が売られていたので、半額の追い風を受けて二種共にゲット。
一パックに4×12cm位の餅が5個入っているので、計10個の餅を手に入れたのでした。

↑周りにブツブツくっ付いているのが小豆。小豆は潰すと魔除け効果が失われるのだそうです。


食べてみて。。。
このお餅は、、、
・吹上餅なので、粘性が高い。壁に投げつけるとそのまま張り付いていそうな感じ。
・お持ち自体はほとんど甘くない。黒糖もよもぎもうっすら味がする程度。
・周りにボツボツと張り付いている小豆もそれほど甘くなく自然な味わい。お餅自体の味が薄いので、小豆味をじっくり味わうことになります。
・お腹に溜まる。食いしん坊の僕でも二個食べると、お腹一杯になります。やはり薄味なので味わって食べるからかも。


その後、、、
10個もあるわけで、日曜夜→月曜朝→火曜朝→水曜朝→木曜朝、と五日間楽しむことができたのでした。
(二日目以降はチンして食したのですが、むしろ二日目以降のほうが甘く感じ美味しかった。)

火曜日, 9月 16, 2008

ブラック○○デー

ニュースを見ていて改めて思った。

やっぱり「金融中心の世の中は有り得ない」っていうこと。証券会社が潰れようが何にも困らない。
株安の影響や景気の影響は短期的にはあるだろうが、それもグローバルスタンダードで頑張っている人たち中心の話。
地味に頑張っている農林水産業的には円高はむしろWelcomeなのかもしれない。食うには困らなければよいのだ。
ここのところ問題になっている油代だってチョットは安くなるかもしれない。
(しばらくは、マトモな株にも回らなくなったお金が、更に怪しいエリアを彷徨うのだけは間違いないけど。)



でも、今回のNYの株の下落って、率にすると5%も変動していないんだね。
なんか感覚的には、5%未満って、世の中の常としてバッファのようなもの。
だから、大騒ぎしているけど、株で儲けようと思っていない人にとって見れば大したニュースじゃない。
※浅はかな素人考えなのかも知れないけどね。でも、お金がお金を産むって、やっぱり変。



それよりも、株価がフラクタルのような何らかの周期的な動きだとすれば、20回に1回(5%)は、むしろ、もっと大きな触れ幅になってブラックセプテンバーとか言われ、そのまた20回に一回は、ブラック20XXとか言われるのだろう。
貨幣信仰を定着させたホモサピエンスは、貨幣の物理的移動による決済を不要とした今、口座データのビットを動かすことに寝食を忘れて没頭している。いつか目が覚めるまで。


そう考えると、これからは、株式公開していること自体がリスクになっていくのかもしれない。
数年前までは、とても素敵な取り組みをしていると思っていたベンチャー企業が、株式公開とともに、集めた資金を使いきれずにスペースシャトルを買い取って会社の会議室にする、、、みたいな事を始めている。
既に、創業者達の当初はすばらしかったアイデアも知恵も戦略も、最近は色褪せて見える。


余ったお金をどうするか、余っていないのにそんな事を考える→眠くなる→お腹が空いて目が覚める→ご飯を食べる→余ったお金が無いから大人しく過ごしている→そんな事を考える→眠くなる→・・・
こんなループを彷徨っていた週末でした。

※よくよく見たら、超久しぶりの更新。フラクタルな(気まぐれな)更新なのでした。

↑ヒロインを演じる「シャニン・ソサモン」を、ずーーーっと、アンジェリーナだと思い込み、それはそれでハッピーな時間を過ごさせてもらった映画。
ぁぁ、アンジェリーナよゴメンよ。

金曜日, 8月 29, 2008

ノルマ

●成果を挙げるために
仕事で成果を挙げるための方法の一つに「ノルマを課す」というのがある。
もう少し紳士的に言えば「目標を与える」ということ。
ノルマについて考えて見えてきたのは、ノルマが機能するのは、本人の資質ややる気以上に環境によるのだということ。
ノルマが機能しない環境下でノルマを課しても何の成果も得られないということ。

●ノルマが機能する時代
高度成長時代、企業は(特に営業職員に)ノルマを課し、社員はノルマをこなしてきた。
報酬は増え続け、ノルマを課す事はモチベーションを与えることでもあった時代だ。
そりゃそうだ。身分は保証され、報酬は着実に増え続け、会社は大きくなる。
今考えると、そんな夢の様な時代に、ノルマぐらい屁でもなかっただろう。

●ノルマが人を殺す時代
そして今。成長は停滞し、どの業種も一握りの勝ち組とその他の負け組みとにくっきり分かれる時代。
報酬は増えるどころか下がることもあり、身分は不安定になり、会社の存続も気を抜けない。
ノルマを課すことはモチベーションを与えるどころか退職者や鬱患者を増やすことにしかならなくなりつつある。
そして、もっと怖いのは、数値目標になるノルマは、顧客ニーズよりもノルマ達成に関係者を踊らせ、顧客ニーズを見失い、ひいては顧客を失うことにもなりかねない、、、という事だ。


●ノルマの語源
そもそもノルマっていう言葉は、
「ノルマ(ロシア語:Норма, norma)とは半強制的に与えられた労働の基準量であり、大抵の場合時間的強制も付加される。
太平洋戦争時、シベリアに抑留されていた日本人捕虜が帰国した際に伝えられ、日本語の語彙として広まったとされる。」wikipediaより
なのだそうだ。

●じゃあ、どーするのか。
ほったらかしでいいのか?
否。最近は、「目標管理」という便利なものがある。本来の目標管理は、本人が自ら考え設定するもの。
しかし、90年代の不況以来、最近はノルマ管理的な目標管理制度が横行しているのだそうだ。

●ノルマな毎日
毎日三回ご飯を食べるノルマを課せられ、毎日朝晩歯を磨くノルマを課せられ、毎晩寝るノルマを課せられ、毎日朝会った人に「おはよう」と挨拶するノルマを課せられ、、、、
できる事も「ノルマ」として課せられると嫌な気分になるものだ。
あるいは、毎日8回ご飯を食べよ、毎日4回歯を磨きなさい、毎晩10時間以上寝なさい、毎日10回以上「おはよう」の挨拶をしなさい、、、、、
努力しても出来そうもない事を「ノルマ」として課せられるのも嫌な気分になるものだ。

●自己設定目標な毎日
「健康な体力を維持する食事をする」が目標であれば、「日に三回ご飯を食べる」のではなく「お腹が空いたらしっかり、空かないときは軽めに、体調が優れないときは食事よりも休養を優先」というような事を自ら考え実施するだろう。そして、顧客ニーズである「健康な体力を維持する」事をストレスなく実践できる。


●言いたかった事
そんな風に、"うるま"でノルマを考える金曜日なのでした。

水曜日, 8月 27, 2008

マウスの掃除

私は、密教「トラックポイントがあればマウスは使わない教」の信者なので、普段はマウスは使っていない。
そんなわけで、マウスの掃除といえば、「マウスの底のボール」「ボールを支えるローラー」しかイメージしていなかった。←どんだけ昔の人!


いつの頃からマウスというものは光学式だったり、コードレスすら珍しくなくなっているんだよね。
最近、知り合いが「マウスの調子が悪い」と相談されたときも「掃除すれば~」と昔のまんま回答していた。


でだ、その知り合いから続報。
「掃除したら治った!」
と、ここまでは想定範囲。
「ボールとローラーを掃除しても治らなかったので、」
と、これは驚き。まだボール式を使ってたのかいっ。
「クリックするところとカリカリスクロールのところの隙間を掃除したら治った」
って、そんなとこ掃除できるのかいっ。


っていうか、ボール式じゃないマウスの掃除はどうしているのか私は知らない。。


ちなみに、クリック&スクロールの場所は、耳掻きの先をティッシュで包んで掃除するのだそうだ。
消耗品だなんて買い換えずに、調子の悪いマウスがあったら、お試しあれ。

写真は「マグカップマウス」。マグカップとして使用できるマウス。
どんな心持ちの人が使うのか興味津々。いつでもコーヒーこぼせます。



















←売ってるんだ。。。

火曜日, 8月 26, 2008

民宿開業

随分と更新に間が開いてしまった。
これは、何分にも、夏休みシーズンで来客が多かったせいでもあり、自分自身が外出することも多かったからである。決して、お盆明けで、溜まった仕事に忙殺されてなどいなかったことを強調しておきたい。


引っ越して4ヶ月、遂に我が家を宿にする人が一気に三人も登場し、一人で暮らしていて何の不自由も無かったのが、人を迎えるとなると準備が必要だったのだ。


不足していたものと対策
●布団
これはいくら沖縄が暖かい、いや、暑いとはいえ、敷布団ぐらいは必要だろう。
当初、レンタルなども調べたんだけど、結局、井草でできた敷マットと井草でできた枕を調達。
●食器
これは案外、来客の際は外食が中心で、朝食ぐらいは不揃いの食器で済ませました。
とはいえ、コーヒーカップぐらいは数が揃ってないと、最大3人が重なって泊まった日の朝食は、一人は蕎麦猪口でコーヒー飲んでもらいました。。
ぼちぼち沖縄名物フリマで揃えていかなくては。
●車
以前から気になっていた、知る人ぞ知る近所の自動車教習所のレンタカーを利用。
一応、予約していたものの、たった2台のレンタカーは、余裕で借り出せました。
ちなみに、このレンタカー、誰のだか知らないけど、相当私物(CDやレジャーカーペットや電卓など)が載ったまま貸し出されていました。
●居酒屋
普段、一人で店で飲むことは無い上に、付き合いで飲むときは隣の沖縄市が多い。
来客中は近所の居酒屋二軒を制覇しました。
近い順に一軒ずつ遠くに向かっているので、次回は、カラオケ付きの居酒屋になる予定。
●観光地
やはり「ちゅら海水族館」は別格。一日いても飽きません。
年間パスポートがチケット二回分と聞いたので、購入を検討。
※年間チケットの問題は、チャリで行くには遠すぎること。。。
●ビーチ
整備されたビーチもいいんだろうけど、近所のサーフポイントが一番良かった。
まるでプライベートビーチ。
何も無い場所の上に浮き輪すら無くて、ただプカプカ浮いているだけの時間に大満足。
そういえば、海底に転がっている馬糞ウニ?みたいなのを、割って食べたら美味しかった!
※↓これこれ。たまたま地元の子供がいたから食べられることを知った。
●花火
忘れてました。やればよかった。
●メニュー
サービスの基本。やはり、民宿的にはメニューを用意したほうがいいのか!(笑)
その前に家とはいえ、会社の借り上げ社宅ですから~!残念っ!



そんなこんなで夏は過ぎていきます。
これから台風シーズン。どうなることやら。

火曜日, 8月 19, 2008

すかいらーくは応援したいけど投資会社は応援したくないなぁ。。

↑応援って言ったって、お店でGチキンを食べるぐらいだけど。。。

10代後半の何年かを過ごした事もあって、とても気にかかっていた"すかいらーく"の経営は、投資元が自らが担いだ創業家出身経営者を交代させることになった、、とのニュースを見た。
新経営陣は500人のリストラ350店舗の閉鎖も考えているとの事で、結局、ワリを食うのは末端の社員だったりアルバイト。。


(投資会社)
→この会社はデカイ会社の割りに業績が悪い(株価が安い)
→株価が安いので株を掻き集めやすい
→投資家のお金を掻き集めやすいような経営再建計画を立案
→計画が"実現可能"に見えるようにカリスマ経営者(創業経営者)を担いでしまえ
→ついでに一旦非公開にして全部株を買い占めてしまえ
→さぁて業績回復したら公開して一気に利益を回収!ヤッホー!
→業績回復しない!?じゃあ社長は交代。
→計画は変更しないよー。お金集めちゃったもん。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080818/168102/


なんであれ残念ながら、「すかいらーく」は法的に株主のモノである。
株主/投資会社から見れば投資先はお金を産むモノ以上の価値は無く、そこに働いている人や、そこのサービスに期待する顧客などは見えていない。彼らは投資のリターンを稼ぎ出したいだけだ。
投資会社で計画立案しているコンサルタントや偉い人は自分のお金を賭けているわけではない。もしかしたらすかいらーくで食事すらしていないのかもしれない。


先日、テレビで糸井重里と対談していた"原丈人"という実業家が気になって調べてみました。
この人、去年の秋に文藝春秋に論文を発表しているようで、テレビでもこの主旨の発言をしていました。それは、、、

・アメリカはあと10年くらいは金融中心の国家にとどまる
・マネーゲームは何も生み出さず、収奪していくばかりなのでいずれ破綻する
・金融と言うのは新たな産業をつくるための脇役
・金融を主役だと煽るアメリカの風潮、この分野の自由化こそが構造改革だと勘違いする一部のメディア、知識人は、世界を破綻に導く。
・アメリカの猿真似をしているようでは、日本に未来はない
・日本発の新しい基幹産業を創出して、世界経済を牽引する国になるべく、まず一歩を踏み出すことが必要

という事です。

●「(行き過ぎた)防衛」 = 戦争
人類の英知を"人間の殺戮に使う"人間の活動。
愚かな活動なんだけど、一方でコンピューターの発展や原子力技術やインターネットなど戦争起源の技術は少なくない。

●「(行き過ぎた)金融」 = 短期的な投資
人類の英知を"投資家の利益に使う"人間の活動。
少数の勝った投資家は一生かかっても使えないほどの莫大な利益を得られる。
多数の負けた投資家は、、、、
大多数の関係しない人たちは、、、、
投資の対象となって人生を左右された人たちは、、、、


とりあえず、頑張れ!すかいらーく(の現場の人達)!

金曜日, 8月 08, 2008

ビーチでランチでアッチッチ



気が向けば、お弁当を買って、ビーチでランチ。
東京で言えば、会社の近所の公園でランチ、、、といったところか。

海を吹き抜ける風が涼しい。天然のエアコン。

沖縄では旧暦でお盆を過ごす。
今年はちょうど来週がお盆。
そして、昨日、旧暦で7月7日は、先祖をお迎えする準備の日。
お墓の掃除をするのだそうだ。
お盆の最中は海には入らないのがしきたりだそうで、この習慣は本当に徹底されている。
来週後半に海に入っているのはナイチャー(本土の人)だけらしい。

儀式はさておき、年に一回ぐらい、自らの祖先を考えるのも楽しいかも。
僕の祖先はヤモリに何かをされたに違いない。

Googleストリートマップを体験して

ようやく日本でもGoogleストリートマップがリリースされた。
残念ながら今住んでいる沖縄はまだサポート範囲外なのだが、以前住んでいた横浜はサポートされている。

このサービス、よくある
地球→日本→住んでいるまち→家を判別できるレベルの上空からの写真
の先に、街並みを歩いているような景色(360°のビュー)を確認できるもの。
現実の写真を使ったバーチャルリアリティな散歩。

ある日ある時の街並みの写真なんだけど、リリースされてしばらくすると、
ある地域のストリートビューに写っていた有名人の写真だとか、家だとか、そんなのが話題になることでしょう。
一応Googleでは、自動的に写っている人物の顔にはモザイクを入れるような処置をしているけど、10年もすると、「2008年のストリートビュー」とか、ヒストリー機能も加わるんだろうな。
これから育っていく子供たちは、自分の子供のころの生まれ育った街並みを、その時代の街並みを、歩く人たちを見ることができるわけだ。
「だからなんだ」っちゅう話なんだけど、ついつい見ちゃうのがサガなんだよね。


ちなみに僕が確認したのは、以前に住んでいた家。
今は知らない誰かが住んでいるのだが、ベランダにお布団が干されていて、、、とか、しっかり確認できました。



こうやって、やっぱり人類はこの世界で起こる全てを記録し尽くそうとしている。
既にたくさんの「写っちまった」事件写真を集めるサイトが人気を博し始めています。
うっかりGoogleの撮影車の前で立ちションなどしないように。

月曜日, 8月 04, 2008


※this photo are available for download under a Creative Commons license.




←写真は文末のはみ出しの写真。きれいなので本文より先に掲載しちゃいます。
※パックマンみたいに映し出されているのが日食中の太陽の光。












先日、会社の同僚(うちなんちゅ)に最近"ミルクぜんざい"にはまっている事を話すと、「だったらフジヤのぜんざいは食べたほうがいーさー」などと言われ、不二家ってペコちゃんの?と思いきや、"富士家"という県内でチェーン展開する専門店の話なのでした。


そして週末、今週は波も無く、波チェックの帰りに目的も無くチャリを走らせていると目の前に巨大スーパーが出現。(既に目的無しの散歩が半径10kmぐらいになっている。行動範囲はバッテリーの持続時間に依存するようになってきました。)
あまりに陽射しが強いので涼を求めにスーパーに入ると、あーるじゃありませんか、富士家さん。
よくあるフードコート(グローバルなハンバーガー屋さんとか、新進気鋭っぽい看板のラーメン屋さんとか、ミスマッチな男子高校生が焼くクレープやさんとか並んでいる)の中に一番小さいスペースで販売していました。

そもそも、他の食べ物やさんは壁際に並んで営業していて、いくらフードコートとはいえ厨房もあるのに、この"富士家"さんはフードコードの利用客が食べるテーブルの片隅、フロアのど真ん中に、まるで実演販売のような3畳ほどの小さいスペースで営業している。
そのスペースには片側めいいっぱい5台ほど床置きの冷凍庫が並んで、反対側に調理スペース。
そして、店員は女の子一人。


ちょっとエアコンの効き過ぎた店内で食べるのはイマイチだなぁ、などと思いつつも、注文しました。
「ミルクぜんざいくださーい」と注文すると「直ぐ召し上がりますか?」との応対。
と、メニューを見ると、食べる時間(今なのか、一時間後なのか、二時間後なのか)を選ぶようなメニュー。
「今すぐ食べまーす」とお願いすると、冷凍庫の一つを開けてカップを取り出します。既にこのカップに氷が入っているようです。
そうなのです。この店は、店頭でカキ氷をガリガリ作るのではなく、あらかじめ凍らせておいた氷を販売しているのです。(これじゃあ、コンビニの氷アイスとおんなじ!?)
取り出したカップに大粒の小豆をタップリ(カップの1/4ぐらいが小豆か!?)載せ、その上に、練乳をかけて出来上がり。


さて、フードコートの片隅に陣取り、エアコンが効いていないとこで食べたいなぁと考えながらも、「直ぐ食べるバージョン」を買った以上、直ぐ食べなければならないなぁなどと思いながら、カップをつつきます。

冷えた小豆は充分にやわらかく、でも、一粒一粒がしっかりしていて、冷えていて、美味しい。
そして、その下の「直ぐ食べるバージョンの氷」にスプーンが届きます。
やや黒味がかった氷は、小豆の煮汁を凍らせたものだそうです。この氷にいとも簡単にスプーンが沈んでいきます。かといって溶けているわけではない。
なるほどぅ、どうやっているのか良くわかんないけど、食べやすい氷のやわらかさで販売しているわけです。
多分、"2時間後バージョン"なんかはカチカチに凍っているんでしょうねぇ。


タップリの小豆とさっぱりした甘さで、充分に軽いランチとなりました。

【はみ出し】
写真は8/1、カザフスタン・バイコヌールで撮影された日食による幻想的なスナップショット。
ぶどう棚を通して"たまたま"この様な景色が広がっていたようです。

木曜日, 7月 31, 2008

イノベーションジレンマその2:身の丈という贅沢(vs 株主の期待にこたえるいうこと)

今、「すかいらーく」が苦境に陥っている。
ファミレス業界は拡大~定着~競争淘汰~安定~~~、、、の過程を経て構造不況業種になっているようで、僕は知らなかったけどすかいらーくは一旦、上場を取りやめて再上場を目指した業績改善に取り組んでいるところだったようです。

20数年前、街の洋食屋さんが、品質と効率を追求しながら海外にまでチェーン展開するようなファミレスとなっていく過程をアルバイトとして数年間経験させてもらっただけに、感慨深いものです。

単に僕個人の思い入れ、すかいらーくの一ファンであるという立場で、この「構造不況」について考えると、「身の丈」というものの意味が見えてくる。

構造不況に強い=持続力がある、持続的である
持続的である=世の中の流れ(環境変化)に強い
環境変化に強い=変化しやすいターゲットは狙わない!or 変化にあわせられるようにする(多角経営など)


じゃ、ターゲットはというと、、
●元々の顧客層
街の洋食屋さんであれば、
・その近隣に住んでいる
・週末は家族で外出している
・外出でやや遅くなった帰りに立ち寄りそれほど高くないけど満足できる美味しい夕飯を食べる
・平日の昼は近所の主婦同士でランチを食べに立ち寄る
みたいな顧客。

●新しい顧客層
イノベーションを起こして「街の洋食屋さん」→「ファミレス」を目指した事で対象顧客ががらりと変わる。
・その道路/ルートを車で利用する人
・家で食事を作らない人
・一人、友達同士の顧客も無視できない
・食事の目的はフリードリンクで長時間過ごせるなど「休憩場所」として利用する顧客も無視できなくなる


「ファミリー向けレストラン」から「ファミリーおよび手軽な食事を求める人全般向けレストラン」に変わったわけだ。
そして、「・・・人全般」というのが移り気だったわけだ。
その上、移り気な顧客のせいで煩い/混んでる/雰囲気悪いファミレスには寄り付かなくなったファミリーもいたりしてね。


僕が知っている限りイノベーション企業のすかいらーくは多角化には早くから取り組んでいました。
また、ニュースサイトを読んで知ったのですが、現在の構造不況にも取り組みが早くて業界内でも注目されていたようです。
しかし、
・多角化とは言っても顧客層別のバランスは偏りがあった(結果論ですが)
・変化が予想をはるかに超えるスピードだった
ということなのでしょう。
創業家社長がベストを尽くしても、株主は2期連続赤字の社長交代を要求しているようで、甚だ気の毒ではあります。。
もしかすると、街の洋食屋さんという"身の丈"を守るということは、株式公開/上場による創業者利益の何億円、何十億円をもフイにするという、とんでもない贅沢なのかもしれない。


僕としては料理のレシピはもちろんだけど、工業化の基本となる
・熟練者の作業を科学的に分析(マニュアル化)
・機能分離(センターキッチンの導入)
・統計的売り上げ予測/在庫管理(看板方式からPOSの導入)
辺りまで、たかがバイトでも学習させてもらった「すかいらーく」。
復活を心から期待します!
(できれば、"ガスト"ではなく"すかいらーく"で復活して欲しいな。非株主の声は届かないのであった。)

※"すかいらーく"で検索すると、ネガティブな本が先にヒットするようになっちまったか。。

水曜日, 7月 30, 2008

記憶と記録 ●番外はアリ(蟻)の話

※車載用レコーダー
車載の監視カメラのようなもの。常にビデオデータを記録していて、事故発生時の前後数十秒が記録として残されるような仕組みになっているもの。



車載用レコーダーのニュースを見て、ニコラス・ネグロポンテの言った「人は生まれてから死ぬまでの全てを無機質な媒体に記録しようとしている」を思い出した。
DNAなんていう限られた、不安定な媒体では満足しないという考え方。


すでに全てを記録する最終段階は始まっている。想像するに、
1.超特別な記念写真時代
成人式、卒業写真、出征時、などなど
2.家庭の記念写真時代
家族のイベント、家族旅行、などなど
3.個人の記念写真時代
プリクラ、スナップ写真(写るんです系)
4.個人の記録写真
写メ、車載事故用記録
5.常時撮影
警備用撮影記録
と、進んできていて、ビデオは今は2~3あたりか。
あと18年*もすると誕生した赤ちゃんに常時連続撮影カメラ(カード型。首からぶら下げる。要:年に一回メモリー交換)をプレゼントするのがブームになるかも。

鉛筆を捨ててキーボード中心の生活になって、漢字が書けなくなっていたり、自分の字が下手なことは忘れたりしている現状を考えると、その時代の人たちは記憶力は低下するんだろうなぁ。
記憶の世界に生きている人間と、記録の世界に生きていくニンゲン。
その時代は「記憶」とは「妄想」と同じ意味になるのかも。
すみません、オチ無しです。

*ムーアの法則で考えると、18年後には1TBの小型メモリーカードが普及期に入る。


●はみ出し
ここのところ、家の中ではヤモ君を見かけなくなってます。
これは、通り道と思われたサッシの隙間をガムテープで塞いだ効果なのだと思う。
それに代わって、ここのところ毎日オフィスのデスクでほんの2mmほどの小さなアリを見かけます。見つけるたびに指でつぶしていたんだけど、毎日のことなので隣の席の同僚○さんに聞いてみた。


「あのさぁ、ここのところ、僕のデスクにアリが出没してるんだけど、○さんの席もそう?」
○さん
「あぁ、、そっちまで行ってるかぁ。それ、私が家から連れてきてるさー。」

「えぇっ?どーゆーこと?」
○さん
「うち、家の中に普通にアリがいて、財布とか持ち帰ったPCとかに入り込むさー。
会社に来て財布を机の上に置くと、何匹か出てくるさー。
PCだと、電源を入れると、うじゃうじゃ出てくることもあるんだよねー。はははは(笑)」

ということで、○さんのご自宅(緑に囲まれた素敵なお宅のようです)のアリ達の勢力拡大の一端を見させて貰っていたわけでした。
このアリ、彼が言うにはアリには"活発な動きのアリ"と"のんびりアリ"がいて、(期せずして)連れてきているのは"のんびりアリ"なんだそうです。
ちなみに彼の家では、庭にはキノボリトカゲがいて、ヤモ君は普通に家の中で暮らしいているようです。
(汗)

火曜日, 7月 29, 2008

システム管理(運用)者の日:7月最終金曜日

今年は、去る、7月25日だったのだが、この日はSystem administrator appriciation dayなのだそうだ。



もう、シスアドの歌まであって、「ログインできないと文句を言われて出かければCapsLockがONになっているし、やってらんねーよー」みたいな唄のようです。(誰かちゃんと歌詞に起こしてほしいな)
この歌っている人がTed Kekatos(後述)で、システム管理(運用)の世間のイメージはこうなんだなぁと、改めて思い知りました。


年に一日ぐらいはシステム管理者を労おうじゃないかと、Ted Kekatosというカナダのシステム屋さんが自らを労う日を提唱し、どうも、Wikiに載るほどになったようです。
http://www.kekatos.com/
↑典型的システム屋さんのホームページ。今まで使ったPCとか、スペックとか、勝手に製品評価とかしてます。
うーん、気持ちもよくわかるし、このオジさんと話が弾んでしまうかも知れないと思うと自分も怖い。
(汗)


とはいうものの、こんな感謝の日が無いと、もはやシステム管理の存在は人々の意識から消されかねない。
基本的にシステム管理というのは感謝されることも、日々存在を認識されることも無く、彼らの日々の努力や苦労は、ともすると彼ら以外の何か、目の前の(くそったれとパンチを食らわしたくなる)WEBフォーム画面や、目の前の(リセットしないだけで褒められる)PCへの感謝で終わっているのだ。

毎晩徹夜していようが、そんな事は関係ないのである。
ウィルス対策を永遠にやり続けなければならないようなエクセレントな仕組みを、システム管理者は管理し続けなければならないのである。


ということで、日本でも関連の行事や、まさにシステム管理の部署でささやかな労いがあったり、と、確実にシステム管理者の日は根付いているようです。
よく考えると、その昔、日頃の特に労われることも無い労働者を労う為に「勤労感謝の日」があったと思うんですけどぅ。。。

月曜日, 7月 28, 2008

台風

今回、ようやく(などと言えるのは今のうち?)台風の誕生を感じることができた。
ホームとする近所の浜は、太平洋側でかつ大きな湾の一番内側なのでこの二ヶ月、サーフィンからは干されていた。
(実際には可能な日は二・三度あったのだが、他の予定などでできなかった。)
この干されっぷりが半端ではない。なにしろ、最後に入ったのが5月の中旬じゃあないかぁ。
いくらここの生活で「波にさえガツガツしない」と新たな信条という名の言い訳をこしらえた所で、これはまずい状況だ。
老体の筋肉はあっという間に衰え、なにが残念って、いくらチャリでどこまで遠乗りしようが、下半身しか鍛えられないということだ。


そんな二ヶ月間、毎朝、職場のそばの河口でうねりが入っているかチェックするのだが、まったく、うんともすんともだった。
しかし、先々週の終わりに、「??」と思うような日があり(わずかだがうねりが入り始めていた)、先週半ば~先週末にかけては、会社の帰りにポイントチェックに出かけたり、先週末は早起きして波を確認しに行ったり、もう、気分はどんどん高揚していった。
もう、パンツを何枚も降ろしながら「できる?できない?まだできなぁんい♪」とのけぞる程度に波が入り始めていたのだ。
その辺りから天気予報を注意して見るようになり、その時点で「熱帯低気圧」が南東海上に留まっていたのだった。


この熱帯低気圧を応援する日々。前回の台風は西側過ぎて、僕の(敢えて"僕の"と言わせてもらう)東側には波が入らなかった。
そして、沖縄はリーフブレイクなので、まして湾の内側でサーフ可能になるのは干潮時になる。
干満表をみながら、着々とベストタイミングを予想。今度はいい角度に熱低がネばっティいてくれる。がんばれネッテイ!


そして、先週いっぱいかけて、このネッテイは、無事に台風8号「フォンウォン(山:ラオス語)」君を無事に出産し、着実に育ってくれたのである。
もう先週後半には、週末にドンピシャだと確信し、一ヶ月のブランクに備え、ヤモ君のベース基地となっている物置からボードを運び出し、ワックスを塗り、金曜の夜にはもうバッチシの状態だったのだ。

そして、遂に土曜日。
いつものポイントは、干潮前後の3時間ほど、波を立たせる沖の浅瀬できっちり割れてくれる。
なんだかんだで朝寝坊はしたものの、7時過ぎには入水、きっちり入ってくれるウネリに、強風で面は荒れているものの、
干潮までの1時間ほどを堪能し、パドルに疲れ家に帰り、前日に作りおいたおにぎりを食べ、睡眠をとり、夕方の干潮時にもう一時間ほど入り、久々の筋肉痛と疲労に翌日は昼過ぎまで寝ていたのでありました。

今週はフォンウォン君が去った後の風が収まった辺りが狙い目か。

ちなみに、今回の台風は距離が遠かったせいか、
・海は荒れている
・風は強い。風にチャリで逆行は、平地や緩い下り坂でもアシストが必要。
・雨は時々短時間(30分ほど)風とともに強く降る。この時は台風中継並みの嵐。ただし、時間がたつと青空。
という感じで、生活には支障はありませんでした。


【読書】
とはいえ、昨日は一日降ったり止んだりの中、J.アーチャーの「ケインとアベル」を読み終え、いまさらながらアメリカは黒人や移民を社会に受け入れる事で自らイノベーションを起こし成功したんだなぁと、感心したのでした。
「ケインとアベル」中高生ぐらいのときに一度読んでおいて、社会人になってもう一度読むといい、そんな感じの壮大な物語でした。


【映画】
「転々」を、観ようとしました。
三浦友和の演技に惹かれつつ、寝ました。実はこれ、映画館でも観たのですが、その時も寝てしまい、今回は観た事も忘れて借りてしまった。。。。
僕の記憶が"点々"という事でした。

金曜日, 7月 25, 2008

イノベーションジレンマ

最近、といってもこの何日かマイ・ブームなのが「イノベーション・ジレンマ」である。



日々、製品やサービスを作り出し、同業他社との競争に切磋琢磨している中でこのジレンマは起こる。
通常製品は、生産され販売されている中で消費者のニーズを拾いながら、あるいはより人気のある他社の仕様を拾いながら、よりよい製品へと改善されていく(持続的イノベーション)。
しかし、その持続的イノベーションの活動自体が、気がついたら本質的なニーズ(人間の欲求)と乖離し、あるいは、ニーズが時代とともに移り変わり、あるいは、根本を揺るがす技術革新によって、新興企業にそのマーケットをかっさらわれる(破壊的イノベーション)、そのジレンマ。


たとえば、その昔、ラジカセは一家に一台、いや、一部屋に一台ぐらいの勢いで「普通はあるでしょ家電」だった。それほどオーディオマニアではないけど、音楽は大好きな人は、手軽にラジカセで音楽を聴いていました。でも、今、音楽好きはどうしているのでしょう?
いろんな人がいるとは思いますが、ま、多くの音楽好きはiPodで楽しんでいます。
iPodを作っているAppleという会社はラジカセ、あるいはオーディオの会社だったでしょうか?


そんな事から、そもそもイノベーションは、企業が生き続けたいという欲求を源にしていてはいつかしっぺ返しがくる。自分が携わる製品やサービスは人間のどんな幸せへの欲求に応えるのか(上述では「手軽に音楽を聴きたい」)を忘れちゃだめなんだなぁ、という話でした。
そして今、今までは「幸せへの欲求≒快適さの追求」だったことが「幸せへの欲求≒(環境にも配慮した)ある程度自然な中での快適さ」に変わってきている事も忘れちゃいけない、、、などと考えるのでした。


なんか、文章にしたら至極当たり前。なのに、気になったということは、僕がその事実(幸せへの欲求に応える事)を忘れていた、、、ということかな。
根本を忘れては幸せは続かない、、、ということ。


【はみ出し】
●ラジカセもiPodも、人が歌う「唄」にはなれないんだなぁ。まだまだ破壊的イノベーションの余地はある。
●古い映画で、蓄音機はゼンマイ?かなにか手回しで聞いていたような気がするけど、そんなiPodがあったら素敵かもしれない。
●液晶TV+ラジオ+DVD+iPod+巨大スピーカー+折りたたみ/分割機能+目覚まし時計+メール機能、なんていうNeoラジカセも欲しくないけど見てみたい。
↑限りなくモバイルPC+スピーカーだな。。。。トースターもつけるか。。。
●あまりに天気がよいので「太陽電池セット」を調べてみてるけど高いんだよねぇ。iPodぐらいなら太陽電池で動き続けないかなぁ。
●「ミニマンゴー」よりも「ちびマンゴー」の方が可愛い!
●「イノベーション・ジレンマ」と「ジョンレノン・イマジン」は似ている。

Tile :John Lennon - Imagine


Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
No hell below us
Above us only sky
Imagine all the people
Living for today

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say that I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

Imagine no possessions
I wonder if you can
No need for greed or hunger
A brotherhood of man
Imagine all the people
Sharing all the world

You may say that I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one



『イマジン』訳詞 忌野清志郎 (1988年)

天国は無い、ただ空があるだけ
国境も無い、ただ地球があるだけ
みんながそう思えば
簡単なことさ

社会主義も、資本主義も
偉い人も貧しい人も
みんなが同じならば
簡単なことさ

夢かもしれない
でもその夢を見てるのは
一人だけじゃない
世界中にいるのさ

誰かを憎んでも、派閥を作っても
頭の上にはただ空があるだけ
みんながそう思うさ
簡単なこと言う

夢かもしれない
でもその夢を見ているのは
きみ一人じゃない
仲間がいるのさ
平和に生きている

水曜日, 7月 23, 2008

沖縄の甘味

本題に入る前に、、、
相変わらず、ほぼ毎晩、家の中に出現するヤモ君と格闘してます。
地元の人に聞くと、どうも家の中にヤモ君一家の通り道があるらしい。
ゴキブリホイホイという手もあるらしいのだが、殺してしまうのは忍びないので、ヤモ君専用鍋つかみを用意して手作業で排除できるようにしていこうと思う。
まだ、素手で掴めるほどには心が通い合っていないのだ。
(涙)





【沖縄ぜんざい】
さて、「沖縄ぜんざい」の話。
沖縄では「ぜんざい」というとカキ氷の事である。アズキとシロップと氷。
アズキは大きめのモノでナイチ(本土)でいうところの「金時」とは別物。
また、抹茶シロップなども使わない。シロップは単なるシロップ。
しかも、このアズキはトッピング的にちょこっと乗っかっているのではなく、底にたっぷり入っている。
お腹が一杯になるほどである。

ここのところ、この「ぜんざい」のしかも「ミルクぜんざい」にハマっている。
器の下から、あずき>氷>シロップ>氷>あずき>ミルク、な感じで出てくる。200円~300円程度。
もう、「大」なんか食べたらランチはいらないのである。涼しいのである。


【ミニマンゴー】

マンゴーは高級品、ましてや特産品としてナイチに送り込まれるマンゴーは、大粒で傷がなく大切に大切に取り扱われたもの。
でも、マンゴーだって農産物なわけで、傷もつけば小粒のものもある。
これが地元では手に入るのだ。

そうは言っても一粒100円ぐらいにはなるのだが、これが旨い。しかも皮ごと食べられる。

そもそも、フルサイズのマンゴーなんて、食べなれてないからカットにも困るのである。
昔ファミレスのバイトで「マンゴーフェア」の時のカットしか出来ないのである。
フォークを種に突き刺して皮をむくしか知らないのである。
これは、面倒で、まだ巨峰を皮を剥いて食べるほうがいいぐらいである。
だから、決して高級だからというわけではなくて、面倒だからマンゴーは食べないで生きてきたのである。
(長い言い訳になってしまった。。。)

ということで、ミニマンゴー。
沖縄に来る機会があったら、JAとかの直売所によってみると売ってたりします。
お試しあれ。





【島バナナ】

普通のバナナより小さいモンキーバナナ?が、観光向けはもちろん、たまにはスーパーでも見かけたりします。
でも、先日、果物を沢山取り扱っている物産店で、普通サイズのバナナで沖縄で清算されたものをみかけました。全体に緑色をした大きな房のバナナ。
熟すまでに数日の間、部屋の中に吊り下げておくのだそうだ。
これもいずれ試したいな。

日曜日, 7月 20, 2008

侵入者



僕と仲良くしたがっているのはホオグロヤモリらしい。

ここのところ毎晩である。
何がって、ヤモリ君、ヤモリさん、ヤモリちゃん、ヤモリ様、ヤモリご一行様、ヤモリお礼参り、ヤモリツアー、とにかく毎晩といえばヤモリに決まっているのである。

家に帰ってきたときに、玄関にへばりついていた事がある。
風呂に入ったとき、天井に張り付いていた事がある。
もはや、窓ガラスの外に張り付いているのはどーでもよい。夜は窓は開けないのだ。
しかし、しかししかし、夕べは子供ヤモリ(どうも、一ヶ月ほど前からチッチッチッと深夜に激しく泣いていたのは子作り中だったのか??)である。窓の内側である。そう、子供ヤモリはサッシの隙間ぐらいは楽勝なのである。
※写真はチビたち。大人は肖像権を主張するので撮影していません。(怖いわけではない)

一昨日の玄関に張り付いていた奴も子供。
この子は尻尾が無かった。その前の晩に窓ガラスの内側で発見して、発狂しそうになった僕がほうきで追い払ったときに負傷した奴だ。その千切れた尻尾がいつまでも動いていたのは、もう、忘れたい記憶No.3ぐらいの記憶になったのだ。

そして、今夜。
日中は暑いから、家の中にいるとクーラーガンガンで、不健康極まりない事になるのでチャリで隣の隣の町まで出かけていた。フルーツ村みたいな果物沢山取れまっせ、的な村。
そんなこんなで汗だくで帰ってきて、床屋に行って、シャワーを浴びて、さぁ、ご飯の支度、大家さんから貰ったナーベーラー(若いへちま)を料理しようとしていたときの事件だ。
善良な市民。温和で友好的で近所の評判もよく会社でもなかなかの逸材な人物。
休日も穏やかな一日を過ごす、なんだったらうちの嫁に、あ、おじさんじゃあ嫁には迎えられない、、、つーぐらいの僕に神は試練を下さった。


ちらっと見た台所の床まである大窓。
はいはい、いますね。ヤモリ君。
窓に張り付いてるのなんて、見慣れたものです。「オッス、切っても生えてくるのは尾っす」ぐらい大人のジョークだって言い合える仲。
しかし、、、えーーーーっ、何で君はお腹を見せずに背中を見せているの?
おかしいでしょ、ガラスに張り付いたら、お腹を僕に見せるでしょ。
だいたい、君は大きいよねー。15cm近くもあるし、大きく肥えてるし、よく育ったよねぇ。
、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、
ΘΣΕΔⅡλ○△×ぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉぉおおおおおおおーーーーーーーっ!
君は窓の内側に張り付いている?
いや、そんな事はないよ、背中にも吸盤があるんだよ、、、、、って言ってくれーーーーっ!


はい。内側にしっかりいました。
子供じゃありません。親です。
警察に電話しようかと思いました。いけませんか?
税金を大人のヤモリの不法家宅侵入罪で訴えてはいけませんか?


相手は大人です。僕の奇声にはビクともしません。
よく考えました。最初にすべきは、「話し合い」だと悟りました。
相手が不法侵入にもかかわらず、大人の僕は、お願いしました。
「出ていって頂けますよね?」「窓を開けたら出て行くつもりだったんですよね?」
普段の1.3倍ほど手を長く伸ばし、窓のロックを外しにかかります。
ロックは二箇所あります。
まず一箇所。
ガラスに振動が起こります。ヤモリ的にはマグニチュード3クラスの「くすぐったい」ぐらいの震度のようです。ちょっとだけ移動します。

「よしよし、後一つロックを外したら開けてあげるね。」

もう一箇所のロックを外にしかかります。
爆発物処理班の気持ちが良くわかります。
それにしても奴はすごい身体能力です。僕が彼のように垂直のガラスに張り付いていられたら、北京オリンピックに出ていることでしょう。
そんな悠長な事を考えている余裕などないのですが、彼は、何を思ったのか、チョロチョロと移動します。なんと、、、、、次のロックの近くにです。
仕方ないので、腕をさらに伸ばし、多分1.5倍にちょっと足りないぐらいまで伸ばし、ロックを外します。

今度はマグニチュード4クラスの「じっと立っていられない」ぐらいの震度だったのでしょう。
その揺れに対し、僕が彼のように出来たら北京オリンピックで金メダルも夢じゃないであろう俊敏な動きで、ガラスの上をスラスラと音もなく移動します。
その動きに負けない瞬発力で、僕も後方へ1.5mほどジャンプします。負けられません。


さて、爆発物処理班は仕事を終えました。ロックは外れています。
しかーし、奴もあっぱれ、その時、既に天窓へと移動しています。これは、いけません。ありえません。僕は下の窓(何窓って言うのかわかんないけど、人が出入りできる床までの大きな窓)を開けられるように危険手当も請求せずに爆発物処理班の仕事をやり終えたのに、天窓に移動なんて、そりゃないぜベイビー。

しかたありません、爆発物処理班は既に帰りました。
僕は、今や、カタクシンニュウシタヤモリヲオイタテル専用となった「必殺ほうき」、を持ち出します。
窓をちょっとだけ開けます。(一杯あけたらどんだけ入ってくるのか、その恐怖からちょっとしか開けられません。)
ほうきで、天窓の彼のそばを刺激します。マグニチュード2.5程度の刺激です。
あろうことか、彼は家の天井近くの壁に移動します。
「そっちはダメ~~~~~」
この家に僕一人だとしても構いません。
ちゃんと発声します。大きな声できちんと話します。
「そっちはダメだって言ってんじゃーんっ。頼むよぅ。」
基本は、話し合いです。語りかけます。

ほうきで彼の進行方向を邪魔しながら、格闘3分、ようやく、彼は開いた窓の隙間から外に出ます。
僕は勢いよく窓を閉めます。



・・・・・・・窓の外は網戸。
彼は網戸とガラスの間で、「だから、どうしろっていうんだよぅっ」と網戸に張り付いて、やはり、背中と目をこちらに向けて訴えます。
その目が一瞬、ニヤッとしたように見えたのは気のせいでしょうか。
僕は、「入ってこられるんだから、出られるでしょう。よっ、金メダル!」と励まし、カーテンを閉めました。




30分ほど経って、カーテンを開けると、おとなしくさっきの場所に張り付いてました。
仕方ないので、「動くんじゃないぞ」と念じ、窓を開け、網戸をずらしてあげました。

この分だと年内には、きっと僕の超プライベートゾーンまでやってくるに違いありません。
もう、僕は、ヤモリと暮らしている事を認めるしかありません。
いずれ僕はヤモリで出来ているなんてことになるのかもしれません。
そういえば、今の僕は、オトコヤモリって言うんでしたっけ?オトコヤモメ?ヤモリ?

それまで、なんとか話し合いで解決したいものです。
※小動物に怯える生活は、「Tシャツの背中のタグがくすぐったいだけなのに飛び上がる」「携帯着信のバイブに飛び上がる」などのように僕をまるで、小さい飛び上がる虫、のような存在にしていきます。
※※ナーベラーは炒めてもお味噌汁なんかの具にしても美味しいです。ナスと同じような感じで「使える」野菜です。
※※※床まである大きい窓は「掃きだし」っていうそうです。
←気が知れない本

金曜日, 7月 18, 2008

太陽と北風:ドーパミン型/ノルアドレナリン型モチベーション

職場、組織で大切なもの、絶対に失ってはいけないものは何か。
それはモチベーション。
お腹がすかなきゃ食べられない、モチベーションが無ければ仕事は出来ない。


モチベーションは個人個人が感じるもの。
だから一人一人が違うモチベーションを感じていて、違っていてもいい。
例えば、休日の楽しみが仕事のモチベーションの人もいれば、給料が仕事のモチベーションだったり、家族的雰囲気がモチベーションだったり、仕事大好き!がモチベーションだったり、その組み合わせだったり、一人一人違うのは当然です。


とはいえ、職場全体が総合的に「モチベーションが高い」状態でなければ組織の力なんて発揮できないでしょう。
職場の半数以上がモチベーションが低い、そんな状態になると、モチベーションハザードの状態になり、終身雇用を放棄した会社では離職率がどんどん上がっていきます。
あ、終身雇用もモチベーションの一つなのかもですね。


個人個人様々なモチベーションがある中で、モチベーションの低い人が増えると言うのは、その組織の運営状態や組織の人(主に上流、管理職)に致命的な欠陥があるのだと思います。よく、モチベーションの低さを、その組織に所属する人たちの意識の低さとすり替える管理者がいますが、それはあり得ません。
管理者しか職場のモチベーションをコントロールできないのですから。給料を決めるのも、残業を奨励するも削減するのも、自由に発言できるのも、直接関わろうが関わるまいが、管理者と呼ばれる人の責任なのです。

モチベーション低下で最も怖いのは、モラルすら崩壊する事です。
モチベーションハザード→離職率の上昇→利益低下→職場環境の劣悪化→更なるモチベーションの低下→→→「モラルハザード」による組織崩壊
です。持続可能な会社であり続けるためには末端組織所属員のモチベーションが必須なのです。



モラルハザードまで至る例。
あるお菓子会社。値段の割りに可愛らしくて美味しいケーキを作って全国展開していたとします。
工場でも売り場でも、社員もパートの人も、仕事に誇りをもって活き活きと仕事しています。
経営状態は、既に市場も飽和しており、それほどの伸びも無い代わりに、堅実な経営状態が続いていました。
ある時、経営者が交代し、体育会系的経営で元気よくなるぞーみたいな事になりました。
そこからこの会社の不幸が始まります。
現場には強烈なコストダウンの指令が降りてきます。最初の頃こそ、元々の無駄を削る事でなんとかしのいでいましたが、全国の工場、直売店舗、それぞれでコストダウンを競争するようになっていきます。
いつしか、賞味期限の扱いを誤魔化したり、多少の雑菌を見てみぬ振りをしたり、そんな事が常態化していきました。

この時、一番の問題は現場の一人一人の社員なりパートの方なりへのモチベーションへの影響です。
以前は工場などでは従業員が自社製品を喜んで安価に買って帰って家族と食べていました。しかし、これもコストカットの対象となり、それほど安価でなくなったばかりか、そもそも賞味期限のごまかしや雑菌の取り扱いの裏を知っている従業員は「自社製品だけは家族に食べさせない」という意識に変わっていきます。

自分の家族に食べさせないようになってから、製造現場では、「食品を取り扱う」意識は一気に低下します。「値段のつくモノ」を作っているだけです。
もはや、無視できない品質にまで製品の品質は低下していきます。
この状況に正義感のある従業員は管理者にクレームしますが無視されます。結果、正義感の強い人は辞めていきます。モチベーションの低い人が残るため、後から採用される人も長続きしません。
製品の品質は以前の状況では「あり得ない」レベルにまで落ちます。もう、腐ってたって平気です。
こうして、この会社の製品の品質がいつか公の場に明らかになった時、この会社は、もはや存続できない状況となるのです。
ここまで書いてきて、これって、大戦の日本の「過ちに気がついても後戻りできない組織」にも共通しているような。。。



さて、話を元に戻します。

人のモチベーションは「不快なことを避ける」「快適な事を追う」の二種類によりモチベーションが上がったり下がったりするのだそうです。
「不快な事を避ける」(怒られる:ノルアドレナリン型モチベーション:北風)に起因するモチベーションは短期的にはすごい効果があるそうです。しかし、長続きしないようです。
「快適な事を追う」(褒められる:ドーパミン型モチベーション:太陽)に起因するモチベーションは短期的には特に変化が無いように見えるのだそうです。しかし、長期的には着実に効果が出るのだそうです。



さて、北風的なものの例。
●朝礼でゲキを飛ばす
普通の人は、きっと、朝はそんなにテンションは高くないものです。少なくとも私はそうです。
そんな朝礼で、飛び上がるほどビックリするような大声で「オハヨーっ!ゴザイマスっ!」などと叫ばれ、その後、「声が小さいですよ!もう一度!」などと言われたりすると、何か特別なイベントの日ならまだしも、毎日ではもはや元気が出るどころか、お腹が痛くなって帰りたくなります。
●過度に競争心をかきたてる
少数精鋭を育て、その精鋭が事業を引っ張っていく、そういう職場であればそれも良いかもしれません。
しかし大人数で組織的な成果を出していくような職場の場合、多少は競技種目を増やしても大概トップグループには同じ人たちが顔を連ねる事になります。
これは、言い換えれば、競争をすればするほど多数の人は「自分は賞は取れない」というネガティブな感覚を積み重ねる事になります。種目を増やして毎日やればやるほど多数の人たちにとっては逆効果なのです。
●精神論(厳しい系の精神論)
精神論、いいですよね。私も否定するものではありません。
しかし、精神論は一人一人の目をきちんと見て、親が子供に伝えるように気持ちを伝えていかない限り、伝わりません。
1対Nで精神論をぶつと、言われたほうは、いいとこ「なんか暑苦しいからやってあげるかな」ぐらいのものです。自分で率先して取り組むような気にはなかなかならないものです。
●権威主義、目上主義
先輩を立てるべき。これも基本は正しいです。私もそうしてます。多分。(汗)
しかし、自分が目上の人には実践すべきですが、自分の(役割として)下流にいる人に対して要求してはいけません。
職場は、いろんな歴史、いろんな経緯、いろんな経験を積んできた人たちの集まりです。
どんな立場の違いであっても、お互いに相手をリスペクトするという意味で、先輩/後輩の論理は危険です。

ということで、管理者は多数を相手にする限り、日常では北風を武器に使ってはいけないのです。
ドーパミン:太陽に勝るものなし。
ノルアドレナリン:北風=日本的体育会系的なものは短期決戦に取っておこうっていう話でした。

月曜日, 7月 14, 2008

ナマカとシノターかんじ①

この週末、万座ビーチで25年の歴史を誇るハーリー(ボートレース)大会に出場した。
大きな声ではいえないが、横浜、江ノ島、大阪方面のどっか、琵琶湖?、方々の大会を荒らしているこの団体、実際のところは、ハーリー自体は箸休め的なイベントで、真の目的は仲間が集まることそのもの。(小さな声ここまで)
私にとっては前の前の職場を中心とした仲間との楽しい時間を過ごした。

あまりに楽しすぎて、関係者の皆様に写真を配る話は、今しばらく時間がかかりそうなことをこの場を借りてお断りしておきます。


大会前日に、関西/関東/北海道/九州/沖縄、、、おぉ、四国がいないっ、、から集まった仲間たち。みんな元気そう。
沖縄入り当日は沖縄組が観光地を案内。僕は沖縄組初心者なので、一緒に案内してもらう。
何処に行っても感じるのは、「広い綺麗な空」「広い綺麗な海」が最も人を感動させるということ。そして、飽きない。
綺麗な空と海を目にするたびに、住んでいたって、やっぱりため息が漏れる。


午後になり、パラパラと集まった残りのメンバーと高速のパーキングで合流。
あまりに久しぶりの仲間もいたりして、何故だか妙なノリで、体当たりのスキンシップ。
あるいは体当たりのギャグシップだったり、体当たりのシモネタシップ。
(この時点で、この集まりが「中学の修学旅行よ再び」的な事が確定)


特産品や名物に舌鼓を打ちながら、沖縄ぜんざいの残り汁(カキ氷の溶けた汁)を賭けたジャンケン大会。
自然公園?に行けば、公園のガイドさんに突っ込みを入れつつ、いい大人が真剣にブランコ遊び、そして真剣にヤギと戯れ、真剣に子豚を見て「旨そう」とのたまう。
もう、行動も言葉(到底、イイ大人の会話とは思えない、ウンチレベルの小学生会話)も子供に返っている、大人団体一行様。


宿(貸し別荘)でも、ちょうど中学生の修学旅行的なノリにお酒も加わって、大騒ぎ。
大人なところといえば、
①お酒は飲む。大量に飲む。
②BBQは食べられない。すぐお腹一杯になっちゃう。
事ぐらい。


中学生の修学旅行にしては、人生も語れちゃったり、あらマジ話しようとしてるぜこいつ、ちょっと聞いてんだから、♪ドはウンチのド♪、そんな唄最低、ヤバいっお尻が割れちゃいましたぁ、アチチ花火は手に持ってナンボっ、いてて頭から血が出てきた、花火は手で持ちましょう、イケイケさとー、いちにぃ・・・・サンっ、鈍いッつうの、何で水のペットボトルに泡盛がぁ、音楽聞こーよー、♪もう・・・♪、ふるっ、♪・・・おわりぃだねぇ♪、なんで結婚しようと思ったのか聞いたわけ、明太子は沖縄でも作ってる、たらこ味の明太子が出たんだって、みんながいいって言うからだって、みんな綺麗になったなぁ、セクハラ~触んないでよー、焼そば食べる人~、肉余ってるぞー俺のお腹ほらほら、もうこんなオヤジ死んでしまえ~、明日の大会パスでもいいじゃん寝坊しようよ、星が綺麗だよみんな見ようよってみんな寝てんかいっ!・・・
と夜はあっという間に更け、朝全員がボーっとしながら、二日酔いやらタンコブ(not単語ブーム)やら転倒の擦り傷やらを抱えながら無事に大会に出場を果たしお弁当を貰って引き上げた、チーム名「横濱海神(ヨコハマポセイドン)」なのでした。
↓「ハーリーの話はそれだけかよっ」て事です。



暑い、蒸し暑い、汗暑い、小便暑い、クソ暑い、、、風光明媚なビーチに似つかわない暴徒はそそくさと現場を離れるのでした。
10人を超える社会的責任を負ってるハズの中学生脳集団が、我が家への初めてのお客様となった(我が家のロストバージン)のはその一時間後なのでした。
・・・そのうち②につづく・・・

金曜日, 7月 11, 2008

長谷貴將(たかのぶ)医師

福知山線の事故で、現場から高速で1時間も離れた救急医療センターに勤務する
一人の医師が、
「あの規模の事故で医師が足りている訳が無い」
と判断し、1時間あまりをかけて現場に駆けつけ、救命医療に関わったそうです。
斉正会滋賀県病院救急医療センター センター長の長谷貴將(たかのぶ)医師。

あの悲惨なマンションの駐車場に突っ込んだ一両目付近の救命を担当し、
マスコミなどにも「瓦礫の下の医療」として取り上げられたそうです。

彼の想像通り、現場はもちろん、近隣の病院も手一杯で医師など足りるわけが無く、
ましてや救命医療のプロである彼の現場での活躍は想像に難くない。

この人が、今年の2月、自殺していた。
この事実は、その後、遺族が勤務していた病院を訴えた事で明るみになりました。
「過重労働」が原因だったと遺族は訴えているようです。

病院は、救命医療センター長就任時の彼が条件で提示した増員に応えるどころか、
福知山の事故をテーマに講演活動(病院の宣伝)に取り組むように指示していたの
だとか。


たまたま、見かけた福知山事故の被害者のブログ。
当時自分を救出してくれた医師を探して、お礼に会いに言った話。
多忙にもかかわらず昼休みに会ってくれたのだそうだ。


そして訴えたのは85才になる父親。
病院は「長時間労働は本人の裁量」と訴えに真っ向から反論しているらしい。
もう、何もかもが悲しすぎる。

水曜日, 7月 09, 2008

アクセシビリティ(利用しやすさ)とソーシャルネットワーク

質問①
目が見えなくなったらネットを諦めますか?
・諦める必要はありません。そもそも、たまたま目が見えてる僕は普段気にせずにPCやネットを使っていますが、視覚障害の方々だってPCもネットも使っているのです。

質問②
WEB2.0とかソーシャルネットワーク、話題になる前と後、あなたの生活は何か変わりましたか?
・なんだろーなー。よくわかんないなー。でも着実にこの潮流は私たちの生活を変えようとしています。


さて、質問①/②を踏まえて、、、、

Wikipediaに代表される「ユーザー参加型コンテンツ」。
発想はネット上のBBS(掲示板)の緩やかな相互チェック機能を、もう少しシステマチックにして、とかく「便所の落書き」になりがちなネットのコンテンツの正確性や即応性を担保していくというもの。
これには、ある程度多くの利用者数が必要なんだけど、ユーザーから支持されたサイトに関しては予想を遥かに超えて成果が出ています。wiki無しではいられない人は相当多くなっている。僕もその一人。
wikiの話はこれぐらいにして、久しぶりにこの潮流を旨く活かそうとした、そしてうまくいきそうな、うまくいったらいいなというニュースがありました。


随分前、10年ぐらい前になるけど、休日に視覚障害者のお宅を訪問してPCのセットアップや調整のボランティアをした事があります。
彼らは、PCの画面を読み上げるソフトを使ってネットサーフィンやメールをします。
そこで、PCの設定がおかしくなってるのを直したり、音読のソフト("読み上げ君"とか言ってたかなぁ。。。)をセットアップしたりするボランティアです。


この活動に参加して知ったのは、よくネットについて言われる「情報革命」が本当に起こっているという事。
ネットが広まる前の彼らの主な情報源(ソース)は、点字に翻訳された書籍、もしくはボランティアにより音読されたテープなどに限られていました。あるいは家族が読んで聞かせるとか。
当然、目が見える人たちが入手できる情報量とは雲泥の差だったのです。
ところが、ネットでデジタル化された情報が広く公開されると、音読ソフトを使うことで、ハンディキャップの無い人たちと同じ情報に、同じタイミングでアクセスできるようになった。
それこそ、このままだと点字の識字率が下がるんじゃないかという事まで話題になるほどインパクトのある出来事だったのです。


これは、同時に「アクセシビリティ」という問題が起きてきました。
これは、W3CというWeb標準化を進める団体が決めたHTML(ホームページの書き方)の規格にきちんと沿っていれば、読み上げソフトである程度は大丈夫なんだけど、インターネット初期のシンプルなページの時代はともかく、最近はビジュアルを重視したホームページが増えて規格に準拠していない事も少なくない。
例えば、リンクボタンが無くて絵や写真の一部をクリックするようなホームページだと、読み上げソフトは適切にガイドできない。(電子音声で)「メニュー・リンク、シャシン(写真)1、シャシン2・・・」のように読み上げられても何がなんだかわからない。
作っているほうは(無駄に)見た目に華やかなページを作りがちだけど、まさか、そんな風に音声読み上げでアクセスしている人がいるなんて知らない。
でも、読み上げソフト経由でアクセスしたかった人にとってはもちろん、ホームページを読んで欲しい側にとってもアクセスしてもらえない残念な状態だったのです。


で、こればっかりはどーにも出来ないかなぁ、、、と思っていたところ(W3C準拠=アクセシビリティを判定するソフトとかもあったが普及したとは思えない。。)で登場したソーシャルアクセシビリティのプロジェクト。
専用の読み上げ機能付ブラウザでサイトにアクセスすると、必要に応じて、そのサイトが読み上げソフト用には表現できていない情報(「シャシン1,シャシン2・・」、、とか)を、ユーザー相互に登録しあった補完情報を参照してガイド(「シャシン1セイヒン、シャシン2サポート・・」、、とか)してくれる。当然、補完情報の充実が必要なわけで、読み上げソフトで再生出来なかったサイト情報を登録すると他の(見ることが出来る)人が補完情報を登録する仕組みになる。

ここまでは、なんであれ大量の情報メンテナンスが必要になって大変だろうなー、、、っていう話。でも、ここからが凄い。
サイトごとの修正数のランキング表示もされるので、「たくさんアクセスされるけどアクセシビリティの悪いホームページ」の運営者はW3Cやアクセシビリティを意識したホームページを作るようになるきっかけにもなりそう。
例えば、ある企業が、"派手にネットで活動している割にアクセシビリティではワースト1位"なんて事になると、多分、自ら読み上げに対応したアクセシビリティの高いホームページに改訂する事になるでしょう。


ということで、今後の展開が大変楽しみなのでした。
ニュースはこちら
プロジェクトのホームページはこちら。

日曜日, 7月 06, 2008

サザエさんシンドローム

明日は月曜日。何とかして月曜日を回避したいと思う。
特に楽しい週末だった場合、その思いは妄想すら産みだす。
会社が火事になってたらとか、そーゆーのは危険だよ。

【月曜回避妄想その①】
突然、曜日が変わる。月~金・土・日じゃなくていいじゃん。
なんだったら、土・土・土・土・日・日・日ぐらいで良いと思う。
土・土・水・土・金・土・日もなかなか良いと思う。
内緒で僕だけ、金・土・日・金・土・日・日にしてくれてもよい。
日曜は畑を耕す日にしてもいいじゃん。

【月曜回避妄想その②】
3億円宝くじに当たっちゃう。

【月曜回避妄想その③】
3億円当たっている宝くじが部屋の中で見つかる。

【月曜回避妄想その④】
宝くじを買っていないのに、3億円の宝くじ当たり券が日ごろの感謝を込めて誰かから贈られてくる。

【月曜回避妄想その⑤】
新・年齢別休日制度発足。
20才は週休1日、30才は週休2日、40才は週休3日、50才は週休4日、60才は週休5日、70才は週休6日、80歳以上は週休7日。こーするとだね、僕は週休三日になるので、明日はお休み。
※理由というかこじつけというか屁理屈
どんどん早く進む時間、実際は、生きてきた長さに比較して時間を感じるから。

例えば、小学4年生のときの夏休み1ヶ月。長かったよねぇ。
これを、40才で感じる1ヶ月と比較すると、、、
1ヶ月/10年が小学四年生の時間の長さに対し、1ヶ月/40年だから、
40才だと小学4年生の四倍速く過ぎる。20才なら倍速く過ぎる。

で、この仮定が「そんなもんかな」と考えるなら、
30才までの10年、40才までの10年、50才までの10年は、それぞれ、
1/3、1/4、1/5となり、40才までの10年と50才までの10年は、
0.25:0.2で、20%スピードアップするはずなのです。

これはもう焦らなくてはいけません。
20%って言ったら、週末2日間の休日の5時間ほど、に当たります。
30才の人より僕は5時間も「アッと言う間に休みが終わる」事になるのです。
逆に30才や20才の人は休日が長くて時間をもてあまして、お金も溜まらないし困るわけです。
ね、なんかいい感じでしょ。
※若い人ほど業務時間が長く感じるっていうツッこみは無しね。オジサンは明日の月曜が問題なだけだから見逃してね。

【結局どうなるのか】
・明日、会社に行って、同僚にこのバカ話を披露して冷たい視線を浴びつつ「ガハハ」と笑って残業するのである。

【時間を感じるという事】
ちなみに、何もしないのんびりした時間、実際には「時間を感じる時間」なのかもしれない。
近所のビーチに行って、遠くで誰か親子連れが素潜りしているような、のんびりした休日。
ジリジリ照り付ける太陽を感じながら、汗が流れるのを感じながら、足の裏とサンダルの間に砂が巻き込まれても気にせずに、のんびり時間の動きを感じる。
思いのほか雲は早く形を変える事に驚いたり、ただベタリベタリと海底に張り付いているのかと思っていたウミウシが案外動いていたりとか、風は絶えず微妙に強さや向きを変えながら吹いているとか、セミが朝と昼では鳴き方が違うなぁと感じるとか、そんな時間。

空が見えるから、本当に雲をよく見るようになりました。これは楽しい。お勧めです。


まぁ僕のはバカ話だけど、こんな本もあるんです。

日曜日, 6月 29, 2008

東田トモヒロ

ここで暮らすようになって変わった事の一つに音楽の聴き方がある。
東京(横浜)での暮らしでは、通勤時間が読書/音楽の時間。
そしてここでは通勤時間は通勤のための時間。
会社まで(そりゃあアシスト付って軟弱だけどさぁ)は自転車を漕ぐ時間。
可能な限り、仕事は定時に終えて家に帰り、それからが音楽の時間。
夕飯の支度をしながら、近所を気にせず大音量で好きな音楽を聴く。
夕飯を終え、その日の気分で音楽を変えて読書したり。


そんな生活をしていると、気がついたらテレビは朝のニュースしか見なくなりました。
とりあえず、テレビを見なくても仕事は続いているし、同僚との話が出来ないわけでもない。
特に何も困る事はない。
サラリーマンネオぐらいは見たいけど、NHK位しか映りも良くないんだよね。あ、あれはNHKか。っていうか、まだやってる??


それとも生活そのものが観光気分だからなのかな。
ここ地元の街を散策していても、夕方になると、何処からともなく三線の音が聞こえてきたりする。なんか「イイ」瞬間。
琉球王朝の官僚は、中国の使者を(戦争回避の為に)接待するのである程度のレベルの芸事が出来たという。当時だって強大な中国の使者に対して、大和の国ならまだしも、小さな島琉球、その接待は「国を賭けた」ものでそれはそれは重要なものだったようだ。
その後、ペルーが江戸に到着する前に琉球に立ち寄り、「拳銃も刀も持たない人々が社会を構成する類まれな平和な国」と琉球を評した。
そうやって、音楽/唄/踊りなど様々な文化を産み発展させたのだという。
※その"優しい"文化に甘えて米軍基地を押し付けている本土の問題はここでは触れないが。。。


そんな今、僕のお気に入りの音楽。東田トモヒロ。
よく考えたら、彼も「キムタカ」の平田さんが島に帰ったように、生まれ故郷の熊本に住みながら、メジャーとマイナーの狭間で活動している。
「天才」とか「詩人」とか「技巧派」とかは似合わない。
「そのまま」とか「自然」が似合う音と唄。

彼の新しいアルバム。
「この世で一番好きな歌」
これまでの期待を裏切らない、自然なメッセージ。
人との繋がり、自然との繋がり、唄との繋がり、大切なものを見失いがちな世の中と、大切なものをわかっている事の素晴らしさを唄う。


このアルバムにも入っている彼の曲に、
「血を流す代わりに、愛すべき誰かの為に汗を流す。それは少しでも笑顔でいたいから。
・・・・War is not answer, its only answer・・・それは理想でもかまわない。胸の柱に刻んだ言葉。」
と唄っている曲がある。


そう。理想なんて照れくさいから言わなくてもいい。
だけど忘れないように、唄っておけ。
唄えないなら聞いておけ。
そして、忘れないように、心に刻んでおくといい。
いつか必ず必要になる事だから。

それにしても、トモ君といつも一緒のドラムのダイ君。
彼のプレイスタイルが「サンダーバード的正確無比ドラムマシンスタイル」から「ウットリロマンスインググルーブスタイル」に変わったのは何故?
見ている僕のほうが照れくさくなるほどの変わりぶり。
知っている人がいたら教えてください!

木曜日, 6月 26, 2008

キムタカ

キムタカといっても何のことかわからないのはナイチ(本土)の人。
漢字で書くと、「肝高」で、"志を高く持つ"意味を持つのだそうだ。

そのキムタカという本を読んだ。
中年の僕に、「情熱」が込められた日々、その積み重ねが持つ素晴らしい力、そんなことを再認識させてくれた本。

沖縄で巻き起こった、子供たちによる演劇活動を中心とした一大ムーブメント。そのムーブメントわ期せずして巻き起こした若者が書いた本。(マーケティングだとかビジネスモデルだとかでは絶対に起こりえないムーブメントなのです。)
そのムーブメントの始まりは、沖縄の寂れつつある歴史ある街の再生の話。街の再生を子供たちを通じて実現する話。いや、子供たちが親を、大人を、最後には地域を動かしていく素敵な話。


正直、実話なの!?っていうほど、ロマンのある、しかも、つい最近の話。


何がすごいって、沖縄全体を揺るがすようなムーブメントが、最初は本当にたった一人の純粋な情熱から始まったことに驚きます。そして、その情熱の源は、ただただ純朴に正直に自分の生きる意味を問い、自分の成長を支えた両親への感謝、そして、自分の感性を育んだ環境への感謝の気持ち。


この感謝の気持ちが半端ではない。
筆者の平田大一さんは、自分を構成するものが何かを真剣に考え(しかも大学生の若さで!)、自分を構成する人や環境への感謝の気持ちに真剣に向き合う。
結果、東京で掴みかけていた表現者としての成功に安住し活動の場を東京にすることよりも、自分を育んだ"島"(小浜島:沖縄の離島)で暮らしていく事を決断する。


当然、生活は厳しく表現者として大衆の賞賛に触れることも無い生活。普通の人の感覚では、ここで、「やっぱり都会に行かないとダメだ」と感じてしまうところ。島の人たちも、「何で東京の大学にまで行っておきながら帰ってきたんだ」と戸惑う。


しかし、彼は誇り高く(キムタカ)自らを育んだ土地を愛し、土地が育んでくれた自分自身を愛し、一人で出来る事(投資できるわけでもなく、本当に最初は小さな活動)から始め、それが沖縄全体を包み込むようなムーブメントへと発展していく過程は、とかく中年になって失いかけている情熱というものをもう一度信じずにはいられなくなるような、とても元気が出るお話でした。


一つ一つのエピソードが、子供のエピソードであれ、大人のエピソードであれ、もちろん平田さんのエピソードであれ、深く心を打たれっぱなしの一冊でした。
(嬉しい涙を流したい時に読むと良い本です。)



ちなみにこの本。休日に近所の中学校のバザーに立ち寄った際に、PTAのお母さん?に薦められて購入しました。本当はその場で、その後も脈々と続いている中学生の演劇のチケットを売っていたんだけど、自転車では行けないさそうな所(ヒヨっちゃいました。。)だったので、代わりに本を売ってくれた(買わされた!?)のでした。
この本の買い方もなかなか意味深い、と、読み終わって思ったのでした。
間違いなくこの本は老若男女にお勧めです。

火曜日, 6月 24, 2008

耳無し芳市号、盗難をまぬがれる


もう、やりたい放題、っていうか、「おじちゃん、鍵外していい!?」って聞かれちゃ、やってみなさーい!ってなるわけで、「うほほーい」ってなって、もう皆でいろいろ試してみるわけです。
←二人がかりで鍵外しに取り組む風景。明るい。




これがハッカーの起源。
間違いない。
ほぼ本能。
DNAレベル。
知恵も知識も無いのに暗闇で母親の母乳を探り当てようとする力。
そして、それは見つかり、生命を繋いでいく。


そういえば、C●TI BANKのオンラインシステムがリアルタイムにハッキングされた(銀行の基幹システムがネットワーク経由でハックされた事は無い)疑いがあるらしい。
こうなると、もう、振り込め詐欺とかオレオレ詐欺とかクレクレ詐欺とかモンデモンデ詐欺とか目じゃなくなるのである。
だって、無理して誰かにATM操作してもらう必要が無いもの。
自分でカードこしらえて自分でATMに行って好きなだけ下ろせばいいんだもの。


うーん。どうせなら慢性的残高不足の僕の口座の"0"(ゼロ)も横に増やしてもらいたいものだ。
ご利用は計画的に!

月曜日, 6月 23, 2008

「黒船iPhone」「よされよされ」の意味

※最後の床屋さんの話まではつまらない話です
先日、孫さん(って書いたからって面識はない)の発表もあり、いよいよ、iPhoneが国内で登場する。
これって、今の今まで気がつかなかったけど、その昔パソコンが数十万円もした時代にComapqショックといわれる黒船がやってきて一気に普及した時と同じような時代の転換期になりそうだ。


日本のケータイは世界でも類まれな進化を遂げてきたとはよく言われる。
僕が大嫌いな旧DんDん公社のケータイ端末(i-mode)なんて、悔しいけど最初のビジョンが良く出来ていて、ケータイを電話する機械ではなく持っている人の空いた時間の相手=暇つぶしに近い事をする機械として、肌色のお姉ちゃんがウインクしたり、肌色のお姉ちゃんが乗換駅を教えてくれたり、肌色のお姉ちゃんがニュースを教えてくれたり、肌色のお姉ちゃんがゲームしてくれたり、、、と、もう、肌色のお姉ちゃん大活躍で、キャリアとしては最高の「パケット垂れ流し端末」の先駆者だったのだと思う。
今では、辞書も路線図も天気予報もニュースもブログも全てケータイで済む様になった。


で、先駆者の土地にいる僕たちは、たまの海外旅行先で現地の人の携帯電話がピピピピッピピピピッとか電子音を鳴らしてるのを聞いて「着メロじゃないんだぁ」等と思っていたのだ
しかぁし、iPhoneである。同じiだからといって、iモードとかには対応しないのである。
もう、世界中の市場で流通するソフトが使えちゃったりするのである。
しかもキャリアは孫さんの所だけということではないと言う。


キャリア(Docomo,KDDI,SB)が牛耳ってきたケータイインフラ(プラットフォームとしてのケータイ)は、より下層のインフラとしてのみの機能(いかに大量のパケットをスムーズに届けられるか)を求められる事になる。コンテンツはappleのオープン(?)なプラットフォームに対応すればいいので同じコンテンツが他のキャリアでも使えるようになる。キャリアが違うから使えない、、、そういう事は無くなり、iPhoneじゃないから使えない、という事が起きる様になるわけだ。


Windowsという黒船でPCの業界地図が一気に塗り変わったように孫さんはいち早くキラー端末(実際はその端末で動くコンテンツ)投入で一気に塗り替えたいんだと思うよ。インフラやるならシェア取ってナンボだもの。

きっと、昔のPCブームやネットバブルのようなビジネスチャンスになるんだろうな。

その昔、電子手帳だ、PDAだ、と夢中になった時代もあったものの、正直、今はケータイで充分じゃんっていう自分。
mp3プレーヤーすらテーブルのDMやらタバコの空き箱やらの下に埋もれている。
(地方で自転車を移動手段とした瞬間に、移動時間は一生懸命移動する時間という宿命)



話は変わりますが、昨日、床屋さんに行きました。
床屋のオジさんは、カラオケマニアで、見事県大会を勝ち抜き、冬に新宿コマ劇場で行われる全国大会に出場するのだそうです。その彼の歌うサブちゃんの唄の歌詞に「よされ、よされ、と雪が降る」という歌詞があって、この「よされ」の意味を知らないかという話になりました。知らなかったんだけれど、ケータイでググると直ぐに判明。
「世去れ」の意味で、この世から疫病や不幸がなくなるように、、という意味でした。
「この世の不幸をかき消すように、降りしきる雪が全てを白くしていく」、そんな(かなり想像してますが、、、)歌だったとわかり、二人で感激した、そんな床屋さんでのひと時でした。
ケータイ便利じゃーん!

水曜日, 6月 18, 2008

怪我続き

昨日、自転車で転んだ。
転んだといっても、普通に走っていて、砂に滑って転んだとか、そんなつまらない転び方ではない。
冒頭につまらない転び方ではない、などと宣言して大丈夫かと思われるだろうが、かなりレアな転び方だ。
YouTubeに公開したら話題の動画になること間違い無しの転び方だ。
録画していないのが残念。。。


その瞬間はルンルンでベルピュンの直後に起こった。
(筆者訳;その瞬間は高揚した気分で契約勤務時間満了の直後に起こった。)

18:03:00、まだムッとする空気の中、チャリに颯爽と飛び乗り、オフィスの敷地内駐車場を抜け、ガードマンの立つ踏切に向かう。
18:03:46、アシストされなくたってスイスイ進むチャリ。この時間はオジイガードマン。ニコニコ笑いながらゲートを開けるスイッチを押す。
18:03:51、開いたゲートの下を通り過ぎようとする
18:03:52、突然ゲートが落ちてくる。
・既にゲートの直前なので見えていない。最初に気がついたのは額と鼻・口に何かがぶつかった事。
・この瞬間、慣性の法則どおり、僕のピカピカの耳無し芳一号は、私の体を離れようと全身を続ける。
・私の体はゲートに阻まれた私の鼻を中心にして下半身だけが自転車に付いて前進しようとする。
18:03:53、わけもわからず自転車/私が地球にハグをする。おぉ母なる地球よ。Love earth。
18:04:00、何が起こったのか、頭の中を整理しながら起き上がる。口の中に違和感。歯の詰め物が取れている。
18:04:15、脇に自転車を寄せ、言葉を失っているオジイガードマンに「顔、なんかなってますか?」と確認。
     オジイ「・・・・・」
     僕「ナンデコウナルノゥ」
18:10:00、しばらく詰め所で体の埃を落とし、顔をよくよーく触って出血が無いのを確かめ、自転車のペダルが欠けている事を確認するもの使用に問題が無いと判断し、腕の擦り傷が深くない事を確認し、オジイが言葉も失ったままそばを離れない事に、こちらが申し訳ない気持ちになる。
18:10:35、さて、気を取り直して外に出る。オジイも外に出る。
     ゲートがなんか辺だ。ぶらんと地面に着きそう。ゲートが僕の進行方向に曲がってしまって、降りた際にゲートを受けるU字型の柱に収まらなくなっているのだ。力尽くで直そうとするオジイ。「ゴメン、それを直すほど僕は元気が無い。」と心の中でオジイに声をかえけ、「大丈夫そうです。では、お疲れ様。」と言ってチャリで立ち去る。
18:12:54、敷地を出てしばらく走るも、顔の違和感(なにしろ顔面が痛いのだ)を感じながら、別の違和感に気がつく。
     「メガネが無いっ!」
     メガネを拾いに事件現場まで戻る。犯人は現場に戻るのだ。
18:14:03、現場に知恵の輪のように曲がった遺留品A(メガネ)、遺留品B(社員証/入館証)、遺留品C(ペダルの破片)を発見、回収する。
18:15:07、引きつった笑いをオジイに見せながら帰路に着く。「なんでなんだー」と呟きながらペダルを漕ぐのでした。

翌日。
夕べは鼻の回り全体が痺れていたが、今日はもう大丈夫。
そういえば、夕べ鏡を見たら鼻が曲がっている気がして、鼻の軟骨をクネッとやってみたら、治った。
今朝からは鼻のとおりも良く快適。まだちょっとだけ痺れてるけど。
そして、「ゲートは歩行者/自転車/バイクはゲートをくぐらずに詰め書の前を通る事」という新たなルールが検討される事になった。
オジイよ、新たなルールが出来た日にはヨロシク。


あ、タイトルが「怪我続き」となっているのは、先日のボート海釣りで、ハマったアンカーを引き上げる時に胸を圧迫したらしく、余りの痛みに病院に行ったら「肋骨を損傷している(ひびや折れた訳ではない)」との事で、バストバンドなる腹巻みたいなのをしていたのでした。ちょうど痛み止めも飲んでいるので、オジイイターゲート事件の痛みも一緒に緩和してくれているのでした。
ちなみにこちらの病院は、待合室はやはりオジイ/オバアの集会所と化していて、全く聞き取れない言葉を話しているのでした。
外国に来ているみたい。

日曜日, 6月 15, 2008

「おめでとう」

ストレスから体調を崩して会社を辞めた以前の同僚からメールを貰った。
田舎に帰って手に職をつけ(職人気質だったが本当に職人になった!)、就職先が決まったと言う。とにかくおめでとう。良かった。当時何も力になれなかったが、結果よければ全てよし、そういうことにしてくれ。おめでとう。



人間には人間に最適なペースがある。そして、その人間の中にも人それぞれのペースがある。
社会は一人一人の人間の為にあるはずなのに、いつの頃からか、社会=経済活動のターゲット、になってきた。経済活動に求められるペースは「スピード」だ。
自分が育った時の価値観をそんな簡単に変えてもらっては困るのに、せめて、必要な時間をかけてもらえないと多くの人がついていけないのに、やれ変革だ、それスピードだ、自己責任だ、、、
70年、80年の一生の中で、人は価値観を何度変えられるのだろう。案外柔軟だと思う。そう、多くの人は案外柔軟だと思う。でも、「多くの人」というのは何%の人?


いい学歴が一生を保障するというから酷い受験勉強を(青春を謳歌せずに)耐えて頑張ったのに?
←あなたの判断で勉強漬けだったんです。あなたの自己責任です。
マジメに仕事をしていれば、ちゃんと評価され、幸せな家庭を築いて健康な一生を送れたんじゃないの?
←マジメと評価は比例しません。あなたの自己責任です。
仕事をしたいと思っていれば、仕事が与えられ、食うには困らないんじゃないの?
←価値が無い労働力は不要です。あなたの自己責任です。


そのどれもが、経済活動の名の元に何の照れも無く反故にされていく。本質を考えるなんて無駄。考えるべきは結果としての利益。虚業が大手を振る世の中。。。
(H後屋はH後屋でいて欲しい。「お前も悪よのぅ」って言われ続けていて欲しい。皆がH後屋を目指したらどうなるのだ。誰が米を作るの?誰が人を助けるの?)
←回答:H後屋が米を作り、H後屋が人を助け、H後屋が対価をいただきます。



最近のニュースで驚いたのが(なんとなく考えてはいたが。。)石油、小麦/とうもろこし、二酸化炭素排出権、、、、この次に高騰するのは「水」なのだそうだ。
今の社会の延長に未来はあるのだろうか、と、考えさせられずにいられないニュースだった。


"水は「新たな原油」"のニュースソースはこちら。

海釣り(釣りに行かない理由)


ちょっとは職場に慣れてきたのか、忙しい一週間を過ごした。
そして週末、同僚の「船で海釣りして気分転換しようよイベント」に同行した。船も釣りもさほど興味は無いが(汗)一度経験するのは良いだろう。
※船を借り出す費用分担要員だということは後で気がついた。。。


朝、マリーナまで自転車。汗だくになって一時間で到着。
前の晩に用意した自画自賛せずにはいられない完璧なおにぎり。これを早く海上で食べたいと、それが最大のモチベーション。(笑)
そんなだから、とりあえず、その写真を貼っておこう。海の写真は他のブログで見ても同じである。(←ブログ自体も同じかそれ以下なのかもしれないじゃーん。自己満足の世界じゃーん。)


さて、マリーナを出て外海へ。なんという船か知らないが、小さいそのボートは、波を叩きつけながら結構なスピードで海上を駆け抜ける。
試しに船首の方に座ってみたが、ジェットコースター並みの揺れ、ジャンプ、飛ばされそうなほど。これは面白い。今日の収穫。「ボートでスピードを出すとジェットコースターの楽しみがついてくる。」(韻、知恵、ひねり、共になし)


15分ほどで本島から近い島。津堅島という島のそばにボートを停泊させる。
そんな小さなボートにもGPSと海底までの深さ、魚群探知機が搭載され、驚いた。特に海底までの深さは沖縄のように沖に出てもリーフの浅瀬が突然現れるようなところでは必須だと思った。


さて、停泊し、お借りした釣竿を垂らす。
今日は、釣りはやらなくていいやー、と思っていたのだが、擬似餌(ルアー)だったのでやらせてもらう事にした。


実は釣りは小学生の頃は良くやっていた。
近所の川で(海ではない。北上川。)よく雨上がりなんかは喜んで釣りに行っていた。釣りに行く前に庭の畑(庭なのかぁ、畑なのかぁ、空き地なのかぁ)の土を掘り返してミミズを捕まえて、バケツに無造作に放り込んでいくのだ。
ところが、小学校5年か6年?その頃のある日、喜び勇んで畑に行って土を掘り返す、いるいる、ウニョウニョと奴らは、より高等生物である魚類に食われんとするために今日まで土の中で頑張ってきたのだ。さぁ、おいで、神の手を差し出したそのとき、「うわぁ、、グロいよぅ」と、昨日まで田んぼを裸足でジャブジャブ歩いていたような僕は突然のミミズへの言われ無き嫌悪により、釣りを取りやめにした。
以来、一度も釣りはやっていない。千葉の海岸などをドライブすると釣り客向けの「ゴカイあります」の看板を見て、「ゴカイ」ってなんだ!?なーんて思った事があったが、ある日、その実物を絵(実物を絵って。。。)で見たときに「釣り人に近づくべからず」と思ったものだ。


さて、沖縄の釣り。どんな事情があるかわからないが、「島ゴカイあります」という看板を見たことがある。もう、想像なんてしません。とにかく、千葉のゴカイが島に来るとどういうことになるか、なのだろう。ピーマンみたいな島ししとう、米ナスみたいな島ナス、キュウリみたいなオクラ、象みたいな牛、新宿アルタ前の電光掲示板みたいな表札、もうなんでも大らかなのだから、「島ゴカイ」は誤解を受けるほどの生き物なのだろう。見ない、聞かない、食べない。
そう心に誓って参加したのだ。


そんな不安はルアーにより解決され、なにより、参加者(5名)のほとんど(4名)が内地の人でもあり、週末はゴルフ?海釣り?みたいなノリだったのだと気がついた。


で、ビギナーズラックも無く、美味しい(←ここ強調)おにぎりを海の上で食べ、竿を抱えながら昼寝し、二度寝し、目が覚めたら釣れていないからもう一度寝て、とても気持ちのいい休日を過ごしました。
釣れるのも南のお魚。うーん、ごめん。



そんなこんなで、船で海釣り、大いに結構、楽しいじゃん。
でもでも、やっぱり釣った魚は食べたい僕は、自転車で一時間かけていくほどのもんじゃないなぁ、などと思ったりもしたのでありました。
(なんなんだ、オチ無しかよぅ。)

月曜日, 6月 09, 2008

中年として気になる"the rest of my life"

映画(DVD)「ブロンドライフ」(2002,アンジェリーナ・ジョリー主演)を観た。

ジョリーの金髪の評価はさておき、なかなか気に入りました。
ジョリー演じるレイニーはキャリアアップを目指す地方のテレビ局レポーター。目指すは全米ネットのキャスター。

そんなバリキャリな彼女は偶然「自分が一週間後に死ぬ」事を知ってしまう。
死への5つのステップ、否認→怒り→取引→鬱→変容、を描いたストーリー展開。


ストーリーはおいといて(ググれば嫌というほど出てきます。。。)、劇中でlove measure?との問いに対して「I want to spend the rest of my life with you.」とのセリフが気に入りました。
異性への愛の定義としてとてもシンプルで、でも、家族愛や博愛など他の愛情とは異なる定義。
"the rest of my life:残りの人生"、そんなキーワードが気になるのはやはり中年だっていう事なのかな。
(汗)


レイニーは死の直前、全米キャスターの夢を果たす。そして死が訪れようとする、そして、「変容」する。全てを悟るのだ。
家族や恋人との関係よりも今の自分にはキャリアが優先すると行動してきた彼女。


映画ではハッピーエンドを迎えるのだけど、最後のシーンは「死を受け入れる彼女の変容。それが産み出した彼女の想像」だとも思える。
仕事に疲れた時に見るとよい映画でした。

※それにしてもジョリーはスッピンがいいねぇ。

日曜日, 6月 08, 2008

餃子の法則


昨日は休日出勤。最低な週末。。。。にならないために、今日は張り切って「餃子」を作る事にした。初めての餃子作り。




まぁ、レシピを見たりしながらおおよその予測をつけて買い物。「沖縄産豚ひき肉300g」の量に合わせてなんやかんや、ひたすら野菜のみじん切りをやったわけですよ。
なんか、いい感じに具が出来て、包む事になったわけですよ。
包んでも包んでも具が減らないわけですよ。
50個包んで具が1/3残ったわけですよ。
皮の分しか出来ないわけですよ。
知らなかったですよ。
冷凍したですよ。
ですよですよ。
ですよ。


というわけで、みじん切りに疲れた右腕をいたわりながら、今夜は餃子を好きなだけ食べるのです。
ビールもね。自家製ラー油もね。
はぁ、ちょっと元気が出てきた。
(これを書くまで、もう餃子を食べる意欲がそがれていました。)

金曜日, 6月 06, 2008

トップバリューよお疲れさん!そしてジャスコ詣で。

来ました来ました!
予想より早くやってきました。
「バイセコーウィズエレクトリック支援」またの名を「電動アシスト付き自転車」略して、「電動アシスト付チャリ」そう、電チャリ。


●水曜日
納車の連絡があり、残業もそっちのけで受け取りに。
(新車で最初に向かったのは残業の待ち受ける夜のオフィス)
おぉおぉ、いいじゃんいいじゃん。
しっかりカゴもつけてもらい、泥除けはオプションで後日という事で納車されました。



愛車トップバリュー号からボードキャリアを取り外し、新車に装着。
おぉおぉ、いきなりカゴ付、キャリア付、いいじゃんいいじゃん。


トップバリュー号は、自転車屋さんに引き取ってもらうことに。
お疲れ様。








●木曜日
そして、翌日、もう、盗難に遭う位ならと、いきなり油性マジックでカラーリング。
「耳無し芳一号」の出来上がり。


で、調子はどうかって?
もう最高。自転車の気持いい瞬間は、下り坂。
この自転車に乗ると、常に下り坂みたいな感覚になる。
ペダルは踏まなきゃダメなんだけど、そりゃもう、人生下り坂の私にピッタリ。


どこまででも時間が許す限り行けちゃう事になりました。


そんなわけで、仕事を定時に終えて、さっそく、投資を回収すべく宝くじを買いに15km近く先のジャスコに出かけることにしました。
道に迷ったりと、相当、遠回り(隣の沖縄市まで行ってしまった)したあげく、ようやくつきましたとも。巨大なジャスコ。
※宝くじは、そうそう売っている店がないのです。少なくとも僕の住んでいる町では売ってない。。


もう感激です。もっと感激してよ。えぇ、じゃあ少し。じゃすこし。ジャスコし。
なーんて、もう、駄洒落も恥ずかしく無いほどに感激です。
都会です。照明です。駐車場です。深夜までやってます。


入り口に行くと、ありました。懐かしい宝くじ売り場。よくぞここまで運を運んでくれたねぇ。
ちょっと涙ぐむ僕に、、、宝くじ売り場、、、、シャッター、、、???


【はみ出し】
宝くじ売り場に張り紙。

うーん、「お昼も休まず営業いたします。」かぁ。
確かに此処は沖縄でしたぁ。


ヤッホッホーイ、ジョンジョロリン♪

木曜日, 6月 05, 2008

送別会@那覇

以前、一緒に仕事をしていた仲間が那覇にいる。
このチームの一人が東京に赴任する事になり、送別会があると言う事で参加しました。
それは一昨日の夜、沖縄は激しい雨の夜でした。


うるまから那覇への行き方。
・タクシー:これは6000円以上かかるのでパス。
・高速バス:終バスが18時台に終わってしまうが、ほぼ、定刻運行。優秀。
でもたまに、満員(夕方、学生が結構乗ってくる)で、乗れない事も。
・路線バス:高速バスよりちょっとだけ安いけど、時間は倍かかってしまう。
・マイカー:無い
・マイバイセコー:遠い。さすがに辛い
・ニューマイバイセコー(予定):アシスト付なら気軽に行ける!?

ということで、高速バスで行くことに。
とはいえ、今日は雨。会社から高速バス乗り場(高速の料金所出口)までのタクシーを呼ぶ。
高速バスの時間を調べ、タクシーなら5分もあれば行くところを、20分前に来るように呼んだ。
僕の時間の最小単位は15分刻みぐらいなのだ。それ以上細かい時間はコントロール不能。
さて、タクシーが来る時間になり、オフィスを出るが、、、いない。
会社の敷地出入り口まで出て行くが、、、やはりいない。
警備の人と世間話をしつつ、5分過ぎたところでタクシー会社に再度電話。
タクシー会社の人「あぁー、、、あぁ、そうでしたねぇ。大丈夫です。直ぐ行きますよ。」
何が大丈夫なのかわからないが、とても柔らかい語り口でそう言われると、大丈夫なような気

になる。
話のとおり、3分ほどでタクシーが到着し、あっという間にバス停へ。
で、計算上では後5分ほどでバスが来るはずなのだが。。。。バス停の時刻表は違っていた。
もう、来る時間なのだ。ハラハラしながら待っていると、定刻にバスはやってきた。

そうやって、雨の中、那覇に向かった。


かれこれ5年以上前に出会った仲間たち。
今も若いけど、随分と力強く、逞しく、頼もしくなっていて、とても嬉しい限りでした。
そもそも、比較的離職率の高い職場、地域性の中で、この5人が一人も欠けることも無く、それどころか新たな仲間も増えて活動しているのは、奇跡的とも言えるような出来事。


自分の力が及ばない事がたくさんあって後ろめたい気持ちすらあったのが、全て吹き飛んだような気がして嬉しかった。


そして、チームに二人の仲間も増えていて、明るい前向きな、そして、ちょっとお馬鹿なチームカラーはそのままに、とても楽しい時間が、泡盛の酔いとともにあっという間に過ぎていったのでした。


豪雨の深夜、もはや交通機関はタクシーのみ。楽チンなタクシーで帰り着き、気持ちよく寝たとさ。どっとはれ。
(この時点で明日の通勤はチャリすら無い(会社に置きっぱなし)事に気がついていないのでした。)

月曜日, 6月 02, 2008

自動車購入へのプレッシャー

職場の同僚、上司、みんな中古自動車屋さんの回し者かというほど、車の購入を勧められる。

・本当に酷い雨の時は自動車じゃないと会社に来るのが大変
(既にそれなりに実績があるからか、"来られない"とは言われない。)

・自分の○○(車種名)を安く譲るよ。
(何故か必要台数+1台程度保有している人が多い。よくあるのが、自分+奥様+1台で三台とか。)

・せめて原チャリにしたら
(毎日汗臭いのかもしれない。。。)

・こっちにいるうちに、いろんなところに行っといたほうがいいよー
(言うほどみんなメジャーな所にしか行っていない。)
・・・

という感じで、気を抜けば、あっという間に自転車は倉庫行き。
しかぁし、この世知辛い世の中のニュースに私を救う神はいた。


(周囲)「だからさ、車買えばいいんだよ。楽しいよ~」
(私)「ところで、ガソリン代上がっているんだってねぇ」
(周囲)「そうなんだよ、もう、やってられないよ~。シャレにならない」
(私)「そうでしょう。大変ですよね。」
(周囲)「そうなんだよ。確かに自転車で通えるっていうのもいいかもだねぇ」

♪ザンザンっ

そうして大人の無駄話は仕事の会話へと移っていくのでした。

土曜日, 5月 31, 2008

韓国について

以前の職場、私の同僚に韓国の方がいました。
日本人と結婚し、お子様もいらっしゃって、異国日本で仕事をし生活している。


少し前に、その方のお父様が亡くなり、お国に帰るという事を聞きました。
お葬式で一時帰国するのではなく、そのまま韓国で暮らすようです。


言うまでも無く、大変お付き合いの古い国、韓国。
近いからこその紛争や競争意識が綿々と続いてきた国。
僕の食生活の中で、「焼肉」や「カルビクッパ」や「キムチ」など、切っても切れない食文化を持つ国。
(食生活は意識しやすいんだけど、あまりに日本の生活に溶け込んでいて他の文化的な影響について具体的にパッと思いつきません。勉強不足です。)


お父様を亡くされた彼と僕は同じ年代。
きっと、お父様も昨年亡くなった私の父と同じぐらいの年代だと思う。
私の父は、祖父の仕事の関係で海外を転々としていて、日本軍の衰退と共に(戦況と共に生活の場を追われた)日本に帰国、小学生の時に日本で終戦を知った世代。
当時の学校で、実際に竹やりを持たされて、空に向かって突いてみたりしたらしい。
海外暮らしから日本に帰ってきた父は、相当、「浮いて」いたのだろう。
小学校にまで監視だか視察に来た憲兵に(詳しくは聞くことができなかったが)対し、尋常じゃない怒り・恨みを持っていたようで、私が育った時は、誰が聞いても「左翼」「共○党員」のような話をよくしていた。


きっと、韓国の70代の方も、私の父と同じような年代で経験した戦争で心の傷を負いつつ、復興の中で夢を抱き、苦労し、家族を養い、新しい価値観や文化に戸惑いながらも生きてこられた方なのだろう。特にあの世代は「男性は家計の柱」「女性は家を守る」ような時代だったから、例え、学生であっても、家のために働くのが当然の世代というイメージ。
復興の後、韓国の亡くなったお父様の場合は、家族に日本人を迎え入れたのだから、複雑な心境もあったのかもしれない。


そういう私も、娘が何故か大学で韓国語を選択し、韓国に一年留学すること(努力の末、留学奨学金をゲット)になった時、快く送り出したつもりの割には、彼女の現地での生活で、特にボーイフレンドの話や、「△△なんかは、むしろ日本より便利」みたいな発言に、いちいち突っかかっていた。私の中にも、小さいつもりだったけど、結局、隣国に対する競争意識みたいなもの、えぇぃっ正直に言おう、「嫉妬」や「優越感」はあったのだ。


むしろ、直接接する機会から遠ざかってみると、単純に、どこの国、地域であっても「いい人もいる」「悪い人もいる」「好きな人もいる」「嫌いな人もいる」「好きな料理もある」「嫌いな料理もある」「慣れている」「慣れていない」だけの違いしかないのだと思える。
(正確には、基本的な人権が守られている国であることが絶対条件ですが。。。)


今、初めての土地で暮らし始めて、それがよくわかるようになった気がします。


「自分に自信が無い人ほど、ほんのささやかな優劣の判定に心を躍らせる」
そんな事が無くなっていくような自分になっていきたい。


友人のお父様のご冥福をお祈りいたします。&私の父の一周忌、天国の父に感謝。


川崎の焼肉屋さん"大将軍"のカルビクッパは僕の食べたいものランキングBest5にランクインしています!

水曜日, 5月 28, 2008

あれこれ昨日は自転車じゃなかったややこしい事情

よーやく来ました。梅雨です。
入梅宣言後も、「梅雨空けかぁっ!お日様かっかぁっ!」な日々でしたが、今朝、突然の豪雨。スコール。もう、バケツをひっくり返して、上下にシェイクして、自由落下運動に加速度をつけて、より早く水を地面に叩きつけたような、雨。
もはや雨雲がその重さに耐え切れず、雲のまんま落下してきたのかもしれない。
そんなそんな雨。


自転車はどうなった!?高級雨合羽はどうなった!?


今朝は寝坊した上に雨だったので、もはや勝手に親戚づきあいぐらい親しくさせてもらっている(単に馴れ馴れしい内地人:無知な人)タクシーの運転手さん○城さんの個人携帯に電話して迎えに来てもらいました。とさ。


雨はその後も、ザンザンジョロジョロと降ったかと思うと、お日様サンサンになり、かと思うとまた、ザンザンジョロジョロザンジョロジョロと降るという、南国っぽく降ったり止んだりを続けています。
さすがに外は「むーーーっ」としています。

早く、じょんじょろりーんぱっぱ、と切れよくいきたいものです。

火曜日, 5月 27, 2008

新しい友達

今夜は僕の新しい友達を紹介しよう。

実は、彼とは引越しの日に挨拶していた。お隣におばあと一緒に住んでいる。
おばあを守る事、それが生きがいのようなヤツだ。

引越しの日はバタバタしてたこともあって、彼が僕と同じぐらいの年齢だということ、最近、おばあにベッタリで、全然、外を出歩いていない事、そんな話を聞いた。挨拶はしたのだが、彼は、相当照れ屋のようで、唸ったまま奥へ消えた。

だいたい、彼は、深夜明け方でも平気で大声を上げるときがある。
そんな奇行をおばあは大変気にして、よく僕に「夕べはうるさかったでしょう」などと言うのだが、それ以上に、そもそも隣は田舎道にぽつんとある雀荘なのだから気にもならない。
雀荘にも負けないほど深夜まで音楽をガンガンかけているのは僕だったりして、むしろ、そっちがきになるほどだ。だからいつも声は聞こえているが、「いや、そうでしたか?気になりませんねぇ」などと誤魔化していたのだった。



そんな日から早一ヶ月が経とうとしている今日、タクシーで帰ってくると彼が隣の彼の家の玄関でおばあと佇んでいる。夕涼みのようだ。

「こんばんは」声を掛ける。
「あらまあ、お疲れ様。今日は自転車じゃ無かったの」とおばあ。
あれこれ今日は自転車じゃなかったややこしい事情(朝寝坊)を話した後、彼に声を掛ける。

僕:「涼しくなったから、たまには、一緒に下のビーチまで散歩しましょうよ。外の空気も吸ったほうがいいですよ。」
彼:「ウォーん」

という事で、彼、シェパード犬の「ラッシー」(←ここ笑うとこで~す)、オス7才は、無事に僕と一時間余り散歩してきたのでした。ちなみにこの家でもう一匹飼っている柴犬の名前は「キティ」です。
このネーミングセンス、シャレじゃないから凄いんです。全国広といえども、キティと名づけられた犬は皆無、ラッシーと名づけられたシェパードも、多分、いないと思います。

という感じで、夕飯は大部遅くなったけど、楽しい夜なのでした。


※一応昭和な話題なので補足1.
ラッシーといえば「名犬ラッシー」で、あれはコリー犬です。

※※これは昭和後期~平成の話題なので昭和中期団塊の方向けに補足2.

キティといえば「サンリオのキティちゃん」で、あれは猫ということになっています。

月曜日, 5月 26, 2008

水風呂(文通はまた今度)

暑い。暑い暑い暑ーーーいっ!

梅雨入りと共に雨は降らず蒸し暑い、どんより風も温かな日が始まりました。
そして、夜になるとイモリ君がケンケンケンケンッと鳴く毎日。

そう、その正に現代人としてのグッドアイデアは、梅雨入りのその日に発想した。
余りに昼間暑かったのだ。水道の蛇口から出る水が、充分お湯としてひとり立ちできる程だった。カップラーメンだっていけるような水。
確かにこちらでは、水道局は、湯道局という。水道代をお湯代といい、ミネラル水をミネラル湯、ソーダー水をソーダー湯、水割りをお湯割り、そんな感じだ。

で、翌日、「よし、こりゃぁ、お風呂は湯船に水を張っておけばお湯になるぜー」灯油代(こちらでは、お湯は灯油で沸かすのだ)も節約できるし、なんか、災害の時には、家の前で、近隣の人たちに水を分けて上げられる。「内地もんはやはり違うのぅ。」なーんて、もう、毎晩モズクで乾杯できる。島ラッキョなんて、ご飯代わりだ。


というわけで、水張りました。たーーーっぷり。
今、張った水で一日の汗を流す、これ三日目ですが、まだまだたっぷり浴槽には水が残っています。そうなんです、何故だか、浴槽の水は、いくら放っておいても水なんです。
もう、毎晩お風呂場で、ヒーーーッとかウッとか、西條秀樹にも負けないようなセクシーアクション&ボイスでダンスダンスダンス。


何がイヤって、お風呂上り。水風呂でさぞかし気持ちいいだろう、、、なーんて、そこのあなた、そんな風に思ってませんか?
だから、内地もんはダメなんだなぁ。

冷たい水を浴びた体は熱を発し、風呂上りは部屋の熱気と体の熱気で、自前の汗でシャワーを浴びる事になるのでーす。

※教訓
みんながやらない事には理由がある。

バベルの犬

横浜から離れる際に、きっと、こっち(うるま)では本は高いんだろう(単にBookOffが無いって意味)と思って、何冊か買い溜めして持ってきていました。

気負ってきたものの、電車通勤で無いという事は、強制読書タイムや強制iPodタイムが無いわけで、夜に気が向いた時にチラチラ読み進めてようやく一冊読み終わりました。

「バベルの犬」という本。犬系にちょっと弱いんです。
で、この本、バツイチの男が芸術家の女性と知り合い恋に落ちて結婚。女性が飼っていた犬も一緒に幸せな生活を送っていた。そんな幸せ絶頂なある日、彼女が庭のリンゴの木から転落死する。

その謎解きがベースになっているので、ジャンル的にはミステリーなのかも知れないが、実際は深い小説でした。
論理的な大人の男、芸術家の大人の女、飼い犬、の三者を通じて愛する事の本質を読者に気がつかせる、、、そんな感じの本。


クライマックス全てが解き明かされる最後の数ページは、一旦読むのを中止して、相応しい気持になれる時間に姿勢を正して読んだほど。

さぁ、次は何を読もうか。何を買ったかも覚えていないんだけど、上下巻ある本の上巻を読んでいたはずなんだけど、バッグ紛失事件で読みかけの上巻だけ無くしたのは痛いなぁ。

土曜日, 5月 24, 2008

文通


昨日梅雨入りしたうるまです。
梅雨入りと同時に、天気予報で雨の予報だったのに、今日は一日晴れ。蒸し暑い日でした。
とうとう、やってきました。南の島の夏です。


今日は早起きして万全の支度をして海行ったけど、湖。波無し。
チャリの場合、この時点で、「本日の営業は終了」となり、そんな海と日の出を見ながら、水筒に入れて持って行ったコーヒーを飲んで、引き返して後はグータラ土曜日。次のポイントという選択肢は無い。
ま、予報図見ててもここしばらくは無いだろうなぁ、とは思ってたんだけどね。


夕方に近所のスーパーにお米を買いに行って、ついでにその近所の気になっていた定食屋さん「フライパン食堂」で"フーイリチー"を食べる。グータラしすぎてもう夕方なのだ。
フーイリチー、こう書くと何の料理だかわかんない(僕もメニュー見て「これなんですか?」って聞いた)けど、「麩いりちー」の事で、「麩入り野菜とスパムを炒め」でした。美味しかった。
で、買ってきたソーキ(これはスペアリブの事)をシチューみたいに煮込んで煮込んで煮込んで、明日の楽しみに。このソーキは、沖縄そばの具としてよく使われていて、「ソーキそば」はこのお肉が具として載ってる。ソーキそばとはチャーシュー麺みたいなものか。


そして、夜になっても風は涼しい風なのに蒸しています。
今夜から蚊取り線香を出しました。懐かしい香り。でもBGMはLedZeppelin。


うるま暮らしで新鮮だったこと
・近所づきあい
 先日もモズクの酢の物が大家さんから届けられた。バーベキューの時の写真をプリントして持って行ったお返し(なんだと思う。もしくは怪しい住人を偵察か。。。)。
 ツールなら、Picasaアルバムで公開して、どーーーんなに離れた友人にも見せられるかもしれないけど、近所なんだから、お年寄りなんだからプリントがいい。
・気軽にバーベキュー
 準備もいい加減、集まる人もいい加減、時間もいい加減、楽しみ方もいい加減、解散もいい加減、で、これがとっても良い加減でリラックスできる。楽しむ事とは何かを考えさせられます。
・適当サーフィン
 ネットなんかに波情報は無い。そもそも、すぐ近くなんだから見に行けばよい。
 波がよければ入ればいい。波が無ければ海を見るだけでいい。
 でも、チャリはアシスト付きにします。(鼻息)
・雨は案外平気
 よく降ってます。でも、濡れるほどの雨は案外少ない。だからこちらの人は傘をささない。
 暖かいから辛くない。
 まぁ、これから、シンドイ目に会うんだろうな。。。
・車はいらない(かも)
 まだヒヨっちゃう部分もあるけど、まぁ、概ね車は無くてもなんとかなりそう。
 あれば便利だろうけど。
 クドイけど電動アシストに期待だね。

夜は更けていく、ヤモリはキュンキュン鳴く、遠くで犬の遠吠え、隣家の犬が遠吠えに応える、あれだけ寝たのにまた眠くなる。寝る子は育つ。

で、タイトルが「文通」なのは、最近、母と文通を始めた。
その事について書こうと思ったのだった。でも、次回にしよっ。
写真は通勤途中で咲いてました。

木曜日, 5月 22, 2008

人生下り坂、そして慣れない上り坂

変わった事
・電車通勤→自転車通勤
・レジャーの購入→近所のレジャー
・外食中心→ほぼ自炊
・飲み会頻繁→ほぼ無し

慣れた事、慣れない事
・自転車通勤
====慣れた事
========平地を移動する事、下り坂を移動する事、雨の日の移動(台風は未経験)
====慣れない事
========上り坂を移動する事
・近所のレジャー
====慣れた事
========財布を持たずに出かける事
====慣れない事
========上り坂を移動する事
・自炊
====慣れた事
========料理、お弁当製作
====慣れない事
========上り坂を移動する事
・飲み会が皆無な事
====慣れた事
========飲み会が無い事
====慣れない事
========上り坂を移動する事

結論
・上り坂をなんとかしたい。(涙)

だからって、パワーショベルで平地にするわけじゃあない。
上り坂だけなんとかするソリューションがこの世にはあります。それが電動アシスト式自転車。
時速15Kmまでは漕いでいる力に電気モーターがお手伝い。かといって漕がない場合はアシストしない。
そして、時速15Km以上のスピードでもアシストしない。


これって、いわゆる「支援契約」みたいなもの。
あくまでお客様が主体者でベンダーはお手伝いに徹する。
「請負契約」の場合は、漕がなくていいから目的地まで代わりに漕ぎましょう。って感じかな。
じゃあ、「アウトソーシング」は、何も考えなくても気がついたらゴールにいますよ、保障します。か。


とにもかくにもだ、上り坂の支援契約を結ぼうと心に決めたのでした。

火曜日, 5月 20, 2008

甘い雨

昨日月曜の朝、日曜の夕方から降り続いた雨は止まず、朝にはむしろ時折強くさえ降り続いていた。珍しく長い雨。(朝のニュースで首都圏の電車は乱れていたようですね。なんか、距離を感じたひと時でした。)


引越し前に、そんな日の為に用意した雨合羽。
ぬれてもいいスニーカーを裸足に履いて、雨合羽を着込み、カバンなどは濡れないようにサーフィン用の分厚いビニール袋に入れた。

いつもより、ちょっと早い時間、完璧な(雨合羽は完璧なものなのだ)いでたちで家を出る。雨が容赦なく降り注ぐが、なんといっても、暖かい。
いつもの下り坂、いつもは歩道に小学生や中学生がたむろしていて、自転車は走りにくかったりするのだが、雨の日は、誰もいない。誰一人、歩いてさえいないのだ。

そんなわけで、快適に雨の中を会社に向かう。
途中、おかしな事に気がついた。雨が甘いのだ。
最初は、自分の口の中が、朝ご飯につまんだ島ラッキョウの塩加減で、自分の口の中が塩っ辛いから甘いのかと思い、思い切り、口を開け、舌を出して確かめたが、やはり甘い。

爽やかに、うっすら甘いのだ。

そんな馬鹿な顔をしながら自転車を漕いで、あっという間に会社に着いた、そんな楽しい雨の朝なのでした。


話は変わるけど、最近、電動アシスト付き自転車に興味あり。
帰りの坂道が楽チンになるなら、車無しでも行けそうな気がしてます。

月曜日, 5月 19, 2008

FileStorageサービス

file storageサービス

ネットの便利さは、もはや便利な事すら気にしないほどになっている。
日々新たなサービスが産まれては消えていっている中で、最近、「便利だろうなぁ」と思ったサービスにFileStorageサービスがある。


これは、ネット上にファイルを格納するエリアを無料~有料で開放しているサービスで、各社、容量や格納期間の制約を設け利用者獲得にしのぎを削っている。


各社のサービスの紹介は、いろんな方やニュースサイトでやっているので置いといて、このサービス、10年以上前のBBSあるいはNewsを使い始めた頃の状況と同じような事が置き始めている。何かというと、意図しない情報の共有。


私が初めて「意図しない情報の共有」で痛い目にあったのは、パソコン通信の掲示板の世界では緩やかな閉鎖性(会員であり、かつ、掲示板の利用者として登録している)に守られた世界から、インターネットNewsサービス(っていうのか?とにかくインターネットに公開されているNews(掲示板)のペット関連の情報にアクセスした時だ。


当時、犬の散歩に凝っていた私は、自分の住む地域の公園で犬を放せるような場所を尋ねた。そうしたら、「犬を放すのは何事か」的な議論が巻き起こり、もう、収拾が付かなくなったのだった。まぁ、その内容は本題からずれるので触れないが、何しろ、大雑把&気にしない私でも、相当凹むようなやり取りが一週間ほど続いた。


そんな風に公開されているという事の怖さを経験し、それ以来、滅多にネットに書き込むような事はしなくなったが、最近では、圧倒的に増えた利用者の数やある程度リテラシーが成熟しつつある事などから、こうやってblogなども書いていたりしてます。


はぁ、前置きながーっ。
で、FileStorageサービスである。

無料、会員登録不要!?などの文字が躍るサイト。そうなのだ、ある程度の匿名性すら保たれたまま(正確にはプロバイダの情報を集めれば匿名性など無いのだか)数GBもしくは数十GBのデータを出し入れできるサービス。

ちょっとテストで使ってみて、非常に使い勝手がよいのは理解したが、試しにGoogleの検索キーワードに「zip site:"そのサービスサイトのURL"」なーんて検索すると、ぞろぞろぞろぞろ、お仕事のファイル?やら、彼女とのデートの写真、やら、もう、ヒットするのである。
そういえば、Googleの画像格納サービスPicasaも、非公開の設定ができるにもかかわらずデフォルトが公開だったりすることもあって、2ch辺りでは話題のアルバムなんかもあるようだ。


ということで、ファイル格納サービスは便利だけど注意しなさいって話でした。
でも便利だよう。ご利用は計画的に。

日曜日, 5月 18, 2008

ビーチバーベキューの巻


今日は朝寝坊。
のんびり休日の惰眠を貪っていたところに同僚からメール。
昼に、近所のポイントにサーフィンしに来るという。


それだけのメールなんだけど、する事もないので、昼ちょっと前にでかける。
今日はうねりが弱い上に、風が強く、しかも、めいいっぱい引き潮で、何人か入ってはいるもののコンディションはよくない。


とはいえ、一時間ほど入っていると、同僚の車がビーチに乗り込んでくる。
そこで、一旦上がると、バタバタとテントを組み立て始める。なになになーに。


聞くと他にも職場の仲間が何人か集まってバーベキューをするのだと。
バーベキューとかって、なんかオオゴトのイメージがあったけど、いとも簡単に、始まるのだ。

パラパラと何人か集まり、焼肉&焼きそば、車で来ていない僕はビール。
腹ごなしに海に入り、体が冷えたからと、熱い肉を頬張る。

そんな風に、バーベキューは日常に溶け込んでいる。
そんな風に、海は日常に溶け込んでいる。

改めて、いいなぁ沖縄、と思うのでした。

水曜日, 5月 14, 2008

気持ちいい事!


うーん満足。朝からうっとり。理由は簡単。
夕べ、チャリ用ボードキャリアが届いたので今朝から生活一変です。
(このまま車無くてもいい、、、というこの土地では無謀な考えすら浮かびます。)
・思いのほかチャリの移動は快適だった。
・思いのほかリーフブレイクは快適だった。(贅沢な波、波、波)
・思いのほか仲間がいた。(入水時は僕一人、その後7~8人)
・思いのほか怖くなかった。(あまりに水が綺麗で海底が見えるのでリーフの浅瀬にぶつかる事も無かった)
・思いのほか温かい水だった。(明日はタッパーはいらないな)
とりあえず写真のみupしておきます。

月曜日, 5月 12, 2008

ムラを守る事

先日、地元の生地屋さんにカーテン生地を探しに行った時のこと。
素敵な麻の生地があって、また、麻にしては手ごろな値段。聞いてみると、東京から取り寄せているのだという。


ここ地元の麻だって有名なのだが、それはとてもこの値段では売れないほど高いのだという。高いものは、どこか遠くまで運んで、更に高い値段で売られているのだろうと想像できた。


あれ、この話、最近似たような話を環境の話題で耳にした話だ。

その話は、ある世界のはずれの、貧しいけど食うには困らない漁村の話だ。
それまで、先祖何代もの間、そのムラでは食べるのに必要な魚は、ムラに面した海で充分に獲れた。原始的な方法の漁で充分に村人全員が食べてこれたのだ。


ある時、その魚が先進国で高値で取引(とはいっても、先進国側からみれば自分たちの海で獲るよりもとても安い値段)できるとムラは気づいた。
そして、ムラでは漁法を近代化し、先進国に自分たちが日々食べてきた魚を売る事で現金を得る事に夢中になった。


わずか数年後、そのムラの海では魚が獲れなくなった。
ムラには失業者が溢れ、ムラを去るものが後を絶たなかった。ムラは崩壊した。
ムラの多くの人が流れた近隣のマチも失業者で溢れる事になった。
こうして、食べる事もおぼつかない貧しい人が増えた。


そんな話だったと思う。
麻の場合は代わりに安い合成繊維になっても何とかなるけど、本質は変わらない。
生きるために必要な食べ物よりもお金が重要になった時、お金を手にできない人たちは飢える事になる。
もしかしたら僕たちが安い/旨いと大喜びで食べた魚で、たくさんの家庭が崩壊し、飢える人が増えたのかもしれないのだ。


日本が戦争で負けたとき、アメリカやヨーロッパの国々が「米」を買い漁るような事があったらどうなっただろう。米が手に入らない状況で戦後の復興はあり得ただろうか。


地産地消、言うのは簡単だけど、それを許さない「金持ちな国・地域」の略奪は終わっていない。そんな気までする麻の話でした。


※ちょっと強引に話を繋げたようにも思うけど、やっぱり、どっか違和感の拭えない状況だと感じたのでした。

※AEONが毎月決められた日にレシートを提出するとその提出されたレシートの売り上げ金額の1%を地元のボランティア団体に寄付するプログラムを始めたようです。これって、Patagoniaの「1% for the planet」(売上高の1%、利益のとか回収したレシートのとかではない)に比べれば、回収したレシート分だけの、とても小さな活動だけど、少しずつ企業は社会貢献無くして存続できない空気が出てきたのかもしれない。
http://www.aeon.info/environment/aeonday/yellow_receipt.html

日曜日, 5月 11, 2008

30Kmウォーキング(伊計島)+往復30Kmサイクリング!

第一回環金武湾(かんきんわん!)ウォーキングフェスタに参加しました。

職場の同僚に誘われ、超気楽に参加。だって歩くだけっしょ。
ということで、このフェスタ。本島と四つの島を橋で繋いでいるコースを端っこの島"伊計島"をスタートし本島に歩いて戻ってくる、至極、穏やかな、と思われるウォーキング大会。総距離30Km。


行きましたとも。まず、8:00の開会式に間に合わなくてはエントリーできません。
ということで、私の家から15Km程の集合場所(ここからスタートする島までは大会で用意されたバスで移動します。)へチャリで出かけます。ということは、朝、5:30に起きて、コーヒーなど飲んで、支度して、6時過ぎに出かければ余裕のよっちゃん酢イカもよろしくってなことで、目覚ましを5:30に仕掛けます。


いゃぁ、土曜の朝、至福の時間。そして、目覚ましは山手線浜松町のホームの音楽。(素敵な目覚まし時計なのです。写真で見せちゃいます!
チャラリラリラパラリラチャララン♪
いやぁ、土曜の朝は至福の時間。目覚ましを止めてゆっくり夢の続きを見ます。。。
今日はなんかあったよなぁ。。。いや、夢の続きが。。。


「いやいや、起きなくちゃ。はぁ、行くぞー!」
余裕で時計を見ます。6:50。
「うーん、寝ぼけてるな。目覚ましは5:30に仕掛けたもの」
もう一度時計を見ます。6:50。
とりあえず、寝返りを打って、霧が晴れていくシナプスを辿りながら、今朝の予定を一つ一つ、というか、一つ思い出します。5:30に起きて6:00過ぎにはでかけるという超シンプルな予定。。。


寝返りを打ったまま、壁を見つめながら、
「お腹が痛い事にして寝ちゃおう」などと悩みます。
「台風で中止になった」とも考えます。でも、外では朝の鳥達がのどかに鳴いています。
「自転車がパンクした」とまでは考えが至りません。
「1時間あれば行けるはず。という事は間に合うじゃん。」との考えに至るまで5分ほど要したでしょうか。。。


それから、ガバッと起き、その後の記憶は微かですが、とにかく冷やしておいたお茶を水筒に詰め、着替えなどをリュックに放り込み、玄関を出ます。
あーーーっ、サンダルはダメだーーーー、「俺って慌てん坊」などと玄関を二・三度出入りし、完璧に出発。(靴下を履かなかった事まで気にしていませんでした。。)


会場に着き、ギリギリエントリーには間に合いました。
そうそう、会場入り口では誘導員が車を駐車場に誘導しているのですが、チャリは何のガイドもありません。
ちょっと戸惑いながら、エントリーしている会場スタッフのテーブルの脇に自転車を止め、なんのお咎めもなしにそのままエントリー手続きして会場へ。こうやって隠れたチャリ優遇施策は行き届いているのです。


などといいながらなにしろ30Km歩きました。
経過はリンク先の写真でどうぞ。(Googleアカウントが必要みたい。。公開設定はちょっと考えます。)
伊計島ウォーキング、サイクリングぅ、足の裏はハプニングぅ


●成果
   足のマメ大×2ヶ、中×2ヶ、小×3ヶ
   足の爪先の痛み×全指共通
   筋肉痛×少々
   日焼け×多分そこそこ
   走破証明書×1
   サーフポイントの記憶×Priceless

それにしても、僕的には60Kmトライアスロンだったわけで、何か特別賞が欲しい気がしてます。
これを書いている今日現在、踵歩き(つま先は痛過ぎ)でびっこを引いて、明日は会社に行けないんではないかなどと、軟弱振りを発揮中。

ジャックジョンソンを聴きながら。。。

月曜日, 5月 05, 2008

大家さん一家とバーベキュー

引っ越した先は道路を挟んで向かいが大家さんの家。
連休も最後に近づいた子供の日、自転車で出かけ細々とした買い物を済ませて帰ると、大家さんがやってきた。日に焼けたポールニューマンな大家さん。


「これから庭でバーベキューやるからおいで」
真っ黒なポールは、白い歯を光らせて、ニコニコ顔で誘ってくれた。
そういえば引越しの挨拶の時にそんな話をしていた。


買い物で何か気の利いたものを用意しておくんだったと思いながら、「片付けたら行きます」などと答え、特に片付けるものも無く、ただ、引越しの荷物から持っていける物を探し、たった今買ってきたジャンボしし唐(ピーマン!)2月に新潟にスキーに行った時の柿の種と子供が孫が隣に住んでると聞いていたのでチョロQを持って出かけた。


庭に入って驚いた。
大人が7、8人、子供にいたっては何人いるのかわからない。
挨拶もそこそこに、皿を持たされビールを渡され、乾杯。
ウマい!


ちなみにジャンボしし唐は、当たるとしっかり辛いのであった。
これまたウマかった!



午後4時過ぎに参加したその宴は9時過ぎまで続いた。
ビール→いつの間にか一升瓶の泡盛(ロック)。
完璧に出来上がった僕は帰ると同時に深い眠りについたのだった。
っていうか、泡盛ってグラスで増えるのかぁ、ぐらいの勢いで、ガンガン足されていた。


それから、グラスはその場で缶ビールの蓋を缶切で取っ払った簡易グラス。
これで飲むと、中の氷の冷たさがひんやり手に伝わって気持ちよくて、やめられませ~ん。


驚いたこと。
・いきなりその辺で打ち上げ花火をやり始めたこと。
・大家さんは7人の子供を育て上げ、20人以上の孫がいること。
・A1ソース(沖縄ではメジャー。イギリス製)がとても美味しいこと。
・今回は違うけど、ビーチでバーベキューをするときは、バーベキューセットや食材をケータリングしてくれるサービスがあるそうだ。手ぶらでバーベキューができるのだという。

土曜日, 5月 03, 2008

お邪魔虫(3/3以降)

バイオハザード発令中のうるまです。
3/3発生までそう時間はかかりませんでした。


恐怖も覚めやらぬ夜。確かにビクついてはいたのだが、事件はその事件の性質に相応しい深夜に再発した。


一人身の中年男子としては、なんとなく夜は照明を落として、薄暗い部屋でガウンをまといブランデーを揺らすようなイメージ、いやそれは妄想で、実態は単に薄暗い中でジャージでコーヒー&一服してた。
ここは高台で、ちょっと下のほうにあるなんかの施設の駐車場の照明が窓をぼんやり明るくしてる。
ふと、その窓のロールスクリーンを見上げると、見覚えのある影。ぴたりと動かない。
何をどうみても、○モリ君の影。


影は怖い。
まず、ロールスクリーンの裏に張っ付いているのか、その後ろの窓ガラスに張っ付いているのか、影からは判断できない。
どの程度判断できないかというと、偶然、その姿を捉えた防犯カメラの映像を見ていただこう。



その後どうしたかって?
30分ほど睨み合いを続け、どうにもロールスクリーンか窓ガラスの内側か外側か判断がつかず、最後は意を決してロールスクリーンを、シュルシュルパンと巻き込んだのだ。
消えた。影も形も無く消えたのだ。


ということで、(3/3以降)とタイトルに書いたのは、このままこの手の興奮をお届けすると、南の島昆虫撃退ブログになりかねないからで、これをもってお邪魔虫話はしゅーりょー!

バルサン買ってくんどーーー!

金曜日, 5月 02, 2008

お邪魔虫(2/3)

「島(沖縄)では別の時間が流れている」という言葉は聞いた事があると思う。
観光パンフレットなんかによくあるやつだ。時間の流れが違う、、、などということが、、、、、あるのだ。


誰がなんと言おうと、島の時間は、都会のそれと比べると三倍ゆっくり流れている。
ということは、都会暮らしの人は、今の私の三倍早く歳を取るのだ。恐れ入ったか。コンチクショー。


ということで、2/3である。
一度昇天した私、傷心さめやらぬ私、神は何故にそのような仕打ちをするのか。
事件は○モリ失踪事件の、その日の夜に起こった。もう疑いようの無い連続南国昆虫関連殺人事件の勃発である。


なにしろ、暑いだけでなく、湿度がある。
爽やかに風が吹いているような気がするのだが、実際は大きな誤解で、寒暖計を見ると常に70%以上である。
洗濯物も、暑くて日差しが照っている割には瞬間的には乾いてくれない。(瞬間で乾くと期待していたのだ)


そんなわけで(どんなわけかは突っ込まないでほしい)、レンタカーに折り畳み自転車を積んでレンタカーを返却すると、その帰りは自転車で山を二つ越えて帰ってきた。当然、汗だく特盛状態で、○モリ遭遇の冷や汗もあり、今宵シャワーを浴びんとしたのであった。


南国暮らしの醍醐味はシャワーである。昼間の日差しを浴びた肌に、やや冷たいシャワーを浴び、火照る体を冷やし、今夜訪れる女神を夢想、、、などといっている場合ではない。


お風呂場で独り、灯油で沸かされるお湯がなかなか温まらず、水が湯になるのを待っていたその時、歴史は動いた。by 松平アナ
当然、お風呂場なので、普段は隠している精悍な肉体を晒していたわけだが、後ろにただならぬ視線を感じ、何気なく振り向く。「おや、壁にあんな真っ黒な大きな染みがあったっけ?」
当然、お風呂場なのでメガネをせずにつぶらな瞳を晒していたわけだが、振り向いて、視線を元のお湯待ちの蛇口に戻し、頭の中でビデオを一時停止→巻き戻し→再生してみた。


うーむ。メガネなしということに大いに期待したいとこだが、ワトソン君。君が見たのは間違いなく地球の歴史と共に歩んできた例の、黒い、ともすると飛んじゃったりする、あれだよ。わかってるよね。
ホームズ先生、でも、私はメガネをしていないので、もしかしたらあれは単なる壁の染みかも知れないと思うのです。大体、私の常識で知っている大きさではありません。あんなに大きいものでしょうか。。。
ワトソン君、君がそう言うならそれでもいいが、君のいでたちを見てごらん。いいのかい、そんな無防備な格好で、万が一、その染みとやらが飛び立ったらどうするんだね。


こんな会話を0.4秒ほどで済ませると、蛇口を閉め、風呂場のドアへ一目散すたこらさっさ、横目に黒染みチェックし、そうでしょうとも、触覚やら手足やらある染みは珍しい。「ひぃーーー」なんて奇声はあげませんとも。中年男子ですもの。


ということで、キンチョールだかなんだかを狂ったように散布し、手前の洗面所も同様に散布し、お風呂場および洗面所を24時間のバイオハザード立ち入り禁止区域に指定したのでありました。
※写真はありません。
※※この事件のおかげで翌日はスルメ状○モリ君の撮影を敢行できたのでした。○モリ君はまだ可愛いよ。

お邪魔虫(1/3)

引越し後の片付けに追われた。
何も急ぐ必要もないのだが、波も無いみたいだし、まずは、台所をなんとかして食事ができるように、、というあたりから取り組んだのだ。


食事の支度まではどうにもならないとして、コーヒーぐらいは淹れたい。
ということで、台所用品のコーヒー周辺地域を捜索し淹れる準備をし、午後にはコーヒーを買ってきて、(途中波チェックなども滞りなく行い)、ようやく台所に立ったわけだ。


大家さんからいただいたガス台。そう、大家さんに挨拶に行った時、人のよさそうなおじいさん大家さんに、ガス台を買うために近くのガス屋さんを聞いたところ、「古いのでよきゃつかってくれればいい、後で持ってくよ。食器棚もあるよ。」などとありがたい申し出を頂き、食器棚は遠慮してガス台を頂いたのだった。


そのガス台でお湯を沸かし、ふと、キッチンのありがちな出窓、新婚風エプロン奥様が風と共にクルクル回りだす例の出窓を開けた時に事件1/3は起こった。
出窓のサッシの隅を何かがチョロチョロと動いた。そのチョロチョロは、まるで私の心臓に直結していたかのごとく私の心臓を高鳴らせ、頭隠して尻隠さずのチョロチョロがイモリもしくはヤモリであることは尻だけでも充分に私の理解するところとなった。ここまで、3秒。

後ろ向きに歩くなんて事は大人になるとそうそうない。しかし、その時の私は、何十年ぶりかという後ろ歩きをすぐさま決行。散歩ほど後ろに歩むと、そこにとりあえず、腰掛けた。決して腰を抜かしたわけではないのだ。


半開きの出窓、チョロは相変わらず尻をこちらに見せている。もしかしたらメスか!?
お知り好きと知ってのその所業か。ならばコウシテクレル!!!!

手に取ったのは携帯電話。パカッと開くと、およそ二倍の長さになる。
なにしろセクスィー○モリ(丸には"イ"か"ヤ"を適当に入れてくれ)は、引力に逆らってサッシの上方にはっ付いているのである。なにしろ長さが必要だ。
T芝製長薄型高機能携帯といえども、この機能はマニュアルの巻末に「○モリ除けはお客様の責任でお使いください」と書いてある。しかし、背に腹は変えられぬ、敵はいつ引力に負けて自由落下運動を楽しむやも知れぬのだ。


三歩の距離をジリジリと近づく。また、チョロリと尻を隠し、セクスィー尻尾が微かに見えている。
携帯でサッシを閉めるべくサッシの取っ手を押してみる。。。消えた。携帯マジック!
微かに見えていた尻尾があった辺りを覗くが、もうそこにはいない。
素晴らしい携帯である。魔よけとか虫除けとか女除けとか仕事除けとかに使えるのだ。


ということで、その2秒後に、サッシの下方向にさっきの元気な○モリ君(もしくは"○モリさん")とは別のスルメ状に脱水症状の後昇天召されたであろう別の○モリ君を発見し、その日は私の最後の記憶となったのである。
※写真は後日奇跡的な復活を遂げた翌日に筆者が撮影したもの。(スルメ状の仏様)
※※本当の悲劇はこの夜起こったのだが、それはまた別途。。。

ポイントチェック


暑いっす。夏です。常夏です。


昨日から二日間引越し用にレンタカー(四駆)を借りていたので、近所のサーフポイントへのアクセスを完璧に把握した。近いじゃーん。いい波じゃーん。人ほとんどいないじゃーん。
と、いう感じ。沖のリーフ(さんご礁)で割れた波は延々と岸まで運んでくれる。
後で、写真の人が海から上がってきたときに確認したら、波が割れる(確実に同じ場所で割れるのです!)ところには、台状に盛り上がったさんご礁があって、そこにうねりがぶつかってそのまま割れて岸まで届くのだそうだ。びゅーてぃふぉー、わんだふぉー、えくせれんと、はっぴーにゅーいやー!!!

もう、絶句、このまま海に入ろうかというぐらいの、僕みたいな初心者に優しそうな波でした。
写真は昨日のです。住まいから1kmの所。


さて、今日、ようやく食事と着替えができる程度に片付けたので、もう一度波チェック。
結論は、みずうみーーー。まぁ、そんな日もあるさ。

その波チェックする高台での出来事。
昨日は見るからにサーフィンやってます的な若者がチェックしに来ていた(しかも社会人で勤務中の昼休みに)のだが、今日は真っ黒なおじいが独り双眼鏡を手に立っていた。
挨拶すると、おじいは真っ黒な顔から前歯のかけた白い歯を光らせ満面の笑みで語りだした。いや、何も僕は聞いてないぞー。挨拶しただけだぞー。


かなり強い沖縄訛りでこんな事を言っていたようだ。
・眼下の桟橋、湾を挟んだ向こうの港(金武港)、辺りの船舶、これを監視しに来ている事。
・警察は悪いやつ(米軍関係者)を逮捕しないで悪いやつを見つける私を逮捕する
・結局無罪放免なのに40日拘留されたことがある。
・昭和45年から戦っている
・横浜に出稼ぎに行ったことがある。都会では(女)遊びができて楽しかった。
・置いていった奥さんが病気になったので都会暮らしはやめた。
・奥さんは今も健在。
・70才ちょい手前。
と言うような話。訛りが強いので、次の話題を聞きながら前の話をリピートするような感じで聞き取れたのがそんな内容。
彼の言うことの是非はおいてといて、滞在しての感覚としては人口の2割ぐらいが米兵のような感じのこの土地。
日本全体の安全保障の為に、犠牲を強いられるこの土地ならではの出会いだった。


受験戦争を勝ち残った、ただそれだけの偏った官僚達は、この、おじいの言葉の影にある感情は理解不能なんだろうなぁ。


おじいが「悪いこと見つける方が取り締まられて、悪いことしてる人はのさばる」ような話をした時に、神様は見ているよみたいな、まるで子供に話すような話をついしたのだが、とても嬉しそうだった。
少なくとも僕はおじいともっと話していたいと思ったもの。悪いことしてのさばっている人だったら長く話を聞くことも無いだろう。。


別れ際、「お兄さん(僕のこと)もせっかく沖縄に住むんだから頑張って!」と言われた。
せっかく千葉に住むんだから、とか、せっかく横浜に住むんだから、とか、せっかく春日部に住むんだから、とは違う「せっかく沖縄」には深い意味があるような、、、、無いような、、、そんな、なんかいい出会いだった。

木曜日, 5月 01, 2008

旅立ち

遂に今日はやってきた。


出かける前の日にバッグを無くすという事件はあったが、午前中には全ての届出や手続きを終え、まずは一安心。(一安心しても何も返ってこないが。。)
奇跡的にPCは手持ちだったのが幸い。新聞ネタにならずに済みました。神様ありがとう。
(いいえ奇跡じゃあありません。模範的会社員の私はいつだってPCは手持ちですよ。そこんとこよろしく、始末書提出先のセキュリティ担当の偉い人!)


バックれたバッグも心配だが、それとは別に漠然とした不安。
何が不安なのか自分でもわからないのだが、向かう夜のフライトの中、窓外に広がる闇と代わらない何も見えていない不安を感じた。
何も見えていない、そう、まだ新天地で何も始めていないのだ。


三年間。自分の中で決めた期限。
明日から本当の一日目が始まる。
やらなければならない事を考えると三年は余りに短い。


なーんて、おセンチな気分を味わいつつANA135便は南南西に向かう。いや南西か。なんせ遠いのだ。
センチやメートルでは表現できないほど遠いっつーの。
明日の午後、横浜を出た僕の荷物たちに再会する。今はそれが楽しみ。


まずは音楽を聴こう。ピアノを弾こう。そして、波チェック。
仕事の事はひとまず置いて、ラッキーなことにまだ一週間も休みがある。
なんて考えていたら、漠然とした不安の中から漠然とした元気の泡が出てきた気がする。
あらら、三年はどうした、機嫌はどうした、本当の一日はそれでいいのかーーー。
(いいんです。ビールと元気は泡でよい。)


元気の泡は、バッグを無くした僕に着替えを用意してくれた、とても大切な人の存在が欠かせない。
うーん、幸せ者だね、僕は。
横浜最後の何日かを素敵な女性になった娘と過ごし、着たきりで加齢臭すら漂いかねない僕は清潔なパンツでフライト。
フライトアテンダントのお姉さん、なんだったら下着検査とかしてもらって結構!是非是非~!
←これだから中年オヤジは困る。。。