火曜日, 9月 28, 2010

電子書籍が売れている


電子書籍が売れているのだそうだ。
アメリカのamazonでは、ハードカバーを超える売上高となった、とちょっと前のニュースに出ていました。
※但し、amazonは販売実績を公表しない、という姿勢を従来からとっていて、何故、この件だけ公表したのかは不明です。。。。

そして、後発ながら、日本のメーカーも参戦。
シャープ米国東芝と、電子書籍販売サイトをサービスインするようです。


●著作権ビジネスの美味しいところ
経済活動的に、著作権ビジネスはとても素晴らしいものです。しかも、エコ。
電子的な情報のやりとりだけで一冊売れようが一万冊売れようが、売る側はほとんど手間は変わらない。なのに、一万冊売れれば一万倍の売上なり利益が上がる。

製造業は、利益率数パーセント、いや、利益率1%とかのしのぎを削るビジネス。

そこへくると電子著作権ビジネスは打ち出の小槌。
しかもですよ、携帯電話なんかのサービスにある「月額料金」系のサービスなんて、どれだけが使われずに業者の懐に入っていくのか。
元々何も減らないのに加え、権利すら行使しない顧客も少なくないはずです。

●amazonやappleの魅力
amazonは、ネットの特性を吟味した結果、ケタ違いの品揃えをすること(ロングテール)で、「従来は誰も手を出せなかった領域」で成功しました。
知恵と決断と行動力の勝利でした。
appleは、コンピューティングの素晴らしさを一般の人に伝えるべく、ユーザーインターフェイスを妥協しないことで辿り着いた「新しいコンピューターの使い方」で成功しました。(iPodまでは、本質的にはユーザーインターフェイスの成功だと言えます)

●著作権ビジネスへの疑問
一方、著作権ビジネスは、「取れるところから取る」のが基本です。
誤解がないように補足しますが、「取るべきところから取る」ではありません。仕組みがなければ取れないので、テレビ局などは、伝え漏れ聞こえてくる話だと、景気変動型定額固定料金だったりするそうです。

そして王道は、カラオケボックスやカラオケスナックの上前をピンはねするビジネス。
残念ながら、このビジネスからは、あまり、生産的なインテリジェンスを感じられません。(携わっている人には申し訳ないけど。。。)

取れるところから取るために、著作権の有効期限は伸びていくばかり。作者はもちろん、作者直接の遺族すらも亡くなって尚継続する著作権料。

せっかく「どれだけコピーしても何も減らない」究極のエコな情報共有は、何ら人知を感じられないビジネス世界のエゴにより、未来永劫実現しないのかと、暗澹たる気持ちにさせられます。



●次のターゲット
言うまでもなく、電子著作権ビジネスの次のターゲットは教科書です。
毎年改訂の度に収入が入り、物流コストも改訂を反映させるコストもほとんど掛からなくなる。
売上は変わらないまま、今の教科書ビジネスのコストが限りなく0に近づく。
※情報の電子化でコストが激減するというのは妄想のようです。音楽も映画もメディア媒体が安価になろうが、ダウンロード販売になろうが、結果的に価格体系はさほど変わっていません。


そうなると、教科書会社は大サービスに打って出ます。いえいえ、教科書をタダにするわけではありません。
お金を払うほどの価値がない領域は、バンバン無料で教科書の付属資料として配られるかもしれません。回答が無い問題集を電子教科書リーダー向けに大量に配るかもしれません。単語カード式電子書籍用ゲームを10問分だけタダで配るかもしれません。期末テスト直前対策と銘打った電子書籍を目次と最初の3ページだけ無料で配るかもしれません。

携帯電話のゲームソフトと同じやり口です。
そして、お金を払わざるをえない(取れるところから取る)分野で商売を広げることになるのでしょう。

●真のターゲット
学校で電子書籍を使って育った子供達は、自分が大人になる時は、抵抗なく電子書籍を読むでしょう。ビジネス的には一番利益率の良い顧客になるわけです。

そして、「紙の本は地球に優しくない」というキャンペーンはもう準備が始まっているかもしれません。結果、電子書籍すら手に入らない貧しい国や地域の子供達には、古本という形ですら情報に触れることはなくなるわけです。
「デジタルデバイドの現実化」です。

●インターネット・レボリューション
20年前、インターネット登場は「情報革命」と言われ、「知の共有が始まる」と期待され持て囃されました。
僕に限らず、その瞬間に立ち会えた多くの人が、興奮し、「未来」を語り、未来を感じました。

しかし、「知の共有が始まる」という理念は、したたかに小金を狙う人知から遠く離れた人たちに蹂躙され続けているような気がしてなりません。

●きっと大丈夫
こんな時は、グーテンベルクの印刷機のことを考えて溜飲を下げます。
最初に印刷機で印刷された世界初の印刷物は豪華装丁版の聖書だったそうです。
印刷された重厚な革張りや金縁の装飾をされた豪華装丁版聖書は、当初は、「印刷技術により読み書きさえ出来れば誰でも本(情報)にありつける」という考えは無残に打ち砕かれたと想像できます。
手描きの本を書棚にコレクションしている金持ち達が、物珍しい機械で印刷されたという聖書をコレクションに加えたのですから。

でも、それから長い月日を経て、当初の「印刷技術により知の共有は革命的に進む」は実現しました。今や、タダで手に入る最もポピュラーな印刷物は聖書にほかなりません。
一方で、聖職者達が教会でテレビで直接に語りかける行為も綿々と続いていることを考えると、印刷技術は知識の裾野をある程度広げたけど、旧来の本に頼らない"伝承作業"も廃れることはなかった、ということになります。

●気の持ちよう(ちぇっ、結局、結論なんかないんだ。。。)
電子教科書の時代となり、子供達の学習の仕方はどんどん変わっていくことでしょう。変化の過程にめぐり合ってしまった子供達には気の毒ですが、新技術を想定外の革新的な使い方をするチャンスと、失ってしまった旧来技術を見直すことができるチャンスに出会ったと考えるしかないようです。

amazonは降って湧いた大儲けのチャンスに興奮しているのでしょう。
ビジネスというのは、どんなに崇高なポリシーを掲げていても、いざ、目の前に人参がぶら下がると、ポリシーを貫くのは困難なのだなぁ、と思わずにいられませんでした。いや、ビジネスに限らず、人間の特性なのかもしれません。

そして、また新しいビジネスモデルを引っさげた救世主?が現れることでしょう。面倒だから、ちょっと立ち止まればいいのに、と思っても、死ぬのは許されても立ち止まる事は許されないのがビジネスマンなのですから。

●はみ出し
http://ditt.jp/
こんな団体が既に活動を始めています。