土曜日, 10月 31, 2009

Googleストリートビュー、沖縄対応

沖縄がストリートビューに対応、っていうか、要はGoogleが撮影完了。
ということで、引っ越し前に、僕の沖縄生活での要所を記録しておこう。
太字をクリックするとストリートビューが開きます。
ストリートビューの便利なところは、単に緯度経度の地点のみならず、ビューの方角や角度、ズーム有無までパラメーターで持っているので、リンクで送れるんですねぇ。


海に入っても入らなくても、お世話になったお気に入りの近所のビーチ。
この路地を入ってビーチに降りていきます。

そして、僕の沖縄自炊生活の野菜は90%以上、この八百屋さんから入手。
随分とオマケもしてもらいました。ごちそうさま~♪

んでもって、お気に入りマグカップを焼いてくれた陶芸家アラカワさんのお店

みんなにお世話になりました。うるまIT事業センター。この道路の先にある遮断機が僕を襲ったのでした。

ビーチでランチの時に、ガッツリ詰めて貰ったお弁当屋さん

そして、そのお弁当食べたビーチ

デザートは、これで決まり。美味しくて安心で、年中無休のケーキ屋さん「ア・ラ・モード」

家探しの時、石川最初の宿は、民宿「安間」さん。朝晩のご飯が豪華で美味しかった。

演歌の勉強になりました。うちなーぐちの床屋さん

土曜のランチと言えば、食堂「ちゅら浜」。ちーいりちゃー、旨かった!
※開店前の写真でした。残念。

随分通いました。旧作がずーーーっと100円の石川GEO
遠いTSUTAYAより近くのGEOでした。

沖縄セルラーを知った、電波調査隊にはお世話になりました。AU携帯ショップ

滅多に入らない波、でも、毎朝この橋の上から波チェック。

チャリ生活最長不倒、名護の民宿「南海」

そして、「阿波」秘境ポイントへの入り口
この奥の山を登っていったなぁ。

忘れちゃ行けません。地元石川漁港婦人部の食堂
石川で2番目に美味しいイカスミ汁が食べられます。

眺め最高、夏季限定ビアガーデン。ホテルCOSTA VISTA OKINAWA

地元に戻って、ここも近所で良かった、レンタカー屋さん。表向きは民宿「かいほう」です。

年越しに馬が逃げ出して大変だった美原乗馬クラブ。馬が暑そうでした。笑

で、ある日一頭消えた(多分、有り難く頂いたのであろう)近所のヤギ小屋
屋根だけ写ってます。

近所のでっかい(猫ぐらい)コウモリのとまり木。夕方になると、この木の実を食べにやってきます。

また、石川を離れ、阿波に行く時に見た看板。ヤンバルクイナに会えるかもしれない。

チャリで石川から山越えして恩納村に向かった時の絶景ポイント

うーん、それにしても、良いところじゃないかぁ。
来月は引っ越しかぁ。もったいないなぁ。

金曜日, 10月 30, 2009

1979「エディ・ジェファーソン」

1978年のリッチー・コールのアルバム「Keeper of the flame」にクレジットされていた「エディ・ジェファーソン;vo」。
当時の仲間内では、このアルバムのギターが注目を浴びていたが、僕がいっぺんで虜になったのはボーカル。
エディはボーカライズという歌唱法を作った人とされる。

彼の唄は、楽器のソロ演奏の様に声でソロパートを唄ったり、楽器と掛け合いしたり、早弾きならぬ真似の出来ない早唄?で縦横無尽に声が駆け巡る。

当時、JAZZ界に新星のように登場したリッチー・コールとのコンビは、リッチー・コールのハチャメチャに元気なアルトサックスと絶妙の組み合わせだった。
あの頃も、今も、JAZZにそれほど明るいわけではないが、なにしろ、カッコよく、イケてるバンドだった。

エディは、1979年の5月8日、デトロイトでのライブを終えてクラブから外に出たところで暴漢に射殺された。享年60歳。

当時は気がつかなかったが、僕が彼を知った時には、既に亡くなっていたんだ。

↓は、亡くなる二日前の演奏。合掌。

ランチ

社食ランチです。

木曜日, 10月 29, 2009

近所の

バイキングランチ。赤崎レストラン。735円。

水曜日, 10月 28, 2009

電気自動車と交通事故ゼロ社会

最近なにかと話題の電気自動車。

産業革命以来の革命という言葉も出てきていて、確かに、T型フォード以降定着・熟成してきた産業構造(大メーカーの大量生産)自体に変革をもたらす可能性は高い。

この話、同じような変革を20年前に経験した。
それはパソコンの話。

80年代初めまで、確かにガレージで作られるハンドメイドパソコンも存在していたものの、主流は"巨大コンピューターメーカー"が作るパソコンだった。
メーカーが研究開発しマーケットに送り出す製品は、メーカー間の仕様の違いもあり、ユーザーからすれば「高品質」ではあったが、「高価」「互換性がない」「周辺機器も少なく高額」で、興味があっても購入には躊躇するような製品だった。
高級機種だと、プリンターまで一式200万円(専用デスク込み)とか、そんな時代だった。

80年代を通じて、ジワジワと広がるガレージパソコン、10年ほど経てついに爆発した。
メーカー製であるにも関わらず思い切った低価格で市場を席巻した"コンパックショック"だったり、メーカー間の互換性の壁を打ち破ることになった"DOS/Vショック"だ。

この革命で、研究開発部門まで持つ巨大メーカーは「組み立てメーカー」に変貌、もしくは撤退し、ガレージパソコンの一部は巨大メーカーに(DELLとか)、そしてメーカー傘下でパーツを作っていたはずの台湾を中心とするパーツメーカーが、それぞれ得意分野で旧来メーカーが太刀打ちできない高い技術と素早い製品化で業界を席巻した。

そして電気自動車。
間違いなく、パソコンの歩んだ道を電気自動車業界も歩もうとしている。

パソコンの革命のキーとなった出来事を思い返してみる。
・価格
・品質
・互換性(周辺機器)
・互換性(ソフトウェア)
もう少し考えるてみると。。。
・将来性

そう。理屈だけじゃなく一人一人がイメージする「将来性」がマーケットを引っ張ったのだと思う。

その将来性、具体的には、
・生活を豊かにする
・使いこなすことはクール
・みんなが使うようになる
・楽しい
・どんどん使いやすくなる
・使わないと取り残される(出世できない!?)

辺りか。

これを電気自動車と比較してみる。

●価格→中国やインドでは既存の技術で安価な電気自動車が作られ販売され始めた。
 80年代のパソコンの場合、「輸入」というパスがあり、オタク達が台湾製パソコンなんかを使い始めたものの、日本語環境に対応していなかったりで環境が整うまではブレークしなかった。
 仮に、この安価な電気自動車を輸入したとしても、道交法などの制約で国内で使用できる環境とは言い難い。

●品質→従来の自動車の車体は金属だったが、熱を発しない電気自動車は強化プラスチックなどで作られる。ということは、安全に関する旧来の品質基準では未だ解らないことも多い。
 パソコンの世界でもDOS/Vパソコンなどで「メーカー保証」が「自己責任」に変化するのに戸惑った時期があった。特に企業などでは、そのソフトの動作を誰が担保するのか、が、議論された。

●互換性(周辺機器)→要するにパーツの流用性のことになるのかな。どの車に乗っていても、どこのガソリンスタンドでも給油できるように、バッテリーの交換がガソリンスタンドで簡単にできるとか、そういう事。(バッテリー交換ステーションと呼ぶらしい)
 旧来の自動車では、そう頻繁にパーツを取り替える、という概念がなかったが、電気自動車ではどうなんだろう。バッテリーだけ考えても、長距離用のバッテリー、普段使い用の軽いバッテリー、ジムカーナ?などモータースポーツ用のモーター、パーツがシンプルで多少の知識があれば組み上げられるという事は、交換用のパーツがよりどりみどりの電気自動車があればパソコンのように「趣味は電気自動車の改造です」というマーケットも大きなものになりそうな気がします。
 中国製のベースに、イタリア製のボディ、日本製のモーターに、アメリカ製のバッテリーとか、、、、ボディも変えられるとしたら、これは楽しいし、買い換えも今に比べれば相当エコ(マダマシレベル)です。

●互換性(ソフト)→これはきっと、充電ステーションやバッテリー交換を軸にした社会インフラなんだろうなぁ。パソコンが標準化によって互換性を高め、一気にマーケットを拡大したように、やはり、標準化ありきだよな。どの車に乗っていてもガソリンスタンドは選ばなくていいように充電ステーションが手軽にどこでも使えるようにならなければいけませんねぇ。ここに注目してバッテリーステーション(バッテリーのリース提供と短時間充電済みバッテリー交換サービス)を普及させようとしているベンチャーのニュースもあった。

※バッテリー交換ステーション、↑に取り組んでる会社の社長はIT系出身(元SAP)の社長。。。

●そして、「将来性」。
これは言うまでもなく、今、爆発待ちの状態。
パソコンの普及が、後のインターネット普及の必要条件となったように、電気自動車の普及は、その後の○○○普及の必要条件となるのだろう。

今は夢物語でしかない、「自動車事故ゼロ社会」なんかも、(制御しやすい)電気モーターで動く、軽い、ということは、外部からのコントロールも考えやすいわけで、ロボットのサッカーのように、交差点では運転者の意思に関わらず危険を回避し停止する仕組みや、高速での自動運転レーンとかも、数十年後には現実味を帯びてくるでしょう。
この辺りは、妄想欲をくすぐられるので、また、別途、妄想してみたいと思います。


●楽しい未来
それにしても、自動車事故が過去の歴史として語られるようになるとしたら、凄い。たとえは悪いが、毎年、日本国内の自動車事故死亡者数は911テロの被害者数を超えるのだ。現在の自動車社会モデルはそんな負の側面、毎年一定の犠牲者を避けられない側面、、を抱えたまま突っ走っているのだ。

T型フォードをきっかけに、今の自動車社会モデルを作ったアメリカ。電気自動車による社会モデルをどこの国が創り上げていくのか、自動車事故ゼロ社会を最初に実現する国はどこになるのだろう。。。


こんなDVDがありました。電気自動車を潰した業界裏話(実話)。トムハンクスなんかが出演。GMが路面電車会社を買収して路面電車を撤去したとか、が描かれているらしい。
うーん。確かに、わけのわからない(経営者が理解できない)新技術に投資するよりも、そのお金で新技術を潰した方が短期的・株主的には良い経営なのだろう。
が、この一件でも、アメリカの社会モデルは終わりを告げつつあることが感じられてなりません。

ヤンバルシメジ

炒めました。

火曜日, 10月 27, 2009

[Official]NMP-1000 v1.1.3 Build1023 firmware



おぉ。先週末に、v1.1.3の公式版が発表されていました。
見逃してた~。
http://www.qnap.com/jp/download_detail.asp?pl=3&p_mn=NMP-1000&ct_name=Firmware

天気予報は予定通りサポートされて、あとは、Blu-rayのBDMVファイルがサポートされました。
BDMVファイルっていうのをBlu-rayから作成する方法がよくわからんので、今後の課題。
ちなみに、ISOイメージで抽出したものとMKVで抽出したもの(PCでは再生可)があったので試したのですが、いずれも再生は出来ませんでした。まだまだこの辺りは勉強不足って言うか、環境が整っていないのでしょう。

あとは、βで確認済みのSHOUTcastの放送局一覧画面のスクロールが早くなった。というか、今までが遅すぎたのが改善された。

僕の使い方ではそれぐらいかな。
Blu-rayはまだこれからだけど、このペースでファームアップしているのだから期待できるかも。

[What's New]
- Support video playback in Blu-ray format (BDMV)
- New online service: Weather report with city search & global satellite imagery
- Support .nrg format
- Support .tp format

[Enhancements]
- Support Blu-ray private dynamic menu with selectable titles, languages & subtitles
* Please press the "Menu" button to turn on the menu while playing the Blu-ray video
- Improve the scroll speed in SHOUTcast
- Enable "Add to favorite" function in SHOUTcast
- Support non-unicode mode in FTP
- Updated Polish web UI strings

[Bug Fixes]
- Fixed the playback issue when playing m2ts files with Blu-Ray subtitles after using the fast forward or seeking function.
- Incorrect letter may be shown in some Western European music info

[Known Issues]
- The video may start from the beginning when resuming it from fast forwarding (occurred in a few films only).

CHICAGO(ミュージカル)

初めてシリーズ。

今回はミュージカル舞台観劇。先週末に初めて観劇しました。


正確には、田舎の小学校に来たミュージカルとか、親に連れられて行った小沢昭一と仲間達みたいなやつ以来なのだけど、40年近く、間が空いたのだから「初めて」でも良いだろう。

幕間を挟んで一部・二部との二部構成だったのだけど、前半は、何をどう見て、聞いて、楽しむのか、正直戸惑った。
生のJAZZバンドの演奏も、唄も、踊りも、素晴らしいのだけど、同じ舞台のままで場面転換し、同じ衣装のままいくつもの役をこなしたり、、、
ストーリーは追えるし、一つ一つの場面は素晴らしいんだけど、僕の中にうまく収まりがつかない感覚があった。

幕間を挟んで二部が始まる。
するととても不思議なことが起こった。

さっきまでの、収まりがつかない感覚が無くなり、演じている状況が全て自然に受け入れられるようになってきていた。場面が変わろうとも、同じ俳優がそのままの衣装で他の役を演じようとも、演出の憎らしいサプライズも、心から楽しめ、素晴らしいと実感できたのだ。

幕間を挟んで何が起こったのか。
表現されたもの、を、見るとき、見る側には見るための準備が必要だ。

テレビドラマや映画、小説、そしてこの観劇というのは、誰かが用意したストーリーを観客は辿っていく行為だ。
テレビドラマや映画は流し込まれる映像と音声を観客はそのまま受け入れるタイプのメディア。
小説は、文字に書かれた内容を観客が自らの心の中に映像や音声を構成していく。
そして観劇は、映像も音声も舞台から届けられるものの、制約の多い舞台である以上、例えば今回のミュージカルだと、音楽と踊りは本物の素晴らしいライブを受け入れ、一方、場面・背景や衣装なんかは観客の心の中で再構成しながら見ていく必要があるのだ。

幕間を挟んで、「慣れ」たのだろう。後半は同じ衣装で同じ舞台・背景であっても、僕には場面ごとに違った風景が見えていたし、踊りも唄も、一層輝いて見えたのだった。

舞台は、その瞬間が全て。二度と同じ舞台は見ることが出来ない。会場の空気まで全てが舞台なんだ、という。
音楽のライブと同じだ。コピーできないもの。その瞬間を共有すること。

その一度しかない瞬間を大切な人と共有できること、それほど幸せなことはない。
大仰なことじゃない。今、家にいるこの瞬間も、一秒一秒が、「ライブ」なのだ。

今さっき、風呂場から連れ出そうとした子供ヤモリが、リビングで行方不明に。。。これもライブなのだ。
普段の一瞬一瞬が愛しく思えたひと時でした。

※舞台を見た後、映画のフリップを観ると、なるほど映画もあの空気を再現したくてがんばったんだなぁ、、と新しい発見がありました。

日曜日, 10月 25, 2009

サンデーモーニング

今朝のサンデーモーニング。
サッカー試合でキーパーのミスに浅井愼平の一言。
「レバタラって話・・・・」いや、それは「たられば」でしょう。
そして大人な出演者達は生放送でスルー。

なんか、もったいない一言だったので、ここに記録。

土曜日, 10月 24, 2009

1979 「カーズ:キャンディ・オーに捧ぐ」


はっきり言って曲は覚えていません。

ではなぜ、「カーズ:キャンディ・オーに捧ぐ」なのか。

それは、ジャケットです。
当時、僕は、ジャケ買いできる身分でもなく、ひたすら、雑誌の新譜紹介のコーナーに載っているジャケットを見ていました。
まさに、「穴の開くほど見ました」。

だから、30年経った今も、このジャケットは鮮明に思い出すことが出来ます。

と、今、よくよく見てみると、車のボンネットに横たわっているんですね。
ボンネットの記憶は無かったなぁ。後から書き足したんじゃないかなぁ。
(時間とともにボンネットは忘れたと考えるべきか。。。)

いずれにせよ、セクシージャケットNo.1は「キャンディ・オーに捧ぐ」で決定です。

次点はここらへん。

※はみ出し
 あくまで僕が15歳だった頃のです。「大人」になって趣味も変わるさぁ。
※※はみ出し2
当時から一途に大好きな女優がいます。それは↓

木曜日, 10月 22, 2009

「すかいらーく」消滅へ。。。


「すかいらーく」名の店舗消滅へ。
(ダイヤモンドオンライン)



まぁ、予定通りというか、時間の問題だったというか、以前にも感傷的にならざるをえなかった("投資会社はなぁ2008/08"、"身の丈という贅沢2008/07")「すかいらーく」がとうとう「すかいらーく」名の店舗が無くなるのだそうだ。

創業以来の「すかいらーく」の店舗は消えて、ガストなどへの店舗になるという。

とはいえ、外食業界でも屈指の品質で高い評価のセンターキッチンだったり、外食産業全体が冷え込む中での業績の底力への評価など、野村PFでの経営再建はうまくいったとの評価らしい。近いうちに売りに出されるとも。。。


創業者は、きっと僕には想像も出来ないような財を築いたのだろうが、果たして財以外に何が残ったのだろう。どんな気持ちでいるのだろう。
若い時分に心血を注いだものが消えていくというのは、あるいは、若い時分に心血を注いだものがマイナス評価されるというのは、築いた財をもってして見合うのだろうか。。。

お金中心の価値観の元では、競争とは「規模」の競争になってしまう。規模の競争だから株式化が必要だし、株主様の意向を考えれば理想ばかりを追うわけにはいかない。

競争に突入していく時に、看板やそれまでの労苦への執着を捨てて、「割り切る」事をしなければやっていられない。
一方で、看板や労苦への執着無しに、お金への執着だけで創業一代でウン千億円もの売り上げを誇る企業には発展するのは難しいだろう。

きっと正解はないのだろう。
ベンチャーだった時代の「すかいらーく」にバイトとして参加しながらたくさんの勉強をさせてもらったし、あの勢いを体験させて貰えたこと、会ったこともないが、創業者兄弟に感謝。

もう、Gチキン食べに行かなくてもいいかな。

※はみ出し
ふと、最近のサラリーマンは、企業創業者と似たり寄ったりかもと思った。
成果主義という時の「成果」は、要するにお金だ。尺度もお金(売り上げ)なら、報酬もお金なのだ。
仕事が、単にお金儲けでしかない仕組みになってきている。
使えないダムに群がる天下りの人達と変わらない。。。

晴れだす。

ランチだす。

水曜日, 10月 21, 2009

SONY DSC-WX1 + IPT-DS1

パーティーショット、数回使ってきて、大分、癖や限界が解ってきました。
とても便利で、手放せない機能だけど、まだまだ成熟させる余地はあります。

中でも、パーティショットで最初に気に留める必要があるのが「顔認識」です。
これがうまくいかないと、場合によってはほとんど撮影されない。

顔認識させるために気を配らなければならないのが、「距離」「明るさ」です。

●距離
まず、距離は2m以内が目安(あくまで使用感レベルで)です。
8人掛けのテーブルが限界かな。

●明るさ
撮影したい人が座っている場所で逆光や暗い場所がある場合工夫が必要です。
・方法1
 逆光や暗い場所に近づけて設置する。
 こうすることで、顔認識をしやすくして撮影タイミングを増やすことが出来ます。
 但し、逆光が酷い場合は、一カ所で全てを撮影することを諦め、何カ所か設置場所を変えて撮影するしかありません。

●最適な会場
 多分、結婚式会場の各丸形テーブル中央に設置、でしょう。


と、書いてみると大した話じゃなかったな。
でも、期待が大きいだけに、初めて使った時に適さない会場や人数や暗さだったりすると、ガッカリ感も大きいのは間違いありません。
一方で、パーティーショットはパーティーの前半だけ使って、話のタネにテーブルを行き来しているうちに、「このパーティ用の共用カメラ」的にみんなが勝手に写し始める、というのは最高のパーティーショットになります。
帰宅してから撮影した写真を確認すると、思いがけないショットを、誰かが撮ってくれていたりします。

ということで、飲み会盛り上げツールとしても悪くない製品なので、ガッカリを回避しながら使っていきたいものです。ね。
個人的には、何枚かに1回は、顔認識とか無視した「ランダムショット」機能が欲しいところです。

飲み会



沖縄の職場、それも那覇をはなれた地域の職場では、東京のように「ちょっと帰りに一杯」というわけにはいかない。みんな車通勤だからだ。
そういう日は、(飲む人は)乗り合いで会社に来て、帰る手段も乗り合いや代行サービスの目処をつけて集まる。

夕べ、そんな会が催された。
当日に聞きつけて参加の仲間もいたりして、時間を忘れて、結局閉店時間まで楽しんだ。

田芋(たぅむ)は、ほのかに甘く、酔っていた中でもとても美味しかった。
アバシという種類の苦くないゴウヤ。とてもみずみずしい初めての野菜だった。
まだこの土地で知らない食べ物があることに驚いた。

上司のおどけた唄に笑った。
同僚のボケとツッコミに笑った。
わるのりして、志茂建設を踊ってみた。

あっという間の暖かい時間だった。

ランチ。

飲み会明けはソーキそば。

火曜日, 10月 20, 2009

ビッグニュース



↑凄い。僕が苦手なヤモリが、苦手な感じのままロボットになっている。うぅ。
しかも、このヤモリは、インターネットの原型作りに大きく関わったDARPA(米国国防高等研究計画局)の支援を受けている。
ということは、30年もしたら、こんなヤモリが世界中の窓をペタペタと歩き回る、わけない。
相変わらずヤモリは苦手なのだけど、1年以上の付き合いで、気になる奴になっている。
このロボット、Amazonで売ってなくて良かった。

↓これでマッサージされても緊張で肩が凝りそう。。。

だいぶ

慣れたパラパラチャーハン。

月曜日, 10月 19, 2009

志茂建設再び

再びと言っても、単に、オフィスを見つけただけなのだが。。。

大きな地図で見る


しかし、TV CMの影響力は凄い。
なんだか、建て替えは志茂建設にお願いしないといけないかなと思う今日この頃である。
(建て替えも何もお気軽借家住まいの上に、転勤決まってんじゃん~涙)

ランチ漢字テスト。

蒟蒻、牛蒡、胡瓜、キクラゲ。

奇跡の空。

とにかく360°雲無し。

日曜日, 10月 18, 2009

NMP-1000天気情報

こんな風に見られます。

[Beta] NMP-1000 v1.1.3 Build1015 firmware

なんか新しいβでてます。
Blu-rayサポートが中心のアップデート。
あと、お天気ニュース?とか。

今夜はダウンロードまでだなぁ。明日にでも確かめるべし。
それにしても、割とマメなファームアップに、今後も期待。
(購入後の機能追加は嬉しいものです。)

土曜日, 10月 17, 2009

10月17日は、

沖縄そばの日、です。
でも、久し振りの快晴にちゅら浜特製カツカレーの気分。

金曜日, 10月 16, 2009

ランチ。

皿がデカ過ぎで嬉しい。
社食(レストラン・カイイン)

木曜日, 10月 15, 2009

四十九日(十進)=百日(七進)



昨日は大家さんちのおばあの四十九日だった。
一昨日まであった祭壇は取り払われ、仏壇に収まったおばあに焼香させて頂いた。
「もう四十九日も経ったのか」、そう実感せずには居られなかった。

四十九日、七週間を一つの区切りとして、亡くなった人は仏に還る。
なんかキリが良くない感じもする"49"という数字。

この機会に調べてみた。
そもそも、古代インド仏教では七進法が使われていたのだそうだ。
○進法、ちょうど、会社で業後の勉強会で話題にしている話だ。

七進法で考えれば、49という数字は、普段使っている十進法的なイメージでは「100」のイメージになる。
七進法では7が十進法の10になる。
1・2・3・4・5・6の次が一桁繰り上がって10になるのが七進法。
11・12・13・14・15・16・20・・・65・66の次がまた一桁繰り上がって100になるのが七進法。
実にキリの良い数字ではないか。

そして、亡くなってから49日間は中陰と呼ぶのだそうだ。
亡くなって仏様になるまでにそれぐらい時間がかかるということらしい。

この四十九日というのが、失った側の心持ちにとっても、絶妙と言わざるを得ない日数だ。
亡くなってから七回の法要はもとより、七回週末を迎える。
必ず、一回の月末を挟み、生活サイクルは確実に一巡する。
そして、季節の変化を感じられる最小の時間でもある。ここ沖縄でさえ七週間というのは、気候の変化を感じられる。

そして、「もう四十九日も経ったのか」と感じられるのだ。
失った時の悲しみの記憶を、楽しかった感謝の記憶に塗り替えようという気になる時期。

あらためて、おばあ、ありがとう。

雨です。

秋雨なのかスッキリ青空が懐かしい。でも、お腹は空きます。

水曜日, 10月 14, 2009

ランチ

昨日、食べ損ねたカニチャーハン。

お宅でBBQ -2009-



先週末、同僚(正確には上司)のお宅でのBBQにお招き頂き、およそ、30Kmの道のりをチャリでお伺いした。

ちなみにチャリは、1年半あまりの間、2本のバッテリーを交替で使ってきたのだが、ここのところめっきり減りが早くなった。4割減という感じ。
そろそろ、バッテリーを買わなくてはならないのかなぁ。。。
アシスト付自転車は、多分、とてもエコなのだとは思うけど、バッテリーまで考えると、「自動車に比べればエコ」なだけで、まぁ、そんなとこ。

さて、BBQに奥様の手料理、同僚との馬鹿話にWii大会と、3連休を充分に楽しませて頂いたのだけど、何より素晴らしかったのは、上司ご夫婦のクラシックギターの演奏。

僕は、それなりに、ライブとかも聞きに行っていたつもりだったけど、全てスピーカーを通して聴くライブばかりだった。記憶をどこまでもどこまでも辿っていくと、ピアノ教室の発表会は生音のみだったような。。。

もちろん、小さな会場であれば、生音もスピーカーからの音と一緒に聞いているわけだけど、生音だけ聴いているわけではない。

それに加え、たまに弾いてみる自分のピアノも、エレピだ。
良くできているし、便利だとはいえ、生音ではない。

そんな話を、連休明けに、その上司にすると、「三線ぐらいは(生音で)聴いていたでしょう。」と言われた。
うん。確かに。

でも、何か違ったんだなぁ。
居酒屋かなんかで、ワイワイガヤガヤな中での三線も楽しくていいのだけど、(上司が弾くということもあって)きちんと正対して、静かに聴いたギターの音色は、いつもは届かない心の襞に染みいっていくような、確かにそんな気がしたのでした。
そして、スピーカーを通しては伝わり難い、個々の楽器の音色の違いなんかにも驚かされました。

いやぁ、素晴らしかった。

そもそも、普段聴いているCDや、MP3が、どんだけ音をカットしているのかっちゅー話だ。
ビートルズリマスター版発売で、今までのCD化は何だったのかと気がつかされた。
最近、こんな記事もあった。

そんな事を、思い返しては、あのクラシックギターの音が染みいった自分の心の襞を、目を閉じて想像しているのでした。癖になりそうです。

所詮、レコードもCDもiPodも、なにもかも、ライブ以外はコピーなのだよ。

楽器職人さんありがとう。
(もちろん、演奏も素晴らしいのでした。ありがとうございました。)

火曜日, 10月 13, 2009

VBBQの日(お客様、仲間/家族)

※この週末、同僚宅でのBBQに寄せて頂いたのだが、その話を書こうとしていて、書き終えていた(09/04/20)のに操作ミスで下書きのままになっていた話を発見。とりあえず、昔の分をそのままUPします。

●VBBQ開催
先週末、とうとう我慢できずに自分ち(ベランダ)でバーベキューをやった。
一人バーベキューも考えてはみたけど、道具も無い。買いに行くにもチャリでは無理。
そんなわけで、職場で課外クラブ活動?みたいな事をやっていた経緯もあってクラブ活動の仲間中心に「日時・場所」を伝えて当日を迎えた。
当日まで何人来るのか、誰が何を調達するのか、まったくもってよくわからないままの開催だった。

結果、昼過ぎから始め、深夜まで、バーベキューなのかwii大会なのかわからないけど、とにかく盛り上がった。延べ何人来たんだろう。20人以上30人未満ぐらいか?



●見事な連係プレイ
準備不足のBBQ。BBQセットやwiiも含め、仲間が持ち込んだ器材、食べ物や飲み物などで楽しめたのは良かった。(事前に調整したのはコンロとお肉のみ)
早めに来る人は、もしかしたら事前に相談していたのだろう、おにぎりやおツマミ、デザートなど分担してきてくれた。典型的なうちな~タイムで、夜にかけてパラパラ集まった人達は、到着前に電話をくれる。
足りないものありませんか~?」「炭がありませ~ん」「紙コップ買って来ま~す」などと、足りないものもあっという間に揃ってしまう。一度に集合したら、こうはならない。
そんなわけで、準備してなかった割に、何一つ不足が無いというか、不足してもリカバリーされて、結果、ありえないほどの盛り上がりだったのが嬉しかった。


●"さほど準備なしでもダイジョーブ"
「仲間」と「お客様」の違いは、こういう事なのかもしれない。
もし、お客様を迎えるぞ、と気合を入れれば、それなりに準備は必要で、「不足するもの」など許されない。そもそも時間にも神経質にならざるを得ない。
遅くなるから欠席します。となるわけだ。


●想定外の出来事
もう一つ、集まった大量の車。飲む人は徒歩や乗り合いで来ていたものの、それでも10台以上の車。
家の駐車スペースは二台しかないので、事前に、お隣の商売に使っている駐車場を使わせてもらう了解は頂いていた。
とはいえ、想定外の数で、商売用の駐車場全てを同僚達の車がテトリスのごとくビッシリ占有。
もう、怒られるの覚悟でお隣にお詫びに行くと、「また集まりがあったら使っていいよ。」と、想定外の優しいお返事。
見るとそこのお客様の車が駐車場に停められずに歩道や路肩に駐車している。。。。
なんだか申し訳ないを通り越して、「???」と嬉しいけど、どうしてそんな風にお隣もお隣のお客様も大らかにできるのかと、驚いてしまいました。


●うちなー文化
、、、、と、ここまで考えて、なるほど、うちなー文化は、お客様をお客様としてではなく、「仲間・家族」として迎えることなのだと思った。
迎えられるほうも、「お客様」よりも「仲間」として迎えられたほうが、(少なくとも僕は)数段気持ちがいい。
お隣の店に来たお客様は、当然、不便を感じていただろう。
でも、その不便はさほど困らない代替手段で回避できるのであれば、「てーげー(いい加減)」に済ませればいいのだ。もちろん、毎日だったら許されないだろうけど。


●家族の意味
そういえば、先日、大家さんの家で夕飯をご馳走になった。
その時に、多少は遠慮ししている僕に、おばあは、「家族なんだから」と言った。僕はちょっとドギマギした。
あまりに普通に、そんな言葉をかけられ、一瞬、耳を疑った。なんの事だかよくわからなかった。少なくとも僕は「家族」という言葉をそんな風に使ったことはなかった。

"家族"の意味合いが違うのか?。
いや、家族には「同じ家に暮らす家族」「血縁の家族」の他に「同じ地域で暮らす家族」の意味があったような気がする。地区(部落)とか集落のような共同体のイメージ。
そうかぁ。そうやって、うちなー文化は、(ここの暮らしを考えれば大人気ない事が多すぎる)東京の暮らしのようにならずに保たれているのかもしれない。

ちょうど、「家族狩り(幻世まぼろよ)」っていう本を読んでいた事もあり、なお更、そんな感慨に浸る週末なのでした。

カニチャーハン

を作ったが家に置き忘れて出社。で、社食。

土曜日, 10月 10, 2009

今週のニュース2件

●橋下知事、職員の上司に対するメールに怒り
「社会人として常識に欠けるメール送信者を処分(厳重注意)」

橋本知事は、職員から自分宛のメールの中で、言葉遣いや敬意に欠けるなどするメールに対して処分を決めた。
これまでは受け流していたが、民間出身の副知事から「組織として非常識」と意見されたため。
。。。。。ということだ。

メール文章の非常識は、窘められて当然だと思う。
しかし、今回の「処分」という方法は、失敗マネジメントの典型のように見えた。
処分という解決策を取ったことで、橋下知事に対する失礼無礼なメールは、無くなるだろう。だからといって、彼に対する意見が無くなるわけではない。むしろ、ガス抜きさえされなくなる。

何が言いたいかというと、メールという私信的なコミュニケーション手段が機能しなくならないように、他の方法で、非常識なメールの改善を図るべきだということ。


「末端の職員達が、その個人的な思いで(気軽に)トップにコンタクトできる状態」には、メリットが少なくない。

・トップはいつでも話を聞いてくれるハズ、との印象によるモチベーション向上効果
・チクられるかもしれない、との思いから組織、特に中間マネジメントに緊張をもたらす効果


反対に、デメリット。
・トップが返信する/しないに関わらず、メールが増えることでトップの仕事が増える。
・部下から送られてくるメール内容によっては、気分を害する事も少なくない。トップだって"気分良く"仕事をしたい。

メリットが組織全体に波及する効果なのに対し、デメリットは、あくまでそのトップ個人に関わる部分的なものだ。

こんな誤解があったように思えてならない。
・非常識なメールが「組織として非常識」=組織統制上の問題、にすり替えられたのではないか?
 メールは、一斉同報メールのような公開メールでない限り、特性上は「私信」だ。大っぴらに侮辱したりしているものとは意味が違う。その意味で、非常識なメールは、組織統制上の問題ではなく、組織内の「教育」の問題だと思う。もしくは、その組織文化の問題だ。
 ところが、今回は、処分を見る限り、組織統制の観点で好ましくないから「処分」したわけで、これは大きな誤解だし、上述のメリットが一気に失われる可能性が少なくない。

さほど橋下知事に関心があったわけではないけど、電子メール、をキーワードに、そんな事を考えずにはいられないのでした。

●もう一つニュースから
最初にこのニュースを目にしたのはいつだったろう。
未だにフランステレコムの自殺は止まらない。。。

今週あったニュースはこうだ。
・フランステレコム社員の自殺が収まらない。1年半で24人目。23人目は会社のオフィスから飛び降り自殺、24人目も遺書に「職場のプレッシャーが苦痛」と。。。
・フランステレコム国内事業責任者(CEO代理)が辞任。=CEOは残留。

検索したニュースを読み進めると、一ヶ月ほど前の22人目の自殺者は48歳の男性社員が異動を決める会議の最中に割腹自殺したということだ。

なんだかなぁ。。。

金曜日, 10月 09, 2009

社食

続き。

木曜日, 10月 08, 2009

沖縄うるま市石川で

サッポロラーメン「どさん娘石川店」
ずっと気になってたんだよねぇ。


旨いっ!

いただきます!

社食は煮豚。

火曜日, 10月 06, 2009

アカカタハンギョウザ

赤固半餃子
夜食は「成金」@博多です。

日曜日, 10月 04, 2009

Youtubeと有料ニュース


●NMP-1000高稼働率
NMP-1000、毎日使っています。=テレビを見る時間が減っている。
毎日、何に使っているかというと、予想以上にYoutubeの閲覧が多いです。
※NMP-1000のマイアカウント機能を使った閲覧は相変わらず出来ないままですが。。。ファームアップ待ちですね。

Youtube、何をいまさら、という感じですが、リモコン+Youtubeは最強なのです。
その日の話題の動画タイトルをパラパラ眺めて、見逃した「イチローの退場シーン」だったり「(前日深夜の)朝まで生○レビ」だったり、何処かのマイナーな放送局の真摯な報道番組だったり、そんな感じのザッピングに満足です。

●PC(マウス操作)はリラックスできない
PCでYoutube、の場合は、キーワード検索や関連動画の表示、選んだ動画の全画面表示、HQモードへの切り替え、、、、、見たい人へのカスタマイズが自由なだけ、手間も多い。
NMP-1000でYoutube、の場合は、リモコン片手にお仕着せの「最近登録された動画/人気の動画・・」という入り口を選んで、あとは最大で15個にサムネイル表示された中から選ぶだけ。結局、マウスというのは、選択肢が少ないモノを選ぶ時にはストレスにしかならないのかも知れません。もしかすると、「(選択肢があるのに)選択しない」のは、ジワジワとした気がつかないストレスになっているのかもしれません。
ショッピングチャンネルを見て、買わない選択をするときに似たストレス。
話がそれちゃいました。要するに、右か左か?という少ない選択肢を選ぶならマウスより左右ボタンがいい。

●所詮、過渡期の使い方
この使い方、既存の民法テレビ局のCM収入によるビジネスモデルも、動画サイトの広告モデル、いずれにも結びつかないことは歴然としています。NMP-1000でYoutubeを見るということはコンテンツ以外は何も表示されないのです。テレビ局はYoutubeを苦々しく思い、youtubeもNMP-1000的な使われ方は苦々しく思っているに違いません。

ということは、この使い方は民放テレビ局やYoutubeのビジネスモデルが変わらない限りメインストリームにはなり得ない。だって、みんなが同じような使い方をしたら、ビジネスモデルが成り立たなくて番組が提供されなくなるわけだから。
逆に言えば、この使い方が増えていくのが、ユーザー利便性から必然だとすれば、早晩、新しいビジネスモデルが確立されるということです。

●メディアプレーヤーがメディア改革を進める(座布団一枚!)
地デジで面積が増えた画面にCMを流し続けるとか、閲覧回数をキーにYoutube側でCMを映像に重ねて配信するとか、広告によるビジネスモデルの見直しは時代の要求なんでしょう。旧来型メディアの雄の新聞においても、近いうちに広告料問題(販売部数激減を隠匿し販売部数を水増しすることで広告料を維持している)が社会問題になってくるでしょうから、早晩、日本でも大手メディアの淘汰とベンチャーメディアの下克上?が始まるでしょう。

●有料でも構わない
そんな中、新聞も取らない私が、有料ニュースサイトの契約をしました。
http://www.accessjournal.jp/
ニュースサイトといっても、フリーのジャーナリストが提供する情報なので情報量は極々限られてしまいますが、大本営発表的な新聞やテレビでは報じられないニュースがいかに多いかを感じさせられます。
この場合、そのジャーナリストの姿勢に共鳴できるかどうか、がとても重要なので、多分、共鳴できない記事が続いたりすれば解約することになるんだろうな。

読み始めて二ヶ月ぐらい経ちましたが、まぁ、満足しています。
毎日、テレビを賑わせるニュースの影で大手マスコミが伝えたくない/意図的に伝えない情報の多さに驚かされます。

●ネットがもたらすもの
結局、ビジネスモデル、というのは変わらなければ品質が下がっていくわけです。残念ながら多くの企業は収益が上がれば安穏と居座り続けるモノなのです。残念なのは、大手マスコミが抱え込んだ優秀な人材が、ジャーナリストとして活かされないことです。
優秀な人材が・・・・って、ちょうど官僚関連の話題と同じですね。彼らの強固なビジネスモデルが彼らの仕事の品質を貶めている。

とは言うものの、こっそり旨みをを吸い続けることは許されません。ネットのお陰で彼らが伝えたくない情報も伝わってしまっています。記者クラブ問題が典型です。
30年ぐらい前にインターネットレボリューションとか言われた革命は、今日も、着実に進んでいるのでした。


※Youtubeの法的な問題についてはここの解説がわかりやすいです。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080811/156329/?ST=print


土曜日, 10月 03, 2009

2009 十五夜 @沖縄

曇り空に一瞬覗いた月をDSC-WX1の手ぶれ軽減夜景モードで撮影。

↓月の周辺を拡大編集したもの。



今夜は何度もベランダに出て月チェック。
ようやく沖縄でも夜になれば涼しい風が吹くような日も。

近所で子供がグズって泣いている声。
犬の遠吠え。

月は隠れて無月となってしまったけど、しばらくの間、ベランダで一服して夜風と町の音に耳を澄ませていたのでした。

土曜日は

ソウジ、センタク、チーイリチャー。

ちゅら浜のチーイリチャー定食。人生初チーイリチャーです。

金曜日, 10月 02, 2009

パーティーショットwith DSC-WX1



先日、3年?振りにデジカメを買った。
この春辺りからデジカメ買い換えは、なんとなく、意識にあった。
ところが、「これっ!」っていうモデルに出会わず、最近では、そんな事は忘れていたのだった。

なんとなく、意識にあったことは、
①HD(16:9)の画像/映像を見る機会が増えてきた。
 今まで使っているデジカメは、いわゆるSD画面だ。
 何がどうというわけではないのに、16:9の画面を見慣れてくると、SDの4:3の画面が、どうにも古ぼけて見えてしまう。
②星空を撮りたい。
 ここ沖縄で暮らしていると綺麗な月や星を写真に撮りたいと思う事がよくある。
 何度かチャレンジしたのだけど、今まで使っているデジカメでは断念せざるを得なかった。
の2点を満たして、かつ、日常的に持ち運べる物だった。


そして、出会った決定打とは、
③パーティーショット。
 あのアイボで培った技術をデジカメに。全自動で首振りながら撮影する!
アイボですよ。全自動ですよ。


やはり、人は「自動」という言葉に弱いのだと思う。
一方で人は「自動」という言葉を警戒する。

警戒するのは「自動的に動く機械」周辺で、何かしらイタい記憶があるからだ。
自動ドアが故障して手動ドアになっているのに、「反応しない」と思い込んだ人はイタい。

ということで、①と②で潜在的な購入動機があったところへ、③の決定打でついついポチッとしたのだ。
ポチッと押した後の「衝動買い」的ななんとも言えない罪悪感は、購入プロセスではない。
購入の決定打が、「自動」だったからだ。

さて、その新デジカメ。SONY DSC-WX1君とオプションIPT-DS1。

夜景は凄い。星空の撮影はまだやっていないが、ベランダから月を撮影してみた。
こんな感じ。月の左下に肉眼で見たイメージ通りに星が!



そして、問題の自動機能=パーティーショット。

使い始めると予想以上に面白い。
会社のランチに持ち込んでみたんだけど、オジサン達が、興味津々覗き込む。
通常なら、オジサンがオジサンにカメラを向けると、「なんだよ、何か文句あるか」的な構えた感じになるか、もしくは、ひきつった笑顔になるか、どちらかである。
なにより、オジサンはオジサンを好きこのんで撮ろうとは思わない。撮る側も「なんでこんなの撮らなきゃならんのかねぇ」と、思いっきりネガティブモードにしかならない。
撮る側も撮られる側も笑顔が引きつるのだ。

結果、会社の同僚のオジサン達の写真は、飲み会で真っ赤な顔をして口元に泡を溜めているような、情けない写真が多くなる。

ところがだ、この、パーティーショットを使うと驚きだ。
小皿をひっくり返したような台座に小振りなデジカメが固定され、デジカメがまるで台座に載った頭を上下左右に動かす姿に、なんとオジサン達は、孫の顔を覗き込むような態度・表情になる。

なんだこれは。このオジサン、こんな表情をするのか、と驚かされる。

多分、オジサンは小さい物がキュルキュル動く様子に出会うと、キュンとなるのかもしれない。
そう言えば、オジサン達は、ラジコンやロボット系に対しては寛容だ。この手の物に対しては、「今どきの若い者は」発言は聞かれない。

こうやって、パーティーショットデビューを果たした、新マイデジカメ。
食事しながらテーブルに設置して撮る、これは大成功。想定通りの使い方。

調子に乗って、職場での講習会で設置してみた。
教室形式での講習会で、正面のホワイトボード近くに設置した。

しかし、一枚もシャッターが切られることはなかった。
パーティーショットは、「近距離(2m以内ぐらいか?)」「笑顔」がキーとなって自動的にシャッターを切る。

教室の端に置かれたWX1君は、近くの笑顔を探して、ひたすら首を振り続けたのであった。
残念。

いい天気。

このランチはやめられません。

木曜日, 10月 01, 2009

異動(引っ越します)


10月いっぱいで、今の部署を離れ12月から福岡・小倉の新プロジェクトに加わることになりました。
11月末には引っ越しです。

大きな空が素敵だったなぁ。石川東恩納。
チャリで走るのは気持ちよかったよ。石川東恩納。
何処に向かっても美しい海に出るよ。石川東恩納。
ヤモリにも大分慣れたよ。石川東恩納。
ありがとう。石川東恩納。

ビルがいっぱいあるじゃないか。小倉。
電車が走ってるじゃないか。小倉。
東京まで車で行けちゃうじゃないか。小倉。
都会じゃないか。小倉。
よろしく。小倉。


ちなみに、"小倉あん"餡子(あんこ)の小倉は京都にある小倉(オグラ)山の小倉。
しかも、餡→小豆の粒→鹿の斑紋模様(鹿の子模様)→鹿→紅葉→小倉山の紅葉→小倉→小倉餡、なのだと。
小倉餡は京都の小倉が所縁な訳ではなく、純粋な連想ゲームによる小倉餡だということ。

"ぜんざい"がかき氷の沖縄から、小倉餡とは何の関係もない小倉へ。

小倉かぁ。
そういえば、父が少年時代に過ごした街、八幡も近い。
何か縁があってのことなのだろう。

それにしても沖縄の暖かい海が惜しい。なぁ。
持っていければいいのに。(繋がってはいるのだが。。。)


↑何故"Men's"

赤激震

赤激震→シャー ショック→社食。